映画「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」を観た。

19歳で制作した同名短編がジョエル・コーエン監督によって絶賛されたことで、長編初メガホンを取ることになったフレディ・マクドナルド監督のクライムサスペンス。2024 年のサウス・バイ・サウスウエストを皮切りに、ロカルノやシッチェスなど世界の映画祭を沸かせたらしい。スイスの美しい田舎町を舞台に、犯罪に巻き込まれたお針子の女性が、針と糸の力で運命を切りひらいていく姿を描いている。出演はアイルランド出身で本作が映画初主演となるイブ・コノリー、TVシリーズ「スーパーナチュラル」のカルム・ワーシー、「スライディング・ドア」のジョン・リンチ、「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」のK・カラン、「クリフハンガー」のキャロライン・グッドオールなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:フレディ・マクドナルド
出演:イブ・コノリー、カルム・ワーシー、ジョン・リンチ、K・カラン、キャロライン・グッドオール
日本公開:2025年
あらすじ
スイス山中の小さな町でお針子をしているバーバラ。亡き母から譲り受けた店は倒産寸前で、相談できる友人も恋人もいない。ある日、常連客との約束に遅刻した上にミスをして激怒させてしまった彼女は、その帰り道に麻薬取引現場に遭遇する。売人の男たちは血まみれとなって道路に倒れており、周囲には破れた白い粉入りの紙袋と拳銃、そして大金の入ったトランクケースが置かれている。バーバラの脳裏には「完全犯罪(横取り)」「通報」「見て見ぬふり」という3つの選択肢がよぎる。
感想&解説
19歳で制作した同名短編がジョエル・コーエン監督によって絶賛されたことで、長編初メガホンを取ることになったというフレディ・マクドナルド監督は、2000年生まれの25歳らしい。この映画を製作していた頃は23歳だったらしいので、これだけの規模で配給される作品の監督を務められたというのは物凄い才能だと思う。刺繍がテーマのクライムサスペンスというテーマ設定も面白いし、メインビジュアルもポップでキャッチーなので、個人的には勝手にお針子の女性が”針と糸”で事件を解決していくような、コメディ色の強いサスペンスを想像していた。実際に劇場には女性の観客が多く、どちらかといえば”ポップな作品”だと思い鑑賞に臨んだ結果、その想定は大きく覆されることになったが、よく考えればジョエル・コーエン監督が絶賛した作品なのだから、それも納得だ。
本作は想像以上にダークで陰惨なクライムサスペンスであり、主人公のバーバラが劇中、ずっと追い詰められる様子を観る映画になっている。「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」というタイトルどおり、彼女は終始不幸なのだが、とはいえ”自業自得感”も強くて鑑賞中は座りが悪い。主人公バーバラに感情移入が出来ないのだ。スイスの山中にある小さな町でお針子をしているバーバラは、姉妹のように仲の良かった母を亡くし、後を継いだ刺繍の店は倒産寸前だが回復できる見込みもない。そんなある日、麻薬取引の売人たちが血まみれで倒れている上に動けず、道には拳銃と大金の入ったトランクが落ちているという状況に遭遇する。そこでバーバラは、「完全犯罪(横取り)」「通報」「見て見ぬふり」の三択から自分の運命を選択することになるというのが、この作品の概要だ。
ここからネタバレになるが、結論、このどの選択肢を取ってもバーバラは死ぬことになる。最初にバーバラは「完全犯罪(横取り)」を選択することで、”糸を巧みに使うことで、拳銃を引っ張って同士討ちさせる”という展開は面白く期待が高まった。だが、この後の血だらけの売人を店に連れてきて監禁する展開からは、雲行きが怪しくなる。売人を2階に運ぶために針と糸で仕掛けを施したり、現場に残してしまった針によってトランクを取り返しにきた男の銃を、仕掛けによって弾き飛ばし、さらに監禁していた売人の銃によって男を殺すのだが、これがあまりに確実性のない仕掛けに見えるのだ。なぜこんな偶然に頼った、まどろっこしい方法を採るのかの理由が、”バーバラがお針子だから”以上にない。さらにこのバーバラというキャラクターは、自分では銃の引き金を引かないものの、基本的に人の命を奪う事に対して躊躇のない人物だと描かれるのも、本作のトーンをダークにしている一因だと思う。彼女の仕掛けによってどんどんと人が死んでいくからだ。
