映画「F1/エフワン」を観た。
「トップガン マーヴェリック」を大ヒットさせた、ジョセフ・コシンスキー監督の次回作は「F1」がテーマということで、グランプリ開催中の本物のサーキットコースを使って撮影した超大作レーシング映画。プロデューサーはジェリー・ブラッカイマー、脚本アーレン・クルーガー、撮影クラウディオ・ミランダ、音楽ハンス・ジマーと「トップガン マーヴェリック」のメインスタッフが再結集している。主演は公開直前の緊急来日プロモーションでメディアを賑わせていたブラッド・ピットで、その脇を固めるのは若手俳優の中から今回大抜擢されたダムソン・イドリス、「イニシェリン島の精霊」「ナイトスイム」のケリー・コンドン、「007 スカイフォール」「DUNE デューン 砂の惑星」のハビエル・バルデム、「アンダーワールド ブラッド・ウォーズ」のトビアス・メンジーズなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム、トビアス・メンジーズ
日本公開:2025年
あらすじ
かつて世界にその名をとどろかせた伝説的なカリスマF1ドライバーのソニーは、最下位に沈むF1チーム「エイペックス」の代表であり、かつてのチームメイトでもあるルーベンの誘いを受け、現役復帰を果たす。常識破りなソニーの振る舞いに、チームメイトである新人ドライバーのジョシュアやチームメンバーは困惑し、たびたび衝突を繰り返すが、次第にソニーの圧倒的な才能と実力に導かれていく。ソニーはチームとともに過酷な試練を乗り越え、並み居る強敵を相手に命懸けで頂点を目指していく。
感想&解説
2010年以降のレース映画には良作が多い気がする。2014年日本公開ロン・ハワード監督「ラッシュ/プライドと友情」や2020年日本公開 ジェームズ・マンゴールド監督「フォードvsフェラーリ」、そして変わり種では2023年日本公開ニール・ブロムカンプ監督「グランツーリスモ」と、実話をベースにしながらも映画的にストーリーを脚色しつつ、VFXと実写を駆使した画面作りで飽きさせない。さらに60年代「F1」映画の金字塔といえば、ジョン・フランケンハイマー監督/ジェームズ・ガーナー主演の1966年「グラン・プリ」を思い出す。実際のF1グランプリにスタッフが同行し、レースをしながら撮影した車載カメラの映像は今でも臨場感は満点で、アカデミー賞でも編集賞/音響賞を受賞した作品だが、ほとんどのレース映画のお手本になっていると言っても言い過ぎではないだろう。さすがに60年の歳月が経っているとはいえ、ジョン・フランケンハイマー監督が狂気が宿っているような映像とタイトルデザインを手掛けたソール・バスのクールさも相まって、3時間弱の上映時間も気にならない。
これらの作品はレース好きはもちろん、映画ファンにも十分にリーチできる作品だったが、本作「F1/エフワン」はその中でも特に、”レースファン以外”を射程に入れたエンタメ色の強い映画だったと思う。専門的な知識よりも”レースシーン”の迫力とクオリティを追求したような作品だし、かなりレースのルールについては分かりやすく説明してくれている。またジョセフ・コシンスキー監督の前作「トップガン マーヴェリック」との関連性も高い。「トップガン マーヴェリック」では、主演のトム・クルーズが伝説のパイロット”マーヴェリック”が教官として、エリートパイロット養成学校”トップガン”に帰ってくるところから始まり、彼が再び若手たちと手を組みながら、ベテランとして現場復帰するというストーリーだったが、本作の主人公ソニーも伝説的なカリスマが若手と切磋琢磨しながら、未来に向かって戦いを挑むストーリーだからだ。「マーヴェリック」公開時のトム・クルーズの年齢は59歳、そして本作のブラッド・ピットは61歳ということで、このストーリーは今の映画界を鑑みると非常に示唆に富んでいる。
トム・クルーズは最新作「ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング」が洋画離れが進む日本でも大ヒットし、自ら身体を張った危険なアクションを行うことで、コロナで傷んだ世界の映画業界をもう一度盛り上げようと奮闘している。その姿が”マーヴェリック”や”イーサン・ハント”と重なることで感動を呼んでいると思うが、今回はそれをブラッド・ピットで再現したいというジョセフ・コシンスキー監督の試みなのだと感じた。ブラッド・ピットもトム・クルーズと同じく、俳優と同時に映画プロデューサーとしての顔を持ち、「プランBエンターテインメント」という映画制作会社を設立して、「ワールド・ウォーZ」のようなエンタメ作から、「それでも夜は明ける」「ムーンライト」のようなアート系まで良質な作品を数多く送り出している”映画人”だ。そして本作も”ジェリー・ブラッカイマー・フィルムズ”と共に、”プランB”も製作に名を連ねているが、本作はブラッド・ピットにとっての「トップガン マーヴェリック」なのではないだろうか。
