映画「入国審査」を観た。

本作が監督デビューとなるアレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケスが監督/脚本を手がけ、実体験に着想を得て制作されたスペイン発の心理サスペンス。移住のためアメリカへやって来たカップルを待ち受ける入国審査での尋問をテーマに、わずか17日間で撮影した上映時間77分の低予算の作品らしいが、「サウス・バイ・サウスウエスト映画祭2023」に出品されたりと世界各地の映画祭で注目を集めている。出演は「記憶探偵と鍵のかかった少女」「インベーダー・ミッション」のアルベルト・アンマン、「悲しみに、こんにちは」「その住人たちは」のブルーナ・クッシ、「パーフェクト・リベンジ」のベン・テンプル、「ラ・コシーナ 厨房」のローラ・ゴメスなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケス
出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ、ベン・テンプル、ローラ・ゴメス
日本公開:2025年
あらすじ
スペインのバルセロナからニューヨークに降り立ったディエゴとエレナ。エレナがグリーンカードの抽選で移民ビザに当選し、事実婚のパートナーであるディエゴとともに、新天地での幸せな生活を夢見てやって来た。しかし入国審査でパスポートを確認した職員は2人を別室へ連れて行き、密室で拒否権なしの尋問が始まる。予想外の質問を次々と浴びせられて戸惑う彼らだったが、エレナはある質問をきっかけにディエゴに疑念を抱きはじめる。
感想&解説
タイトル通り”入国審査”を描いたスペイン製作の作品であり、基本的には空港における取り調べ室の会話が中心の会話劇スリラーだ。撮影期間はわずか17日間/製作費65万ドルという低予算で撮影された、アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケスというクリエイターの監督デビュー作でありながら、世界15カ国の映画祭で絶賛されたらしい。限定的なシチュエーションを舞台に、一方的に尋問される側の心理状態を描くことによって、その暴力性や偏見を描き出すという手法は面白い。入国審査という題材をこれだけ長編映画としてサスペンスフルを描いた作品は、あまり過去になかったのではないだろうか。他の作品と差別化した視点を持っているというだけで、本作は十分に価値があると思う。
2001年の同時多発テロをきっかけにして、不法入国者の増加やトランプ政権下の移民対策などの要因があるらしいが、アメリカの入国審査はとても厳しいらしい。特に過去にアメリカへの渡航歴があったり、短いスパンでの出入国を繰り返している履歴があると目を付けられるようだが、本作で描かれるのは国家機関による度を超えた尋問だ。スペインのバルセロナからニューヨークに降り立ったディエゴとエレナというカップルが、いきなり別室に連れていかれて密室によって尋問される様子をひたすらに描いた作品だが、77分というタイトな上映時間にも関わらず、鑑賞後の疲労度は半端ない。それだけ緊張感が持続する作品なのだが、それはまるで自分が尋問を受けているかのような気分になるからだ。
これは編集と画角が特徴的な作品だと思う。尋問されている場面では、尋問官と二人のバストアップの構図が会話のテンポに合わせて切り返される。凝ったカメラワークやテンポを変えるような編集はせずに、禁欲的なまでにセリフを話す人物とそれを受ける人物のそれぞれの表情だけを切り取っていく。そして、そこには心理状態を表現するような劇的なBGMやSEなどは一切つかない。これによってまるで”ドキュメンタリー作品”を観ているようなリアリティを演出しているのだろう。そして観客はこの尋問室に立ち会っているような気分になってくる。一か所だけ精神的に追い詰められたディエゴの内面と同調するように、他の部屋から聞こえてくる”工事の音”を入れてイライラさせてくる場面と、エレナのいる部屋が停電によって照明が消えることによって、彼女の不安を表現している場面があったが、映画として”狙った演出”を感じたのは、あれらのシーンくらいだ。
