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映画「ストレンジ・ダーリン」ネタバレ考察&解説 前情報はすべて遮断すべき作品!”映画”だからこその快感に満ちた快作!

映画「ストレンジ・ダーリン」を観た。

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監督/脚本は長編2作目となるJ・T・モルナーで、プロデューサーと撮影監督は「アバター」「パブリック・エネミーズ」などに俳優として出演していたジョバンニ・リビシが務めたスリラー映画。スティーブン・キングが”巧妙な傑作”とコメントを残しており、レビューサイト”Rotten tomatoes”の批評家スコアで全員から 100% FRESH!!を獲得したらしい。出演は「ブラッド・マネー」のウィラ・フィッツジェラルド、「Smile スマイル」のカイル・ガルナー、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のマディセン・ベイティ、「デスティニー/未来を知ってしまった男」のスティーブン・マイケル・ケサダ、「ブラック・スワン」のバーバラ・ハーシーなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:J・T・モルナー
出演:ウィラ・フィッツジェラルド、カイル・ガルナー、マディセン・ベイティ、スティーブン・マイケル・ケサダ、バーバラ・ハーシー
日本公開:2025年

 

あらすじ

シリアルキラーによる連続殺人事件が世間を震撼させるなか、モーテルの前に1台の車が停まる。そこには、バーで知り合ったばかりの1組の男女が乗っていた。やがてその女“レディ”は男“デーモン”に命を狙われ、銃を持った彼から必死で逃げ惑うのだが、彼らには大きな秘密があった。

 

 

感想&解説

完璧に”ネタバレ禁止”の作品だろう。そういう意味で少しでも本作に興味のある方は、予告編さえ観ない方が良いかもしれない。全編”ミスリード”に溢れた作品で、ひたすら観客の先入観を覆してくるからだ。冒頭から赤い上下の服を着たブロンドの若い女性が草原を走る姿が、スローモーションで描かれる。彼女は耳に怪我を負っているようで、その必死な形相から彼女は誰かから逃げているようだ。そしてタイトルと同時に表記される文から、本作が全6章で構成されていることが示され、なんと映画はその第3章から始まるため、観客はいきなり物語の中盤に放り込まれる。もちろんこういう時系列を入れ替えるような作品は珍しくはないが、本作はあえて章立てにしておきながらも、「第3章」⇒「第5章」⇒「第1章」とバラバラにストーリーが進むため、観客は頭の中でストーリーを”パズル”のように組み立てながら鑑賞することになる。

まずこの奇妙な構成自体が、”ミスリード”を生むために有効に機能していると思う。ここからネタバレになるが、まず最初に描かれる3章は主人公らしい女性が、ドラッグをキメながら車で追いかけてくる男からひたすら逃げる姿を描いていく。冒頭にある車中の男女の会話や、その後の不穏なBGMと共に男が首を絞めているシーンから、どうやらこの男がシリアルキラーなのだろうと想像していると、満身創痍の女性が老人夫婦の家に助けを求めるシーンとなり、次は”第5章”となる。そして夫婦の家の中で男が銃を構えつつ、悪態をつきながら女性を探している場面となるが、この時点では完全に”殺人鬼に追われる女性”という、古典的なジャンル映画だと感じてしまうだろう。ところが次の第1章で物語の始まりが描かれると、やや観客が違和感を感じるような流れになってくる。

 

第1章「ミスター・スナッフル」では、冒頭の男女がモーテルの駐車場に停めた車中で会話している場面から始まる。どうやら二人はこの夜に始めて知り合ったらしく、女性は「あなたはシリアルキラーじゃないわよね?女はセックスすると、殺されるリスクがあるから」と男に問いかけている。この時点ではこの男が銃を持って女性を追い回している姿を観ているので、この女性は過去の犠牲者なのだろうと予想していると、彼が女性の首を絞める場面となるので、やはりそのまま彼女が殺される姿が想像される。ところが実はこれは”プレイ”の一環であり、首を絞めているのは女性が望んだことであることが分かってくる。この男はどうやら単なる殺人鬼ではないらしく、ここからいきなりストーリーの先が読めなくなってくるのだ。