もう一度、誰もが楽しめる古典的なエンタメ超大作によって、映画館に人を集めたいという”映画人”としての意志を感じるし、その意志がこの「F1/エフワン」のコンセプトと重なるのだ。ここからネタバレになるが、天才ドライバーでありながらも、過去の怪我によりくすぶっているソニーが、かつてのチームメイトであり現在はF1チームのオーナーであるルーベンから声がかかったことにより、チームの一員に招待される。だがルーベンのチーム「エイペックス」は弱小であり、今シーズン中にチームが勝利も挙げられなければ、投資家によりルーベンは解任されてしまうというのだ。しかもルーキードライバーのジョシュアはソニーの言動が気に入らず、度々衝突を繰り返してしまう。だがソニーの老練した作戦によりチームがまとまりかけたところに、ジョシュアが事故を起こしてしまい再び彼らの気持ちは離れてしまう。バラバラのチームは残りのレースを勝つことが出来るのだろうか、というプロットだ。
それにしても、本当に古典的なストーリーだと思う。スポーツ映画の典型的な展開であり、ストーリーの斬新さは薄いだろう。でも本作はそれで良いのだと思う。老若男女に分かりやすいストーリーと感情移入できるキャラクター、そして実際のレースをカメラで納めることで迫力ある映像を創り出し、”映画館だからこそ”興奮できる作品に仕上げることが、今回プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー/監督ジョセフ・コシンスキー、そしてブラッド・ピットがやりたかったことなのだろうし、それは見事に成功していると思う。最初こそ勝利に固執するあまり個人主義だったソニーが、ジョシュアと心を交わし、遂にはチームで勝利するという展開なのだが、本作には敵チームのキャラクターは一切登場しない。あくまで「エイペックス」の中の人間関係が描かれる上に、メカニック担当であるケイトとのロマンス要素もあり、女性の観客にもリーチできる。”王道ハリウッド作品”としてコンセプトが貫かれていて、抜かりがないのだ。
ソニーもメンターとしての存在だけではなく、年齢重ねたからこその経験と狡賢さも使ってレースに勝つのも良い。序盤でジョシュアのマネージャーはソニーの看板に向かって「チャック・ノリス」と呼ぶが、チャック・ノリスは80年代に活躍したアクション俳優で、ソニー(ブラッド・ピット)の年齢を揶揄しているのだろう。さらに映画冒頭のレースシーンで流れるのはレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を(Whole Lotta Love)」だし、その後もラットの「Round and Round」やクイーンの「We Will Rock You」など往年のロックチューンがかかるのだが、中盤以降はドン・トリバー「Lose My Mind」、ロゼ「Messy」、エド・シーラン「Drive」など、使われている楽曲も2025年にアップデートされていて、これも旧態依然としていたソニーの価値観が、ジョシュアと絆が生まれることで広がっていくことが、音楽からも表現されていたと思う。
「次のレースで死んでも、俺はそれを選ぶ。それは金の為じゃなく、”空を飛ぶため”だ。」とアブダビGPの直前にソニーは語るが、本作で最高のセリフだ。史上最多優勝記録を誇るF1現役ドライバー、ルイス・ハミルトンがプロデューサーに名を連ね、F1から全面的な協力の元で作られた本作。1966年の「グラン・プリ」では、自費でレース場まで出向きプロトタイプ版を撮影して、当時のスター俳優であるスティーブ・マックイーンに見せに行ったり、シネラマで上映したいがために70mmカメラを実際にレースカーに積んで撮影した、ジョン・フランケンハイマーの熱意が映画を完成させたが(結局マックイーンは降板して、その後「栄光のル・マン」を撮った)、本作はブラッド・ピットを含む制作陣の”熱意”を感じる作品だった気がする。主演のブラピはプロモの為に緊急来日していたが、日本を大事にしてくれる姿勢もトム・クルーズを彷彿とさせるが、この映画こそ劇場(できればIMAX)で体感すべき作品だと思う。ハリウッドの”スター映画”としても派手な作品だし、洋画離れが進む日本でも是非大ヒットして、もう一度洋画が元気になって欲しいと思わされる作品だった。
7.5点(10点満点)