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映画「コンパニオン」ネタバレ考察&解説 絵空事じゃないリアリティを感じるSFスリラー!そしてこの作品のテーマとは?

映画「コンパニオン」を観た。 

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海外レビューサイト「ロッテントマト」で批評家スコア94%、観客スコア89%と高評価を得たSFダークスリラー。監督は「フェイキング・イット~噂のカップル!?~」などの脚本家として活動してきたドリュー・ハンコックで、本作が初監督作となる。出演は「異端者の家」のソフィー・サッチャー、これから日本公開となる「Mr.ノボカイン」で主役を張ったジャック・クエイド、「スラムドッグス」のハービー・ギレン、「スマイル2」のルーカス・ゲイジなど。本作は日本では劇場未公開作品となっている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ドリュー・ハンコック
出演:ソフィー・サッチャー、ジャック・クエイド、ハービー・ギレン、ルーカス・ゲイジ、ミーガン・スリ
日本公開:2025年

 

あらすじ

仲良しカップルのアイリス(ソフィー・サッチャー)とジョシュ(ジャック・クエイド)は、週末を過ごすためにジョシュの友人宅へとやってくる。少し緊張気味のアイリスはそこで、ジョシュの女友達のキャット、キャットのボーイフレンドで既婚者のセルゲイ、陽気で社交的なイーライ、そしてイーライの恋人パトリックと過ごすことになる。ある日アイリスは、セルゲイから不適切な接触を受けたことをきっかけに暴走。そこで、アイリスはジョシュから衝撃的な事実を告げられる。それは、自分がコンパニオンロボットであること、ジョシュはアイリスのバイヤーであることだった。ショックを受けるアイリスはさらに、この旅行の“裏の計画”を知ってしまう。

 

 

感想&解説

ほとんどノーマークの作品だったが、2022年配信のホラー映画「バーバリアン」の製作陣が手掛けたということで鑑賞してみたが、ユニークで面白い作品だった。冒頭からソフィー・サッチャー演じるアイリスが、スーパーで買い物をしているシーンに被さるナレーションで、「私が人生で、最も幸せだと感じた瞬間は2つあり、1つ目はジョシュと出会った日」と告げられると、ジャック・クエイド演じるジョシュとの出会いが描かれる。二人の目が合い、オレンジを床に転がしてしまった事で恥ずかしそうに笑いかけるジョシュのアップは、彩度の高い色味の画面も相まってほとんどラブコメ映画のようだ。だがその後、アイリスが「人生で、最も幸せだと感じた瞬間のもう1つは、彼を殺した日だ」と続くことで、一気に物語に引き込まれる。

本作は冒頭から観客に対し、”違和感”を感じさせる演出を積み重ねてくる。例えば、序盤のジョシュとアイリスが車でセルゲイの家に向かうシーンで、ジョシュはハンドルに手を置いていない。もちろん自動運転の車は今でもあるが、あえてここの場面でまだまだ一般的ではない自動運転車を描く必要はないだろうし、その後の「トランクを開けて」と車に告げるシーンも含めて、これは近未来を描いているのだと分かってくる。そして屋敷に到着したアイリスに対するキャットとセルゲイのリアクションも、不自然なくらいによそよそしい。しかもセルゲイのアイリスに対しての最初のセリフは「この美しい創造物」であり、この発言も違和感を感じる。その後も、夕食時にアイリスとパトリックがお互いのパートナーに対して”運命”を感じているという話をした後のリアクションが、とても良い話だったにも関わらず、セルゲイとキャットが苦笑いを浮かべているのも奇妙だ。

 

そしてその違和感が最大に高まるのが、その後のアイリスとキャットの会話シーンだろう。自分に対して明らかに一線を置いているキャットに対して、アイリスは「私が嫌い?」と問いかけると、「嫌いなのはあんたじゃない、あんたという”概念”よ。なぜなら”代わり”がいることを思い知らされるから」とキャットは答え、それにアイリスが必死で反論する場面があるが、ここでの”概念”という言葉にも強烈な違和感を感じる。普通は人間に対して、”概念”という言葉は使わないからだ。ここからネタバレになるが、アイリスはコンパニオン・ロボットであり、キャットは恋人のセルゲイに「彼から人間扱いされてない」「私はアクセサリーや車と同じ」と告げるが、キャットは”自分の存在”もセルゲイにとっては、アイリスと同じくロボットと変わらないのだと告げているのである。

 

 

