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映画「ボディビルダー」ネタバレ考察&解説 各シーンを解説!サイコパスではなく”成功願望”に支配された、あまりにも弱い人間を描いた作品!

映画「ボディビルダー」を観た。

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監督/脚本を「HOT SUMMER NIGHTS ホット・サマー・ナイツ」のイライジャ・バイナムが手掛け、製作には「ナイトクローラー」の監督ダン・ギルロイとプロデューサーのジェニファー・フォックスが名を連ねた、ダークヒューマンドラマ。世界一のボディビルダーを目指す孤独な男の過酷な生活をダークに描いていく。出演は「クリード/過去の逆襲」「アントマン&ワスプ クアントマニア」のジョナサン・メジャース、「Swallow スワロウ」のヘイリー・ベネット、「Zola ゾラ」のテイラー・ペイジなど。IFBB(国際ボディビルディング・フィットネス連盟)プロボディビルダーの山岸秀匡が日本語字幕監修を担当している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:イライジャ・バイナム
出演:ジョナサン・メジャース、ヘイリー・ベネット、テイラー・ペイジ、マイク・オハーン
日本公開:2025年

 

あらすじ

アメリカの田舎町で、病気の祖父を介護しながら暮らす青年キリアン・マドックス。低収入で友人も恋人もおらず孤独な毎日を過ごす彼には、一流ボディビルダーとなり雑誌の表紙を飾るという揺るぎない夢があった。過酷なトレーニングと食事制限に打ち込むキリアンだったが、身体は悲鳴をあげ、社会の不条理と孤立が彼の精神を蝕んでいく。そしてある事件をきっかけに、キリアンは狂気の世界へと突き進んでいく。

 

 

感想&解説

本作の主演であるジョナサン・メジャースは、2023年2月公開の「アントマン&ワスプ:クアントマニア」で征服者カーンという大役に抜擢され、また同年3月公開の「クリード 過去の逆襲」という大作にも出演し、飛び鳥を落とす勢いだったのは記憶に新しい。まさに2023年は彼にとって大飛躍の年になるはずだったのだが、同年3月に元交際相手の女性への暴行容疑で逮捕されるという衝撃的な事件が起こり、その後に有罪が確定したことで彼のキャリアは暗礁に乗り上げてしまう。本作はその影響を大きく受けた一作であり、本来サーチライトピクチャーズから2023年に全米公開される予定の作品だったにも関わらず、公開は見送られ、権利的にも宙ぶらりんな状態が続いていたようだ。ところがインディペンデント系映画会社が再び配給権を獲得したことで、2025年3月に北米公開されたといういわくつきの作品が本作「ボディビルダー」だ。

レビューでは「タクシードライバー」や「ジョーカー」といった作品が引き合いに出され語られることが多いようだが、それは孤独な男の陰鬱な生活を描いた作品という共通点からだろう。だが作品のコンセプトはやや異なる気がする。主人公のキリアン・マドックスは、ボディビルダーとして雑誌の表紙になることだけが、人生の目標の男だ。本作の原題は「MAGAZINE DREAMS」なので、こちらの方が映画の内容に近いと思うが、”偉大な何か”になる事だけが全てというオブセッションに囚われた主人公という意味で、個人的には強烈にデイミアン・チャゼル監督の「セッション」を思い出した。また偉大な先駆者に憧れて追いかけまわすという展開は、マーティン・スコセッシ監督「キング・オブ・コメディ」だろうが、この映画は”ボディビルそのもの”を描いた作品ではない。

 

序盤から自分を鏡に映して、ひたすらにポーズを取るボディビルダーのキリアン。その鍛え上げられた肉体は完璧に見える。5人のボディビルダーが並んで審査を受ける場面でも、正直(自分も含めてだが)多くの観客にはその優劣は分からないだろう。そもそもボディビルとはひたすら他人から審査されて、初めて評価される個人競技だ。そしてそこまで行きつくには、常軌を逸した過度なトレーニングと食事制限を求められるため、かなりストイックに自分を追い込むことを要求される競技なのだろう。本作のキリアンは大量のゆで卵とプロテインを摂取しながら、ステロイドの打ち過ぎで身体はボロボロ。更にポルノを観る日々が描かれていたが、恋人もおらず孤独な人生を歩んでいることが描かれる。更に両親は既に他界しており、祖父の介護も必要だ。

