映画「近畿地方のある場所について」を観た。

「ノロイ」「白石晃士の決して送ってこないで下さい」「貞子VS伽椰子」「サユリ」など、数多くのホラー映画を手掛けてきた白石晃士監督のホラー最新作。原作は「このホラーがすごい!2024年版(国内編)」で第1位を獲得するなど大きな話題を呼んだ、原作者”背筋”による小説「近畿地方のある場所について」。今回の映画化にあたって原作を改編しているらしい。出演は「富江」「パーマネント野ばら」の菅野美穂、「映像研には手を出すな!」「366日」などの赤楚衛二など。脚本は「“それ”がいる森」「スマホを落としただけなのに」などの大石哲也で、原作者である背筋も脚本協力している。主題歌は、椎名林檎が書き起こしの新曲「白日のもと」。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
あらすじ
オカルト雑誌の編集者が行方不明になった。彼が消息を絶つ直前まで調べていたのは、幼女失踪事件や中学生の集団ヒステリー事件、都市伝説、心霊スポットでの動画配信騒動など、過去の未解決事件や怪現象の数々だった。同僚の編集部員・小沢悠生はオカルトライターの瀬野千紘とともに彼の行方を捜すうちに、それらの謎がすべて“近畿地方のある場所”につながっていることに気づく。真相を確かめようと、2人は何かに導かれるようにその場所へと向かうが、そこは決して見つけてはならない禁断の場所だった。
感想&解説
白石晃士監督といえば、2024年の「サユリ」が話題になったこともあり、”ホラー映画”の監督というイメージが強いクリエイターだと思う。ただ「サユリ」は後半がかなり変化球であり定石を覆す展開だった為に、本気のホラー映画ファンからは賛否両論あったのは事実だが、それでもエンターテインメント作品として楽しい一作だった。そんな白石晃士監督の新作「近畿地方のある場所について」は、「このホラーがすごい!2024年版(国内編)」で第1位を獲得した”ガチホラー”原作の映画化ということで、予告編から楽しみにしていた作品だ。原作はいわゆるドキュメンタリータッチにすることで、まるで事実であるかのようにストーリーが進んでいく、”モキュメンタリ―(フェイク・ドキュメンタリー)”方式を採用しているが、この方式で近年大ヒットしたことで思い出されるのは、YouTubeコンテンツの「変な家」だろう。
「変な家」は”不動産ミステリー”と銘打ち、”雨穴”というペンネームの著者の元に寄せられた間取り図を元に、とある家にまつわる秘密を解き明かしていくという内容で、YouTubeや小説でのコンテンツ展開も含めて映画版も大ヒットした作品だ。映画版はかなり改変していた為にオリジナルファンからは酷評もあったが、原作は”これは本当にあったことでは?”と視聴者に思わせる演出がうまく、そこに”雨穴”という仮面のキャラクターも相まってホラー的な魅力に溢れたコンテンツになっていたと思う。そして本作の「近畿地方のある場所について」の原作も、オカルト雑誌の編集者の失踪事件を皮切りに”場所にまつわる”ホラーとなっていくのだが、まるでそこが実在する場所だと感じられる恐怖が売りの作品なので、この2作品の”原作”はモキュメンタリ―形式というコンセプトが共通していたと思う。
そして「変な家」の映画版は、モキュメンタリー風ホラーというコンセプトを排して、終盤は単なる”土着B級ホラー”になっていたが、この「近畿地方のある場所について」の映画版についても、正直同じ轍を踏んでしまっていると感じた。もちろん劇場版にすることで、「変な家」であれば間宮祥太朗、佐藤二朗、川栄李奈、本作であれば菅野美穂や赤楚衛二という有名俳優が起用される時点で、本来はモキュメンタリー演出とは食い合わせが悪いことは前提なのだが、それにしても本作は原作にあった不気味でゾワゾワするような読後感からは大きく変わってしまっていると感じる。特に終盤の展開に顕著なのだが、良くも悪くも”白石晃士監督”としての主張が強い、単なる劇映画としてのエンタメ・ホラー映画になっている。やはりモキュメンタリー風だけで演出するのは、大きな予算とメジャー配給会社が付いて作られるような”劇場版作品”との相性が悪いのだろう。モキュメンタリ―ホラーとしては、2005年の「ノロイ」くらいの規模感が相応しい気がする。特にこの「近畿地方のある場所について」は、ワーナー・ブラザース配給のメジャー作品なのだ。