セックスの後、「あなたと一緒にいられて幸せ」と言うアイリスに、ジョシュはそのまま背中を向けて「アイリス、眠れ」というと、しばらく無音のまま画面が停止して朝の場面になるという象徴的なシーンがあるが、ジョシュの身勝手さを描いたシーンだろう。表面上ではアイリスを人間と同じように扱っているが、彼は明らかにセクサロイドという存在を搾取しているのだ。逆にアイリスは嫉妬もするし、ジョシュを心から愛しているのも不憫だ。料理も給仕もセックスもして基本的には人間に危害も加えず、しかも自分がロボットである自覚もない上に、いつも持ち主に夢中で従順、さらには怒りや罪悪感、悲しみや痛みも知ってるロボットは、人間と何が違うのだろうか。プログラムによって出会いの記憶がありながら、”ラブリンク”で誰とでも恋に落ちるセクサロイドの存在は、観客に強烈な揺さぶりをかけてくる。見た目が良くて、デバイスで管理できるアイリスは、ほとんど人間と変わらない存在だからだ。

 

そしてイーライのパートナーであるパトリックも、実は美形の男性セクサロイドだ。彼はイーライへの恋愛感情を「身体の中が燃えているみたいだ。真っ赤で激しいけど輝いている。」と詩的に表現できる、人間よりも感情豊かな存在として描かれているが、逆にジョシュを中心にして人間たちはどうしようもない存在として表現されている。完全犯罪のつもりで立てた計画は穴だらけで、金の分配を巡っての言い争いと作戦がうまくいかなくなると、すぐに責任の擦り付け合いが始まる。ジョシュは知能を40%に設定したアイリスとは上手くやっていけたが、反逆したアイリスには常に出し抜けれてしまう。ラストは”生きたかっただけ”というアイリスと、自分はマトモでもっと恵まれても良いはずだという意見を持つジョシュの対決となるが、やはりジョシュは「みじめでヒガミっぽく、惨めな男だ」とアイリスに見抜かれ論破されてしまう。

 

その後もアイリスの知能を0にすることでコントロールし、銃で自殺させるが、回収に来たエンパシクス社のスタッフに嘘をついて、改造してることがバレしてしまう。CPUや記憶装置は撃ち抜いた頭ではなくお腹にあることが判明し、焦ったジョシュがそこから取る行動は支離滅裂で、復活したアイリスによって成敗される展開となるのだが、そんなジョシュの頭をぶち抜くのが、全自動の”ワイン栓抜き”であり、序盤から何度も出てきたガジェットなのも気が利いている。そしてアイリスの”支配される日々”が終わった事で、冒頭のナレーションがもう一度流れる。エンドクレジットでは車を運転する自分と同じ顔のロボットに対して、アイリスは”機械の手”を見せて、自由宣言をすることで映画は終わる。それはロボットである自分を受け入れ、彼女は自分の意志で人生を決めたことの宣言のようだ。

 

劇中で、イーライが「ロボシェイミングか?」と言うセリフがあるが、シェイミングとは他人に対して否定的な発言をすることなので、「人のロボットに対して否定的なことを言うのか?」という趣旨の発言だろう。今後AIが発展することで、これくらいの精度のロボットが登場する可能性は十分に考えられるし、本作はそれを否定的には描いていない。むしろそんなロボットが最後は自由意志を獲得し、人間の束縛から脱却しているからだ。しかもパトリックという男性ロボを登場させていることで、シンプルなフェミニズム映画にもなっていない。逆にいえばテーマがぼやけてしまっている気もするが、強いていえば本作のテーマは”支配や搾取からの脱出”だろう。本作のヒロインが人間の女性でも成り立つテーマだが、設定を”セクサロイド”にすることでより一層、主従関係がハッキリする。大昔から描かれてきた古典的なテーマだと思うが、プログラムによって洗脳された恋愛から脱却し自由を取り戻す対象が、人間そっくりのロボットというのが、このテーマを明確化させている気がするのだ。それにしても、攻撃性や自己防衛機能を制御している安全装置が”改造”できてしまい、一般人のジョシュでもそれを手に入れられてしまうのは、開発元のエンパシクス社にとっては最大のリスクだと思うし、政府も黙っていないと思うが、そのあたりのセキュリティが甘すぎるのは気になるところだった。ただエンターテインメント作品としても面白いし、メッセージ性と余白も感じる佳作だと思う。

 

 

7.0点(10点満点)