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映画「ワン・バトル・アフター・アナザー」ネタバレ考察&解説 監督PTAの新境地であり、新たな傑作!ヒーロー性をはぎ取られた主人公をディカプリオの名演で魅せる!

映画「ワン・バトル・アフター・アナザー」を観た。

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ブギーナイツ」「マグノリア」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「ザ・マスター」などによって、ベルリン/カンヌ/ベネチアの3大映画祭で受賞歴を誇るポール・トーマス・アンダーソン監督による、2022年日本公開「リコリス・ピザ」以来の新作。2015年日本公開作「インヒアレント・ヴァイス」もトマス・ピンチョン原作を映画した作品だったが、今作もピンチョンの小説「ヴァインランド」からインスピレーションを得て制作されたらしい。出演は「インセプション」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のレオナルド・ディカプリオ、「ミスティック・リバー」「I am Sam アイ・アム・サム」のショーン・ペン、「トラフィック」「ボーダーライン」のベニチオ・デル・トロ、「サポート・ザ・ガールズ」のレジーナ・ホール、「星の王子ニューヨークへ行く2」のテヤナ・テイラー、そして気鋭の新人チェイス・インフィニティなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:レオナルド・ディカプリオベニチオ・デル・トロショーン・ペン、テヤナ・テイラー、チェイス・インフィニティ
日本公開:2025年

 

あらすじ

かつては世を騒がせた革命家だったが、いまは平凡で冴えない日々を過ごすボブ。そんな彼の大切なひとり娘ウィラが、とある理由から命を狙われることとなってしまう。娘を守るため、次から次へと現れる刺客たちとの戦いに身を投じるボブだが、無慈悲な軍人のロックジョーが異常な執着心でウィラを狙い、父娘を追い詰めていく。

 

 

感想&解説

ポール・トーマス・アンダーソン監督のフィルモグラフィーを振り返ると、「ハードエイト」での長編デビュー以来、1998年日本公開「ブギーナイツ」や「マグノリア」「パンチドランク・ラブ」など、初期作から作家性が強くアート色の濃い映画を撮り続けてきた監督だと思う。特にその後のダニエル・デイ=ルイスが演じる石油王が大暴れする「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」から、宗教団体での師弟関係をテーマにした「ザ・マスター」、そしてトマス・ピンチョンの小説「LAヴァイス」を原作にした「インヒアレント・ヴァイス」、再びダニエル・デイ=ルイスを主演に迎えた変態恋愛劇の「ファントム・スレッド」などは、エンターテイメント性を極力排して、クールでノワール的な作品だった。更にこれらの音楽を担当したのは、レディオヘッドのギタリスト”ジョニー・グリーンウッド”であり、彼の紡ぐ楽曲もこの世界観にハマっていたと思う。

ところがポール・トーマス・アンダーソンの作風が大きく変化したのは、前作「リコリス・ピザ」からだと感じる。アラナ・ハイムとフィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンを主演に迎えた、2022年日本公開の「リコリス・ピザ」は歳の離れた男女による恋愛テーマの作品だったが、ブラッドリー・クーパーショーン・ペンが完全にコメディリリーフとなっていて、明るく笑える青春映画になっていたのに驚かされた。ジョージ・ルーカス監督の「アメリカン・グラフィティ」を意識したらしいが、娯楽映画としての強度をしっかりと保ちながらも、PTA監督の独特なストーリーテリングと画作りが同居しており、まさに万人受けする映画になっていたと思う。ジョニー・グリーンウッドも続けて登板しているが、いつもの陰鬱なサウンドではなかったのも新鮮で、画面全体から多幸感が溢れてくるような映画だったと思う。

 

そして待望のPTA監督最新作が、本作「ワン・バトル・アフター・アナザー」だ。主演はレオナルド・ディカプリオであり、PTA監督作品としては初出演だが、まず彼が最高だ。本作では完全にコメディリリーフに徹しており、笑いを取る場面はすべて彼がらみの場面なのだが、特に娘との合流地点を聞くために革命組織「フレンチ75」の本部に電話をかけるが、何度も合言葉を聞かれてその度にキレまくるシーンや、娘ウィラの友達が車で迎えに来るシーンの大人げない対応には大笑いしてしまった。本作はかなりコメディ要素も強く、ディカプリオ演じるボブには主人公や父親としてのヒーロー性が微塵もない。ここからネタバレになるが、普通は娘がさらわれた父親が主人公を務める映画といえば、いくら最初は父親が弱い存在だったとしても最後は命を懸けて、自ら娘を助けるという展開が定番だろう。ところが本作ではこの”定番展開”を、完全に外してくるのだ。

 

 