ここからネタバレになるが、二次審査室に通された二人は事前に全ての書類が承認を受けているにも関わらず、ボディチェックや麻薬探知犬、過度な荷物検査やプライベートにまで踏み込んだ質問の数々を受けて、精神的に追い詰められていく。まるで今までの仕事や人生を否定されるような質問や発言によって自己肯定感を低下させ、パートナーへの信頼をグラつかせてくるのだ。本作は監督のアレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケスが、故郷であるベネズエラからスペインに移住した際の実体験から着想を得て制作したそうだが、リアルとフィクションの塩梅が絶妙なのだろう。さすがに実際にはセックスの頻度までは聞かれないと思うが、尋問官が怪しいと睨んだ入国希望者には、あれくらいの威圧的な態度を取られるケースもあるだろうと想像できてしまう。
女性尋問官の「自分の裁量ひとつで、あなたが入国できるかどうかが決まるのだ」という発言があるが、そんな彼女に目を付けられてしまうのがディエゴだ。ベネズエラ出身のディエゴは過去にアメリカ人の元婚約者がいた事が発覚し、ビザが欲しくてエレナと付き合ってると疑われるのだが、彼が婚約していたという事実をエレナはこの尋問室で初めて知る事になる。これが決定的になり二人の信頼関係は揺らいでいくのだが、本作はこのディエゴのキャラクター設定が巧いと思う。空港に向かうタクシーの中から、「パスポートが無い」と探し出したり、着陸前にアンプルで恐らくカンナビジオールを摂取する彼の姿はいかにも頼りない。カンナビジオールとは大麻に含まれる化合物であり、舌に垂らして使うと不安を抑える効果がある薬品だ。さらに飛行機内で寝ているエレナのために税関申告書を用意していない上に、ボールペンすら持っていない。
その後の発言から彼は海外経験は長く、旅慣れてるはずなのにディエゴの行動は終始、落ち着きが無い。疑われている本人でカメラで見られている可能性もあるのに、一人になった途端にスマホで外部に連絡を取ろうとしたり、着信音に焦って書類をばら撒いてしまう姿はいかにも不審者の行動で、怪しすぎるのだ。都市開発のスキルがあると言いながら実は実績もなく、今までもエレナに仕事も用意してもらい、グリーンカードの抽選で移民ビザに当選したのもエレナで彼はそれに乗っかろうとしている。要するにディエゴは38歳の男性だが、まだ大人として自立していない上にエレナに依存して生きてきた訳だ。それがこの極限状態の尋問によって浮き彫りになってしまい、彼が隠してきた”嘘”が公になった事で、母親のように大きかったエレナの愛情と信頼が揺らいでしまったのだ。きっとこれからの彼らの人生は大きく変化していくのだろう。
尋問から戻ってもディエゴの隣には座らないエレナの姿は印象的だったが、なんとラストは二人ともアメリカに入国できるという展開になる。それにしても、エレナには「彼を本当に信頼しているの?このままでは、あなただけしか入国出来ないわ。」などと言っておいて、実際には二人とも入国させるというのは、入国審査官として流石に悪意があり過ぎると思うが、”コングラッチュレーション”と歌うエンディング曲も皮肉たっぷりだ。恐らくエレナは「家に帰りたい」と発言していたため、ディエゴとエレナはアメリカには入国せずスペインに帰国することを想像させる。ただ個人的にこのラストの展開は、突然フィクショナルな方向に着地が飛び過ぎていて、やや拍子抜けした。結局入国できてしまうのなら、あれだけ詰問していた入国審査官の言葉や態度はなんだったのか?が不明になり、単純に彼らの”悪意”だけが際立ってしまう。実在する仕事である上に、不法な入国者を水際で止めるというのも実際は重要な役割だろう。入国審査官という仕事における、彼らの独自の職業倫理もあると思うので、ここはもう少しグレーな着地でも良かった気もするが、それ以外は面白いテーマでありながらタイトにまとまった上質な小品だったと思う。
6.5点(10点満点)