 

 

そして次の第4章「山の人々」では、1章の最後に女性が逃げ込んだ家に住む老夫婦の描写から始まる。バターをたっぷり入れたコレステロールの高そうな朝食を摂る彼らは”終末論者”らしい。世界が終わることを望む二人は俳優が描かれたパズルのピースを埋めている。この”パズル”はまるでこの映画の象徴のようだが、この後、警察に連絡しようとした老人があっけなく殺されてしまう描写があり、なんとシリアルキラーはこの被害者だと思っていた”女性”だったことが分かる。だが、それでも何故この女性が例の男に追われていたのか?あの男は結局何者なのか?は分からず、その謎解きは次の第2章「パーティーは好き?」に持ち越される。この章で、やっとこの女性”レディ”と男性”デーモン”の正体や今までの顛末が全て明かされることになるのだが、ここまで情報の引っ張りが巧く先が読めないのが、本作最大の面白さだろう。

 

第2章「パーティーは好き?」で男は実は警察官であり、女性は「エレクトリック・レディ」と呼ばれる殺人鬼であることが分かることで、”男が殺人鬼である”というこちらの先入観をひっくり返してくる。レディが赤毛のカツラを取り、ブロンドの髪が現れた時に本作の構成がすべて明らかになるのだ。序盤で描かれた追跡劇は、殺されそうになった男が銃によって反撃し、殺人鬼である女を追いかけていた訳だ。そして最後の第6章「ゲイリー・ギルモアって?」では、遂に追い詰められたレディがデーモンを殺し、現場にやってきた警官2人組を騙すことで、手錠をかけられて絶体絶命だった現場を見事に脱出する。その際、女はレイプしようとした男を正当防衛で殺したと見せかけ、女性警官はすぐにレディを”被害者”と判断してしまうのだが、このあたりからこの映画のテーマが浮き彫りになってくる。ちなみにゲイリー・ギルモアとはアメリカの死刑囚で、殺人を犯したあと自ら「死刑にされる権利」を要求した犯罪者の名前だ。

 

本作は、一見するとシンプルな”逃げる女と追う男”という典型的に見えるストーリーを、その構成を入れ替えることによって、常に観客の”先入観”をグラつかせてくる。ただ単純にシリアルキラーが女性だったという事だけではなく、役者の演技と演出、そして編集によって、映画はこれだけ観客の思い込みを誘発できるのだという”実験”のような作品だった気がする。ストレートな構成であればこの映画は極めてシンプルな内容だし、オチがビックリするようなどんでん返しの作品でもない。ところがこのツイストを利かせた構成を採用することで、予想外の驚きが待っているのである。さらにこのレディの殺人の動機が、”悪魔が見える事”だということが示唆されることで、最後にもうひとつ”サイコロジカルホラー”へジャンルシフトするのも面白い。彼女のメンタルが異常をきたしているのが、パトカー内で警官を撃ち殺すときの表情の変化で表現されているが、このレディを演じたウィラ・フィッツジェラルドは終始素晴らしかったと思う。

 

ラストの長い長いロングテイクも奇妙な余韻を残し、個人的にはタイ・ウェスト監督の「Pearl/パール」のラストを思い出したりした。彼女はやっと長かった殺人者としての、そして悪魔が見えてしまう苦悩の人生から解放されたのだろう。本編の冒頭に「35mmフィルムによる撮影」という表記があるが、フィルムの質感が作品のテイストに合っているし、本作を手掛けたJ・T・モルナー監督と撮影監督のジョヴァンニ・リビシは、かなり挑戦的な作品を作ったと思う。しかも上映時間は97分とタイトで、退屈する暇は一切ない。恐らく低予算作品だと思うし何か崇高なメッセージがある訳ではないが、”映画”でしか味わえない快感に満ちた作品だったと思う。J・T・モルナーの作品は初めてだったが、次回作が楽しみな監督がまた一人増えて嬉しい。

 

 

8.5点(10点満点)