映画「RED ROOMS レッドルームズ」を観た。

監督/脚本を手掛けたのは、2017年「フェイク・タトゥー」や2020年の「ナディア、バタフライ」が第73回カンヌ国際映画祭の公式セレクションに選出されたパスカル・プラントで、ドキュメンタリー映画も手掛けているが、本作は2023年ファンタジア国際映画祭で最優秀脚本賞/最優秀作品賞/最優秀音楽賞を受賞した長編フィクション3作目だ。残忍な連続殺人犯に魅了された女性の狂気を描いたカナダ発のサイコスリラーで、出演はモデルのキャリアを積みながら映画制作を専攻し、自ら映画監督としても活動するジュリエット・ガリエピの他、「ラースとその彼女」「マックス・ペイン」のマックスウェル・マッケイブ=ロコス、ローリー・ババン、エリザベート・ロカなどカナダ出身の俳優が脇を固めている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:パスカル・プラント
出演:ジュリエット・ガリエピ、ローリー・ババン、エリザベート・ロカ、マックスウェル・マッケイブ=ロコス
日本公開:2025年
あらすじ
少女たちを拉致、監禁、拷問し、死に至るまでを撮影してディープウェブ(通称・RED ROOMS)上で配信した容疑で逮捕された連続殺人犯ルドヴィク・シュヴァリエ。ファッションモデルとして活躍するケリー=アンヌのささやかな日課は、あまりにも残忍な犯行で世間を震撼させた彼の裁判を傍聴することだった。彼女はなぜ彼に執着するのか、審判の先に見たものとは。
感想&解説
まったく前知識なく鑑賞したのだが想像していたジャンルとは大きく違い、良くも悪くも驚かされた。猟奇殺人を描いたサイコサスペンスということで、事件の真相に迫っていくような内容を想像していたが、本作は犯人の人格やバックグラウンドにはほとんど触れない上に、殺人犯人を崇拝してファン化していく女性の姿を描いた作品だったからだ。こういうテーマの映画はあまり記憶にない気がするので、これだけでも過去のサイコサスペンス映画とは一線を画していて面白い。監督/脚本は元アスリートという経歴を持ちながら、2017年「フェイク・タトゥー」や2020年の「ナディア、バタフライ」といった作品を発表してきた、カナダ・モントリオール出身の監督パスカル・プラントだ。
映画冒頭は若く美しい女性が、何故か路上で寝ているシーンから始まる。彼女は起き上がると裁判所に向かうのだが、どうやら早い者勝ちの席を取るために早朝から並んで裁判の傍聴に来たようだ。それだけ注目されている裁判のようだが、その裁判とは拉致監禁した3人の少女に対して拷問しながら殺し、その様子を撮影した上で「RED ROOM(レッドルーム)」というアングラサイトで配信していたという、ルドヴィグ・シュヴァリエという男のものだった。その殺人動画の内容は2人分だけは確保されているが、残り1人であるカミーユのものは見つかっておらず、その猟奇的な事件は連日メディアを賑わせている。そして、この日はその裁判初日だったのである。裁判では検察側の女性が、この事件がいかに異常で悪意に満ちたものであるかを陪審員に語り、弁護士は動画に映っている犯人は覆面をしている為、本当にルドヴィグの犯行だったかは立証できないと反論する。この序盤のシーンはほぼワンカットで撮られていて、非常に緊迫感があったが、この映画の”前提”を説明してくれる重要なシーンだったと思う。そしてそんなやり取りの背後では、本作の主人公である美しき女性ケリー=アンヌが、捕らえられ透明な壁によって隔絶されたルドヴィグの姿を凝視しているが、この時点ではこのケリー=アンヌの目的や内面はまったく分からない。そしてそんな彼女が家に帰ってくると、すぐにパソコンを立ち上げてAIに向かってテキパキとメール処理の指示をするというシーンになる。彼女はかなりITスキルが高いらしい。
ここからネタバレになるが、ケリー=アンヌはすでにモデルとして成功しており、さらにオンラインのポーカーゲームでも荒稼ぎしているという、いわば美貌も名誉も金も持っている女性だと描かれる。ただ連絡を取っているのはほとんどモデルエージェントの女性だけで、プライベートで友人や恋人はいないようだ。だがそんなケリー=アンヌにも、この裁判を通じて友人らしき人物ができる。それが”クレマンティーヌ”だ。彼女はルドヴィグは冤罪だと信じきっており、いわゆる"グルーピー"として熱狂的にルドヴィグを追いかけている。住む場所すらないクレマンティーヌに対して優しく手を差し伸べるケリー=アンヌだが、テレビの討論番組に思わず電話で反論してしまう位の熱量でルドヴィグを弁護するクレマンティーヌに対して、感情を表に出さない彼女の内面や真意は、やはりまだ観客には伝わってこない。