「糸と針を使ったピタゴラスイッチ」が本作のウリなのだろうが、結局はバーバラが”裁縫屋としてのスキル”を活かして、窮地をすり抜けるというシーンはない。単純に仕掛けに”糸と針”を使ってるだけで、本質的なお針子としてのスキルを感じないのだ。しかも留置所で鍵を盗む場面などは、鍵にひっかける為の紐を投げるだけの退屈なシーンが続く。さらにバーバラは瞬間的に複雑なピタゴラスイッチを作ってしまうが、観客は最初はそもそも何をやってるか分からない上に、種明かしのシーンにも特に「なるほど!」とはならないのが、本作で最大の問題点だと思う。ジョシュの父親を殺すシーンも、どういう理屈でジョシュの手元に銃が手繰り寄せられたのかが分からない上に、重さのある銃があれだけスピードで引っ張られて空間を縦横無尽に動き回ることなど考えられない。ジョシュの父親が立ち上がって、途中で奪ってしまえば良いのだ。
どの選択肢を取ってもバーバラは死ぬことになると書いたが、さらにどの選択肢もバーバラはトランクの金を盗もうとする。「通報」しても金を盗んだおかげでお婆さん警官に拘束されることになるし、「見て見ぬふり」をしても最後はトランクに仕掛けられた爆弾によって死ぬことになる。バーバラの母親は自殺だったらしく、冒頭から主人公は悲しい過去を背負った女性なのだと描かれるが、店を守るためというエクスキューズはあるものの、結局は金を盗もうとする主人公を応援できないのだ。せめて「通報」と「見て見ぬふり」の選択肢のどちらかは、”良い主人公”として行動した結果、バーバラが幸せになる姿が観たかった気がする。そもそも常連客の結婚式の仕事に遅刻するような主人公なので、母親から譲られた裁縫屋はうまくいかなくて当然だろう。この辺りにシーンからも、自業自得感が拭い去れないのである。
3つの選択肢の果てに、犯罪現場に出会う前に戻ってグレースのボタン付けを終わらせ、右の道を進むバーバラだが結果的にそこでもジョシュの父親に出会ってしまう。ところが彼に道を教えたことによって、バーバラは金をもらってこの映画は終わるのだが、散々酷いサイコパスとして描かれたジョシュの父親に、道を教えて金を貰うことが最善の選択だったのか??という疑問も生まれる。結局、このバーバラというキャラクターがいつまで経っても、主人公として正しい行動を取らないので、映画全体としてカタルシスが圧倒的に足らないのだ。バーバラと知り合いで彼女がトラブルに巻き込まれていることが明確なのに、徹底的に見てみないフリをするレストランのウエイターや、大怪我をしている男たちを手錠で繋いだまま、結婚式を優先する婆さん警官など、本当に誰にも感情移入出来ないキャラばかりで観ていてウンザリしてくるし、田舎とはいえ活動している警官が一人きりなど、設定にもあまりにリアリティもない。
”選択”が本作のテーマの作品なのだろうが、どの選択肢の結果もスッキリしないので、この映画の世界が好きになれないのだ。ジョシュの父親が「移動する裁縫屋が動かなくなった」という趣旨のセリフを計3度言うが、それも胸糞なセリフな上にくどいし、唯一圧倒的な悪役であるジョジュの親父が死ぬ「見て見ぬふり」の選択ですら、結局は息子が親父を殺す展開で救いがない。さらに選択肢を何度も選び直すという映画は、1999年日本公開の「ラン・ローラ・ラン」や1998年日本公開の「スライディング・ドア」などがあったため、それほど映画としての目新しさも感じない。本作で唯一の「お針子」という設定は新鮮味はあったし、映画のルックスは全体的にオシャレでポップさが高いうえに、クオリティは高い。だが、どうにも世界観に乗り切れなかった印象の作品だった。
5.0点(10点満点)