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映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」ネタバレ考察&解説 大統領のキャスティングから考察できる制作意図とは?キャスリン・ビグロー監督による新機軸ポリティカルサスペンス!

映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」を観た。

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アカデミー監督賞を受賞した「ハート・ロッカー」や、アカデミー賞5部門にノミネートされた「ゼロ・ダーク・サーティ」で知られるキャスリン・ビグロー監督による、「デトロイト」以来8年ぶりとなる最新作。脚本は「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」や「メイズ・ランナー」などのノア・オッペンハイム。撮影は「ハート・ロッカー」「デトロイト」で組んでいるバリー・アクロイド、音楽は「西部戦線異常なし」「教皇選挙」のフォルカー・ベルテルマンが担当した。出演は「ワイルド・スピード スーパーコンボ」「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」のイドリス・エルバ、「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」のレベッカ・ファーガソン、「キングス・オブ・サマー」のガブリエル・バッソ、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のジャレッド・ハリス、「猿の惑星:新世紀」のジェイソン・クラークなど。Netflixで2025年10月から配信されるが、それに先立って国内一部の劇場でも公開されている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:キャスリン・ビグロー
出演:イドリス・エルバレベッカ・ファーガソン、ガブリエル・バッソジャレッド・ハリスジェイソン・クラーク
日本公開:2025年

 

あらすじ

ごくありふれた一日になるはずだったある日、出所不明の一発のミサイルが突然アメリカに向けて発射される。アメリカに壊滅的な打撃を与える可能性を秘めたそのミサイルは、誰が仕組み、どこから放たれたのか。ホワイトハウスをはじめとした米国政府は混乱に陥り、タイムリミットが迫る中で、どのように対処すべきか議論が巻き起こる。

 

 

感想&解説

キャスリン・ビグロー監督の最新作がNetflix配信作品ということで、一部限定上映されたので鑑賞してきたが、前作「デトロイト」から約8年ぶりの新作ということもあり、かなり期待値の高い作品だった。というのも全キャリアの中で、これだけ打率の高い監督も珍しいからだ。とはいえ長編2作目の1988年日本公開「ニア・ダーク/月夜の出来事」、次作の1990年日本公開「ブルースチール」くらいまでは若干スキのある作品もあるが、「ハートブルー」「ストレンジ・デイズ/1999年12月31日」「K-19」あたりからは良作を連発し、2010年日本公開の長編8作目「ハート・ロッカー」では、第82回アカデミー賞9部門にノミネートされた結果、「作品賞」「監督賞」「オリジナル脚本賞」「編集賞」「音響効果賞」「録音賞」6部門での受賞という、映画史に残る傑作を残している。その後も「ゼロ・ダーク・サーティ」「デトロイト」といった、骨太な社会派サスペンスの傑作を次々に発表している唯一無二の女性監督だと言えるだろう。

そんなキャスリン・ビグロー監督の新作が、本作「ハウス・オブ・ダイナマイト」だ。キャスリン・ビグロー監督らしいポリティカルサスペンスとなっているが、いつものヘリや戦闘機を何台も飛ばすような派手なシーンは少なく、今回は屋内での会話劇がメインの作劇となっている。しかも同じシチュエーションを、それぞれのキャラクターの立場から3幕構成で描くという構成を取っており、これも過去の監督作ではなかったアプローチだろう。とはいえ全編を通して、サスペンスの盛り上げ方が本当に巧い。キャラクターの描き方も緻密で、それほど時間をかけて人物背景を描く訳ではないが、電話で離婚を切り出される男、発熱した子供を夫に預ける母親、仕事が終わった後に婚約指輪を受け取りにいくという同僚、そして妊娠した妻を持つ夫といった、一見すると普通の人物たちが実は仕事の上では重要な立場にあり、大きなプレッシャーと決断を迫られる様子を描いていく。

 

