映画「HELP(ヘルプ)/復讐島」を観た。

「死霊のはらわた」「スパイダーマン」「シンプル・プラン」「オズ/はじまりの戦い」などのサム・ライミが、2022年の「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」以来、4年ぶりにメガホンを取ったリベンジスリラー。完全オリジナルのホラースリラー監督作としては、2009年の「スペル」以来だろう。出演は「アバウト・タイム 愛おしい時間について」「スポットライト 世紀のスクープ」のレイチェル・マクアダムス、「バーニング・オーシャン」「メイズ・ランナー」シリーズのディラン・オブライエン、「ダークタワー」のデニス・ヘイスバート、「エルヴィス」のゼイヴィア・サミュエルなど。音楽は、「スパイダーマン」シリーズなどサム・ライミ作品の常連ダニー・エルフマンが担当している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:サム・ライミ
出演:レイチェル・マクアダムス、ディラン・オブライエン、エディル・イスマイル、デニス・ヘイスバート、ゼイヴィア・サミュエル
日本公開:2026年
あらすじ
会社員のリンダは、日々パワハラを繰り返す上司ブラッドリーのもとで、息の詰まるような毎日を送っていた。ある日、出張に行くリンダたちを乗せた飛行機が墜落し、目を覚ますと見渡す限りの孤島にいた。生き残ったのは、ブラッドリーとリンダの2人だけ。怪我で身動きの取れないブラッドリーに対し、リンダは持ち前のサバイバルスキルを発揮して状況の立て直しを図り、次第に2人の力関係は逆転していく。それでもなお、傲慢な態度をとり続けるブラッドリーに対し、リンダの中に抑え込まれていた怒りと復讐心が、次第に膨れ上がっていく。
感想&解説
久しぶりのサム・ライミ監督によるオリジナル新作ということで、楽しみにしていた本作。2000年代以降はトビー・マグワイア版の「スパイダーマン」シリーズや、「オズの魔法使い」のプリクエル的な立ち位置である「オズ はじまりの戦い」、MCUシリーズの「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」などのハリウッド超大作が続いていた為、「死霊のはらわた」という低予算ホラーでデビューしたライミ監督による、オリジナルスリラーの新作が観られることは素直に嬉しい。2009年には「スペル」という傑作ホラーがあったが、本作は完全にこの流れを継ぐ、小予算でありながらも作家性溢れる快作だったと思う。
冒頭、古いバージョンの20世紀フォックスのロゴが映し出され、この映画が古き良きジャンル映画であることを高らかに宣言してくる。そしてそのまま、数字に強く有能なリンダが他の社員から手柄を横取りされていること、先代社長が亡くなり息子のブラッドリーが社長を引き継いだことで、副社長のポジションという約束が反故にされそうなことなどがスピーディに語られていく。ブラッドリーが副社長に推しているのは、大学時代のゴルフサークルの友人であり、いわばボンクラ仲間だ。だがそれと同時に、リンダ自身の性格にも若干の違和感を感じるシーンを挟み込んでいて、同僚がカラオケの話をしていても彼女はそれに誘われないし、彼らが明らかに迷惑がっているのにその空気が読めない。とにかく独り言が多く、思い込みが激しい性格であることが匂わされるのだ。
この序盤の会社場面がとにかくコメディシーンとして白眉であり、リンダの口に付いたツナサンドの欠片が気になって話が入ってこないブラッドリーというシーンは、懐かしのコメディ映画「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」で、主人公オースティンが相手の鼻の横にある巨大ホクロが気になって仕方ないというシーンを思い出して笑ってしまった。極端な接写までソックリなのだ。そんなリンダがブラッドリーの取り巻きたちとプライベート飛行機で飛行中、突然の事故に遭う。この飛行機の中でリンダがアップしている動画から、彼女がサバイバルスキルを身に付けていることが説明されるのだが、大笑いしているブラッドリーがこのスキルによって一命を取り留めるのは皮肉な展開だ。
