映画「マッド・フェイト 狂運」を観た。

2025年に公開した「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」が世界中で高い評価を受けた、ソイ・チェン監督によるクライムスリラー。「ザ・ミッション 非情の掟」「エレクション」シリーズのヤウ・ナイホイが脚本、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」のチェン・シウキョンが撮影を手がけ、プロデューサーには香港ノワールの巨匠ジョニー・トーが名を連ねた。2024年・第42回香港電影金像奨にて最優秀監督賞/脚本賞/編集賞を受賞。出演は「エレクション 黒社会」「エグザイル 絆」のラム・カートン、そしてラム・カートンとダブル主演を務めるのは人気男性グループでも活躍するロックマン・ヨン、「インファナル・アフェア」「ドラッグ・ウォー 毒戦」のン・ティンイップ、「香港怪奇物語 歪んだ三つの空間」のチャン・チャームマンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ソイ・チェン
出演:ラム・カートン、ロックマン・ヨン、ン・ティンイップ、チャン・チャームマン
日本公開:2026年
あらすじ
娼婦ばかりが狙われる猟奇殺人が、また今夜も起こった。見えない殺人鬼が彷徨うこの町は、異様な空気に包まれていた。激しい雨の夜、ある娼婦に奇妙な儀式を施す、熱血占い師マスターホイ。誰でもいいから人を殺したくてたまらない衝動に今日も悩まされる、サイコパス青年シウ。過去に動物虐待容疑でシウを刑務所にぶち込んだ刑事ベテランは、疑いの目を常に彼に向けているなか、占い師もまた狂気の中に導かれていく。
感想&解説
ソイ・チェン監督による「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」は、間違いなく2025年を代表するアクション映画だったと思う。漫画原作のケレンを活かしながら、スタント・コーディネーターを谷垣健治氏が務めていたり、音楽を「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の川井憲次氏が手掛けていたりと日本人スタッフの活躍も目立つ中、アカデミー賞国際長編映画賞の香港代表となり、香港映画界としても歴代No.1の動員を達成したまさにエポックメイキングな一作だった。そんなソイ・チェン監督が「トワイライト・ウォリアーズ」の約一年前に製作したのが、本作「マッド・フェイト 狂運」だ。
ソイ・チェンはすでに25年以上のキャリアを持つ香港の監督で、日本では「マッハ!」シリーズのトニー・ジャーが主演した「ドラゴン×マッハ!」が有名かと思うが、ホラーからサスペンスまで幅広いジャンルを手掛けてきた監督なので本作「マッド・フェイト 狂運」も、「ドラゴン×マッハ!」や「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」のイメージだけで鑑賞するとかなり肩透かしを食うことになるだろう。この2作が超エンターテインメントの娯楽アクションだったのに対して、本作は風水といった日本ではやや馴染みの薄いテーマを通奏低音にしながら、アクションにもサスペンスにも振り切らない作品になっているからだ。
まず脚本がかなりとっ散らかってると思う。冒頭、奇妙な儀式をする占い師のホイと土の中に埋められている女性のコミカルなやり取りから始まるが、突然の大雨が降ってきてしまうことで儀式は中断されて、ホイはがその娼婦が死ぬことを予言する。そしてその予言通りに、部屋の中で殺人鬼に襲われ吊るされたまま切り殺された娼婦と、間違った部屋に宅配弁当を届けにきたサイコパスのシウ、さらに占い師のホイが出会い、そこにシウの動物虐待の過去を知るベテラン刑事が絡んでくることで、物語が動き出す序盤は最高に面白い。殺人鬼は雨の中を逃げ延びてしまい、死体を恍惚の表情で見つめるシウと事件を防げなかったホイは警察に連行されるが、このままキャラクターの違う二人が、真犯人を追いかける展開になるのだろうと予想していると、物語はまったく違う方向に進んでいく。
ここからネタバレになるが、まずこの占い師ホイが、序盤からサイコパスのシウ以上に狂い始めるところから話が停滞し始める。ホイには恋人がいたが、幼い頃から父母のメンタルが不安定で家族に恵まれなかった彼は、恋人との幸せな生活に不安を感じて別れてしまい、それをきっかけに恋人は自殺したというエピソードが描かれるが、これがまったく納得できない上に唐突だ。さらにこのホイが殺しの衝動を抑えられないシウの運命を変えようと行動し、彼の部屋を独房のような作りにしたり呪文を唱えさせたりといったシーンも総じて面白くなく、執拗にシウを殺人に向かわせようとする”運命”と、人は殺したいけど収監されたくないと言うシウ、さらに狂人のホイがそれらに対処する様子を見ていても、どうにもこの先の展開に興味が湧かないのだ。
最終的に犯人は地味な青年で凶器を取り返したいという動機で奔走するが、結局はホイやシウのコンビとは関係なく、襲った娼婦に反撃されて死に、死体安置所にあった善人の死体から魂を移して、シウが人を殺さないに呪術をかけているところに、先ほど殺された殺人犯が運ばれて来ての”魂乗り移り”設定など、最早なんでもアリの展開が続き、この辺りからは完全にストーリーに興味が失せてしまう。そして殺人鬼に乗り移られたホイは捕らえた刑事を屋上で殴るが、彼らは自分の運命は自分で選択してきたことだったと思い出し、刑事を殺さないという選択をする。水たまりに落ちてもがく蟻や、蟻が脱出しようとする度に風と水滴によって、それを阻止する”運命”の存在が表現されるが、それに抗いながらも脱出する蟻は恐らくは彼らのメタファーなのだろう。
過去に死んだ恋人と両親や倒れて治療室に入る母親、娼婦の買った宝くじの結果など、要所要所でぶつ切りのエピソードが重ねられるのだが、それらは回収されることはなく投げっぱなしだ。かと思えば、鶏を持ったまま死体安置所には簡単に侵入でき、誰も管理されていない死体の棚は開け放題だし、そもそもなぜ”運命”がこれほど彼らを追い詰めるのか?も説明がない上に、”魂の憑依”といった突飛な設定がいきなり入れ込まれるのも興ざめだ。とにかくシンプルにストーリーに推進力がなく、狂人たちのキャラクターにも魅力がないので映画全体に興味が薄くなり、最終的には飽きが来てしまうのである。
運命をテーマにした作品でベートーヴェンの「運命交響曲」が使われたり、唐突な「クワイ河マーチ(ボギー大佐)」など、音楽の使い方もどうにも垢抜けないし、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」のキレキレの演出が嘘のように退屈だった本作。なぜこれだけ上映館が少ないのだろうと思っていたが、これは鑑賞してみて納得だ。序盤20分くらいの展開や設定は面白くて興味が湧いたのだが、本当にこれだけ観客の感情移入を拒むキャラクターだらけの作品も珍しいだろう。せめてストーリーが面白ければ文句もないのだが、本作はそれも乏しく、厳しい年明け一発目の劇場鑑賞作品だった。少なくても「トワイライト・ウォリアーズ」のイメージは全て捨てて観るべき映画だろう。
3.5点(10点満点)