まずこの映画は序盤から面白い。革命組織「フレンチ75」に所属しているボブと黒人女性のペルフィディアは、移民を助けるために収容所にテロを仕掛けるのだが、ボブが遠隔地で爆弾を設置していく担当であるのに対して、ペルフィディアはショーン・ペン演じる”ロックジョー”という差別主義者に対して正面から銃を突きつけ、あまつさえ「勃起させろ」と脅すのである。そしてその後のシーンでも爆弾の爆発と共にボブにセックスをねだるのだが、完全に既存の”男女における概念”が入れ替わっているのだ。その後、妊娠したペルフィディアは変わらず酒を飲み、銃を乱射する。そして子供が生まれた後も、革命運動のために子育てを放棄して家を出てしまい、遂には逮捕されて仲間を売ってしまうという破天荒な人物だ。そして16年後に成長した娘のウィラとボブ、そして出世したことで”クリスマスの冒険者”という白人至上主義の裏組織に入りたいと目論むロックジョーと、ベニチオ・デル・トロ演じる”センセイ”たちが物語の中心になっていく。

 

本作の主人公ボブはひたすらに判断に迷い、色んな意味での”弾”を外し、ミスを犯していく男だ。若者たちと屋根伝いに逃走していたかと思えば落下して捕まるし、左右に矢印のあるT字路では間違った方向に進み、Uターンすることになる。絶好の狙撃シーンでも弾を外すし、結局は生物学的な父親にすらなれていない。その度に”Fワード”を連発しながら、ボサボサの髪と汚い髭とで顔をしわくちゃにしながら必死に娘を追いかけるが、最後まで彼がヒロイックに活躍するシーンはないのだ。大麻と酒に溺れたボブという役柄は、近年のおじさんになったレオナルド・ディカプリオの中でも突出してダメな主人公だったが、全てが終わったあとに遅れて到着し、ただ娘を抱きしめるだけの男なのだ。冒頭のテロ作戦シーンから彼は遅れて登場するのだが、その極端なダメさが魅力的なキャラクターになっている。”これぞディカプリオ”という新たなハマリ役だろう。逆に本作で八面六臂の活躍を見せるのは、なんと本作が長編デビュー作となるチェイス・インフィニティ演じる”ウィラ”だ。母親ペルフィディアの革命家の血を強く継いだ彼女は、自分の力で困難な状況をクリアしていくキャラクターだが、これがボブと見事な対比になっている。

 

また”センセイ”の道場には、不自然に「スーパーマン」のポスターが貼ってあったが、本作においての彼の役割はボブの窮地を救う”ヒーロー”ということなのだろう。困ったときに颯爽と現れて、もっとも効果的な作戦でボブを救っていくキャラクターだし、本作のヴィランであるロックジョーは、ペルフィディアに欲情する変態警官であり、極度の差別主義者という最高の設定で、死んだと思わせての血まみれの帰還から、ラストの無様に変形した顔も含めてほとんどアニメキャラクターのようだ。今までのポール・トーマス・アンダーソン監督の作品と比べて本作は、ほとんど初めて”勧善懲悪なエンターテインメント作品”になっていて、分かりやすくて間口の広い作品になっていると思う。また映画の終盤に実は親子のような二人の関係に変化が訪れるという意味では、長編デビュー作である「ハードエイト」を思い出した。監督PTAは本作の目標を、「カーアクションを撮ること」だと語っているが、間違いなく本作の白眉は終盤のカーチェイスだろう。ひたすらに真っすぐな道を3台の車が走るだけで、これだけ面白い画面になることが驚きだ。

 

アップダウンの激しい道というロケーションを活かして、ピントを前後の車に移動させながらの逃走劇は今までに観た事のないシーンになっており、ウィラの頭の良さを活かした決着の付け方も最高だ。本作はビスタビジョンというラージフォーマットのフィルムで撮影されているらしいが、IMAXで鑑賞したこともあり、この場面ではまるで画面に吸い込まれそうな錯覚さえ覚えた。また本作のもうひとつの大きな要素は音楽だ。PTA作品としてはお馴染みである、レディオヘッドのギタリストであるジョニー・グリーンウッドが担当した音楽は、ほとんど鳴りっぱなしといって良いほど劇中で鳴り響き、雄弁にキャラクターの感情を表現してくれる。上映時間は162分と長尺だが、ほとんど退屈する時間はないと思う。それは映画の中で、なんかしらの”アクション”が起こっているからだ。革命家という設定の割には、ほとんど政治色も感じないのは、これがポール・トーマス・アンダーソンが単に面白い映画を目指した結果なのだろう。まさに監督の新境地であり、新たな傑作だと思う。

 

 

8.5点(10点満点)