ここからネタバレになるが、それでも前半の展開は面白い。特に「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズで培われたフェイク・ドキュメンタリーの手法が遺憾なく投入されており、引き込まれるのだ。序盤はオカルト編集部員の小沢悠生とライターの瀬野千紘の二人が、突然行方不明になった編集長の行方を追うために、彼が集めていた資料を見返すという展開になるのだが、この内容が古いVHSビデオ映像が中心になっており、これらが非常に怖い。特に中学生たちが”声”を聴くことによって集団ヒステリーを起こしてパニックになったり、アパートの一室でぼんやりと窓の外を見ている老婆の後ろ姿ごしに、空から人が落ちてくるシーンなどは虚を突かれる展開で、劇場全体でも「あっ」という声が漏れていたくらいだ。また”見たら死ぬ動画”も、音も含めて最高に気持ち悪い。このあたりの演出は本当に巧いと思う。
その中でも突出した出来だったのは、心霊スポットでのニコニコ動画配信者による”家”のエピソードだろう。ただ個人的には、このシーンが本作での恐怖のピークだったように思う。いかにも禍々しい家の中を妙なテンションで進んでいく配信者が、密閉された子供部屋をこじ開けて中に入ったときの恐怖感は凄まじい。首吊りの縄が無数に垂れ下がった部屋には、見てはいけないものを観ているという演出が際立っていて、スクリーンを観ながらコメントの内容と同調して”早く逃げろ”と言いたくなってしまう位だ。机の中から出てくる少年の写真の演出もそれほど珍しいものではないが、この雰囲気の中なので十分に怖い。これは闇の使い方やセットの汚れ、役者の演技や息遣いから感じる”生理的な嫌悪感”を、うまく映像化しているからだと思う。この一連のVHSテープやPC映像を順番に観ていく前半の展開はとても良かった。
ただ逆に後半はいわゆるただの劇映画になっていく為、テンションとしては失速していく。キャラクターの行動原理もよく分からなくなっていき、菅野美穂演じる千紘がラストはなぜ小沢を生贄にしようと思ったのか?の説明も圧倒的に不足しているので、正直ミステリーとしての快感もない。彼女が幼い息子を亡くしていること、それによって怪しげな宗教団体に入っていたことが編集長からもらったUSBによって解ってくるが、劇中で度々登場する”子供を亡くした赤い服の女”とのリンクも薄く、彼女の変貌ぶりがあまりに唐突感があるのだ。彼女は小沢を犠牲にすることで、岩のチカラで自分の息子が戻ってくるという確信をどこで得たのだろうか。「ここが引き際だと思う」と千紘が言い出したときに、小沢が「そうですね」と退いたら彼女の思惑はどうなっていたのだろう。どうにも脚本がギクシャクしているのである。首の折れた少年と赤い服の女にトンネルの中で挟まれる展開も、これまでせっかく得体のしれない怖さを演出していたのに、まるで”モンスター”のような扱いで”霊”としての怖さをスポイルしてしまっていると感じる。
そして本作最大のトホホポイントは、間違いなくラストの”あれ”だろう。ほとんどホラーゲームのラスボスばりに登場するあのモンスターを観たときは、心底ガッカリしてしまった。怖くもなければ禍々しくもない、あのキャラクター造形によって、ホラー映画としての価値は相当に下がってしまったと感じる。劇場で配られていた原作者による短編小説に、まるであれは”神”のような存在であるかのような記述があったが、なるほど「もののけ姫」のコダマにそっくりだったのは、あれは”樹木の悪霊”という設定なのかもしれない。ただそんな裏設定は正直どうでも良いと感じる位、あの存在は蛇足だろう。”映画”としてあれくらい派手なラストシーンが必要だという、"製作者側の都合だけ"を強く感じるのだ。あと本作に限っていえば、映画館よりも家のテレビで観た方が恐怖感は強い気がする。特に前半の禍々しい映像の数々は、深夜に家で観たら相当な怖さだろう。原作が圧倒的に面白く期待作だっただけに、個人的にはややガッカリな映画化であった。
5.5点(10点満点)