クレマンティーヌと一緒にピザを食べてスカッシュテニスをしているシーンあたりが、本作でもっともストーリーの先が読めなくなる場面だろう。ルドヴィグ事件の裁判や犯人像の追求はされず、この2人のグルーピーの生活を描いていく展開になるからだ。だがそんな関係も遂に終わりがくる。それは自力で2つの殺人映像を入手したケリー=アンヌが、クレマンティーヌにそれを見せるシーンであり、興味本位でそれを観たクレモンティーヌが”殺人の現実”を思い知らされる場面だ。一つ目の動画を観終わったあと、動揺して鑑賞を中止しようとするクレモンティーヌに対して、躊躇なく2つ目の動画を再生する場面でこの2人の”差”がありありと表現されている。ケリー=アンヌは本物の狂人なのだ。動画を観たことで目が覚めたクレマンティーヌは、そのままケリー=アンヌの元を去っていき、主人公の狂気はますます加速度を増していく。
いつも裁判席にいることをスポンサーに知られ、企業モデルを降板させられたにも関わらず、ルドヴィグに注目されようと金髪と青のコンタクト、そして殺された少女の制服姿で裁判席に座り、警備員によって会場から連れ出されるケリー=アンヌは完全に常軌を逸している。そして本作最大の恐怖シーンはあの”オークション”の場面だろう。オンラインポーカーをやりながら、最後の被害者の動画をオークションで競り勝とうと目を血走らせる彼女は、大金を投じてついに動画を手に入れる。それをヘッドフォンをしながら恍惚の表情で鑑賞するシーンは、本作最大の恐怖シーンだ。さらに住所とセキュリティパスまで入手し、被害者の少女カミーユの部屋で自撮りをした後、母親の寝室に動画の入ったUSBを置いてくるという行動に出るのだが、このUSBとビットコインの記録によってシュヴァリエが真犯人であることが発覚し、犯罪を自ら認めることになる。一方でクレマンティーヌはテレビ番組に出演し、自分の行動を悔いていることを告げ、自分のことを”元信者”だと表現する。
正直、最後まで主人公ケリー=アンヌに感情移入はできないし、このキャラクターの内面は描かれないので分からない。このUSBを母親に渡すという行動も結果的にシュヴァリエ逮捕に繋がったが、これも”正義の為”の行動とは思えないし、なぜ彼女がここまでルドヴィグに惹かれ、そして自ら引導を渡したのか?も不明だ。もしかすると彼を刑務所に閉じ込めるという行為によって、独占欲を満たしたのかもしれないが、やはり作中に明確な答えはない。ケリー=アンヌのポーカーゲームのネームは、「The Lady of Shalott(シャルロットの女)」だったが、これはアーサー王伝説における騎士ランスロットに恋焦がれながらも、高い塔の上で鏡を通してでしか世界を見ることができない人物のことだ。ちなみにAIに付けられた名前「ギネヴィア」は、アーサー王の妻であり、ランスロットと恋仲になる人物の名前なので、明らかにこれらを意識してのネーミングなのだろう。ケリー=アンヌの高層マンションの部屋にはいつも風の音が鳴り響いていて、まるで彼女が高い塔に幽閉されているような演出だったが、この塔の中に幽閉されて抜け出せない、そして”PCという鏡”を通してしか世界を覗けないという、誰にも理解できない精神状態自体が、本作のテーマなのだと思う。自分の生活を投げ捨ててまで猟奇殺人犯に執着し、自らも犯罪を犯してしまう主人公に対して、歩み寄ることなく一貫して突き放した姿勢の作品だからだ。
監督のパスカル・プラントは、ジョン・カサヴェテス「こわれゆく女」やダン・ギルロイ「ナイトクローラー」、そしてアレハンドロ・アメナーバルのデビュー作「テシス 次に私が殺される」など、多くの映画に影響を受けているシネフィルらしいが、今までになかったサイコサスペンスを作ったと思う。残虐シーンは一切見せないが、それでも後味は相当に悪い。やや冗長に感じる場面もあるし、結末も含めてかなり観客に解釈を委ねてくる作品だが、新しさを感じる恐怖映画だったと思う。
6.5点(10点満点)