ストーリーとしてはアメリカのごく普通のある日、発射元が不明の一発のミサイルが突然アメリカに向けて発射されたことを検知したことから、アメリカ政府は軍を巻き込んで大混乱に陥る。大量の死人が発生し国に壊滅的な打撃を与えるそのミサイルが着弾するまで、19分。タイムリミットが一刻と迫る中で、交渉と報復を巡り議論が巻き起こるという内容だ。この緊迫した19分間を、3章に渡って描き出すのだが、最初の章はレベッカ・ファーガソン演じるオリヴィア大佐と、アンソニー・ラモス演じる軍事基地所属のダニー少佐、2章目はガブリエル・バッソ演じるジェイク副補佐官とジャレッド・ハリス演じるリード国防長官、そして第3章はイドリス・エルバ演じるアメリカ大統領を中心に、物語は進行していく。それぞれのキャラクターの言動の背景が、3章を通して浮き彫りになっていくのだ。

 

 

映画が進んでいくにつれて段々と政府上層部の視点に移っていき、最後は大統領の言動が描かれていくが、なんとそれをイドリス・エルバが演じていることに驚かされる。オンライン会議では声だけしか分からなかった彼の容貌が3章の冒頭で明かされるのだが、イドリス・エルバといえば黒人俳優の中でもっとも次期ジェームズ・ボンドに近いと言われていた俳優だ。過去にも「世界で最もハンサムな顔ランキング」にも選出されているくらい、セクシーでホットな俳優がアメリカ大統領を演じているのだ。しかもファーストレディは動物保護活動をしているという設定で、明らかにリベラルな人物像を想起させる。本作の製作は2024年5月からスタートしたらしく大統領選挙前だが、このキャスティングからも本作にはアメリカ大統領への批判や政府への皮肉を描くという、作り手の意図は薄いことが透けて見える。その意図であれば、もっと”悪役然”とした俳優に極端なセリフを言わせれば良いはずだが、それは本作のコンセプトではないのだろう。

 

ここからネタバレになるが、本作のラストでも結局この大統領がどのような判断をしたのか?は描かれず、観客はひたすらに政府関係者が右往左往する様子を見せられることになる。ただしこのアメリカ大統領が完璧なヒーローではないことも、本作を重層的にしている要因だろう。たしかに彼は子供たちに優しいリーダーとして振る舞うが、未曽有の緊急事態においては持ち合わせている情報が少なくて、いかにも頼りない印象を受ける。報復レベルの説明を受けるときにステーキの焼き具合で返されて”分かりやすい”と答えたり、国家機密を扱う為のカードを探す際に”学生証みたいだ”と発言するセリフを、なんと観客は”3回”も聞くことになる。これは明らかに意図的だろう。”強いアメリカ”、そして”判断を間違えないリーダー”というのは、幻想なのである。南北戦争最大の激戦である”ゲティスバーグの戦い”が再現されていたが、現在のアメリカにおける分断も止まっていないからだ。

 

鑑賞中に思い出したのが、「ディープ・インパクト」や「シン・ゴジラ」だが、本作を最後まで観ると監督が描きたかったテーマはまるで違うことに気付く。どちらもどうしようもない未曾有のトラブルに対して、国内の識者や政府がどう動くのか?を描いた作品ではあるが、本作はリーダーの”解決のための決断”を描かないために結末のカタルシスもない。本作でミサイルの発射元が不明なのは”明確な敵”を設定しないことで、そもそも世界中が核を保有していることのリスクを描いているからだろう。タイトルである「ハウス・オブ・ダイナマイト」とは、地球全体が”ダイナマイトだらけの家”であり、人類はいつ爆発するか分からない家に住んでいるのだという事を意味している。アメリカが保有している多数の核兵器は、”抑止力”というお題目の上で存在を許されているが、だからといってどこかの国が核を使わないという根拠は何もない。この映画は、こんな危い世界に生きている我々への警鐘なのだと感じる。

 

イドリス・エルバレベッカ・ファーガソンジャレッド・ハリスジェイソン・クラーク、グレタ・リーなど豪華キャストで描かれたポリティカルサスペンスだが、結論の出ないストーリーを3回見せられるという構成はやや退屈に感じるかもしれない。繰り返し描かれる背景に何か新事実が発見されて、大きく事態が動くという作劇でもないし、前述のようにカタルシスがある結末も用意されていないからだ。ただし劇中に漂う緊迫感は途切れず、映画が発信しているメッセージも強い。一流の役者たちのアンサンブルを観るという楽しみもある作品だと思う。キャスリン・ビグロー監督の新機軸として、配信でゆっくり観ても楽しめる大人の映画だろう。

 

 

6.5点(10点満点)