 

 

ここからネタバレになるが、暴力衝動をコントロールでないキリアンは電話口でペンキ屋と口論となり、店まで乗り込んでいって破壊行動を起こす。この時に彼が車でかけている曲は、バッド・オーメンズ「DETHRONE」というメタルコアだ。”あのクソ野郎と向かい合って殺してやりたい、逃げるなよ”と歌う物騒な曲で、ここでのキリアンの心情とシンクロしている。そしてジェシーとのデートに向かう途中で彼が聴いている曲は、Slaughter To Prevailというロシア出身のデスコアバンド「DEMOLISHER」だ。”一人一人から、愛しているもの全てを奪うだろう”という、こちらも不穏でダークな楽曲であり、キリアンにとっては、深層心理でジェシーとのデートも戦いなのかもしれない。少なくとも、ここにこの楽曲を使うという監督の映画的な意図はあるのだと思う。そして本作でも指折りの名場面は、あの気まずいデートシーンだろう。

 

ここの会話を聞いて、観客はキリアンと”一般人”との違いを痛感させられることになる。ジェシーはキリアンにはっきりと好意を表明しているにも関わらず、キリアンはジェシーの気持ちに寄り添えない。ブラッド・ヴァンダーホーンを知らないというジェシーに対して、「知らないの?もっと外に出た方が良いよ」と言い放つキリアンこそ、ボディビルの世界しか知らない。「好きな音楽は?」と聞かれても彼は終始自分の事しか喋らず、両親の悲劇や自分がいかに搾取されてきた存在であり、ボディビルの世界で成功することだけが世界を見返す方法であると一方的に言い放つ。彼は過去の審査で、筋肉が小さいと言われたことがトラウマになっていて、そのせいで今の人生は上手くいってないと感じているが、キリアンに圧倒的に不足しているのは、世界にいる他者への共感力だ。

 

カフェでペンキ屋の父親に再開したキリアンが家族の前で、父親を罵倒し、店内にいた客の容姿に対して罵倒するシーンがある。目についた客に対して「ハゲ、デブ、チビ」と表面的な容姿を罵倒するのは、自分が常にそういう視線に晒されてきて、努力に対しての相応しい評価を受けていないと感じているからだ。一度くらいは自分が山の上から、谷にいる人間を審査したいのだ。娼婦に自分の筋肉を見せるシーンがあるが、彼がすぐにその場で脱がないのは”見せる”準備をしていたのだろう。ちなみにステロイドには性欲低下や勃起不全を引き起こす副作用があるので、あれだけステロイドを打ち続けていたキリアンは勃起しないと想像する。だからこそ娼婦に触れられるのを嫌がったと思うが、彼は性行為よりも筋肉を褒めてもらいたい一心だったのだろう。とにかくキリアンは、誰かに認められ愛されたいのだけなのに、キスを強く拒まれてしまうことで、また傷ついてしまう。

 

だが本作の主人公キリアンに対して”自業自得”だと感じてしまうのは、買い物客の食料品に唾を吐いたり、ボディビル以外の人生を真面目に生きていないところも描かれるからだ。ボディビルのキャリアも終わり、職も失い、ブラッド・ヴァンダーホーンにも性的に搾取され全てを失ったキリアンは、ブラッドを殺す為に購入した銃をもってステージまで行くが、結局殺さずに帰ってくる。これはブラッドを殺す未来を想像した瞬間に、祖父の顔が浮かんだからだろう。いつも「自慢の孫だ」と自分を肯定してくれた存在に気付き、もう一度、ボディビルダーとして再起を目指すところで映画は終わる。愛してくれる人が一人でもいれば、なんとか生きていける事を描いているのだと感じる。本作のキリアンはいわゆるサイコパスではなく、むしろ”成功願望”に支配された弱い人間だ。鍛え上げられた身体の内面は小心者で、トラヴィスやアーサーとは違い、結局は大きな犯罪を犯すような度胸もない。本作は文字通り”大きな存在”になりたいと切望しながら、それがどうしても手に入れられない”小さな男”を描いた作品だったと思う。本作のために途轍もない努力をしたであろう、ジョナサン・メジャースがこの映画をきっかけに、また第一線に復活できることを願いたい。

 

 

7.0点(10点満点)