そこから島に漂流したリンダとブラッドリーがサバイブしていく様子を描いていくのだが、”赤ちゃんの手みたい”と表現されていたブラッドリーは、金持ちの子として甘やかされて育ってきたのだろう。リンダが寝る場所と水を確保し、火まで起こした一方で、彼はまったく島では役に立たず、完全に社長と社員という立場が逆転していく。これは明らかにリナ・ウェルトミューラー監督による、1978年日本公開のイタリア映画「流されて…」へのオマージュだと感じる。ルキノ・ヴィスコンティの「イノセント」やリドリー・スコットの「ハンニバル」にも出演していた名優ジャン・カルロジャンニーニと、「黒い警察」のマリアンジェラ・メラートが出演していた恋愛ドラマで、大金持ちの夫を持つ傲慢な妻が、大型ヨットで地中海でのバカンスを楽しんでいると、ヨットが故障してしまい、ヨットの船員をしていた労働者階級の男と無人島で過ごす事になるというストーリーだ。
最初こそ状況に悪態をつく妻に対して我慢してきた使用人だったが、立場や金など役にも立たない無人島では、2人の立場は完全に逆転する。だが強引に迫られた妻が一度身体を許すと、野性的で逞しい使用人に恋をしてしまい二人は愛し合うようになるのだ。この無人島での生活を続けたい妻は、なんと沖に船を発見しても身を隠して助けを呼ばない。だが最終的には再び現れた船に使用人が救援を求め、二人は救出されるが、使用人は元の生活に戻っても彼女が自分の元に戻ってくると確信していた、というストーリーだ。この後は皮肉なラストになるのだが、身分の差がある男女が無人島に漂流した後、立場が逆転しながら二人の関係が変化していくというプロットはそっくりだし、「HELP/復讐島」でも割と早い段階でブラッドリーが従順になり、二人の関係が深まっていくいくシーンもあったので、正直「流されて…」のような恋愛展開も頭をよぎった。船を見てもあえて救助を呼ばないシーンまで用意されていたからだ。
だがここからネタバレになるが、当然のようにサム・ライミ監督はそんな生易しい展開にはしない。リンダは期待していたが、ブラッドリーには完全にその気がなく、簡単に何度もリンダを裏切るのだ。「あなたはモンスターだ」とリンダに言われるシーンがあったが、ブラッドリーは一貫して嘘つきで傲慢な男なのである。ところが本作では、そのブラッドリーを上回るモンスターが登場する。それがリンダであり、本作はモンスター同士による怪獣バトルのようになる。たき火を囲みながらリンダは死んだ元夫が”絶対に許せないこと”をしたと語り、酒を飲んでいる夫に車のキーを渡した結果、事故死したと語るが、これも非常に疑わしい。回想ショットもなく彼女の口からだけ伝えられるこの情報は、どうにも信頼できないのである。リンダは自分の目的のためなら人を殺せる人物なのだという、終盤の伏線になっていたと感じる。
イノシシ狩りによる大流血ショーや大量のゲロ吐き、ブラッドリーを動けなくした上での局部切り落としの脅し(実はネズミ)や、目玉をえぐられながらの大乱闘など、とにかくレイチェル・マクアダムスが八面六臂の大活躍を見せる作品であり、ラストの切れ味も抜群だ。リンダがカラオケで歌いたいと踊っていたのは、ブロンディの「One Way Or Another(どうせ恋だから)」で1979年リリースの楽曲だ。「どうにかして/あなたをゲットする/ものにするのよ」と歌いつつ、「あなたの家の前を車で通り過ぎるの/もし電気が全部消えてたら/誰と一緒なのか周りを調べるわ」や「こっちから騙してやる/引っかけてやる/別れることになるのなら/アタシの方から逃げてやる」など、強い女性の能動的な恋愛観を歌った曲だが、まさにリンダのテーマ曲としてエンディングでも流される。「逆転のトライアングル」を思い出させるオチ自体は珍しくないかもしれないが、これだけ人を殺しておいて、カメラ目線で悠々と車を走らす主人公の姿は、サム・ライミ流のブラックコメディとして痛快だった。
7.0点(10点満点)