映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンの映画ブログです。劇場公開されている新作映画の採点付きレビューと、購入した映画ブルーレイの紹介を中心に綴っていきます!

映画「ブゴニア」ネタバレ考察&解説 ”髪を切られる”宗教的な意味とは?ヨルゴス・ランティモス監督作としては、思ったよりも地味な小品!

映画「ブゴニア」を観た。

f:id:teraniht:20260213220747j:image

「ロブスター」「籠の中の乙女」「哀れなるものたち」「女王陛下のお気に入り」など作家性の強い作品で知られる、ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督が、「ミッドサマー」のアリ・アスターをプロデューサーに迎えて、2003年の韓国映画「地球を守れ!」をリメイクしたサスペンス。出演はヨルゴス・ランティモス監督とはこれで長編で4度目のタッグとなるエマ・ストーン、「憐れみの3章」「シビル・ウォー アメリカ最後の日」のジェシー・プレモンス、オーディションで抜てきされた新星エイダン・デルビス、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」にも出演していたアリシア・シルバーストーンなど。2025年・第82回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品であり、第98回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞ほか計4部門にノミネートされた。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス、スタブロス・ハルキアス、アリシア・シルバーストーン
日本公開:2026年

 

あらすじ

世界的に知られた製薬会社のカリスマ経営者ミシェルが、何者かに誘拐される。犯人は、ミシェルが地球を侵略する宇宙人だと固く信じる陰謀論者のテディと、彼を慕う従弟のドン。2人は彼女を自宅の地下室に監禁し、地球から手を引くよう要求してくる。ミシェルは彼らの馬鹿げた要望を一蹴し、なんとか言いくるめようとするが、互いに一歩も引かない駆け引きは二転三転する。やがてテディの隠された過去が明らかになることで、荒唐無稽な誘拐劇は予想外の方向へと転じていく

 

 

感想&解説

「ロブスター」「籠の中の乙女」「哀れなるものたち」「女王陛下のお気に入り」など作家性の強い作品で知られる、ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督がアリ・アスターをプロデューサーに迎えて、2003年の韓国映画「地球を守れ!」をリメイクした会話劇サスペンス。2024年の「憐れみの3章」から約1年ぶりなので、かなりハイペースでの公開だろう。2019年日本公開の「女王陛下のお気に入り」以降、「哀れなるものたち」「憐れみの3章」と長編では4回目のタッグとなるエマ・ストーンを主演に据えて、「憐れみの3章」でも共演したジェシー・プレモンスを起用している。スタッフ陣も撮影監督や作曲家、プロダクションデザインなども常連で固めているので、監督にとっては気心が知れた布陣での製作だったと想像する。

それにしても思った以上に、本作は”小さな作品”だった。ほとんどのシーンがエマ・ストーン演じる経営者ミシェルの会社内と、彼女を誘拐した2人の男の自宅と地下室の中で行われる会話劇であり、相当に地味な作品なのだ。終盤までは本当に画面が動かず、誘拐されたミシェルと誘拐したテディ、そして彼を慕う従弟のドンがひたすらに彼女が”エイリアンか否か”について、言い争って駆け引きするだけの場面が続くので、結構退屈してしまう。これには理由があり、本作は画面のアスペクト比が特殊なサイズだったが、これはVistaVisionカメラという巨大なカメラで撮影していた為、映像としては美麗で味のあるショットだったが、カメラワークとしての動きが出せなかったのだと思う。

 

それにしても製薬会社のCEOミシェルは、驚くほどフィジカルもメンタルも強い。誘拐されそうになっても、男二人を相手にかなり抵抗して簡単には諦めないし、誘拐された後でも基本的にはテディに対して毅然として振る舞い、論理的に対応しようとする。会社では「"仕事が終わっていれば”17時に退勤して良い」と言い、組織には多様性が重要だと言いながら、荷物部門の黒人女性がテディに相談していたように、実は社員には厳しい労働環境を強いている。それゆえに社員に慕われている様子もないミシェルは二面性がある人物だと描かれるが、もちろんこれには”理由”がある。彼女は特別な人物なのだ。そしてメインビジュアルや予告編でも、エマ・ストーンが丸刈りにされて坊主頭を披露していたのが衝撃だったが、この髪を切られるという暴力は韓国オリジナル版からも採用されている、本作のテーマのひとつなのだろう。旧約聖書の中に書かれている、イスラエルの英雄サムソンはペリシテ人を征服したが、髪を剃ると怪力を失ってしまうという弱点があり、ペリシテ人の女性デリラを愛してしまったがゆえに欺かれ髪を切られるという話だが、今作の場合は弱者である男性に強い女性の髪が切られるという、男女逆パターンなのだ。

 

 

ミシェルは金も名誉も将来も全てを手にしている女性であり、非常に理知的で頭が良い。その一方でテディは、母親が医療治験によって植物状態に陥ってしまっており、医療企業への怒りと同時に自分の人生に対しても怒りを抱えている。養蜂家であるテディは、ミツバチが原因不明で大量に失踪する「現象蜂群崩壊症候群(CCD)」という事象は大企業の農薬のせいだと考えているが、同時に自分も”働きバチ”として搾取されていると感じている。ミシェルとテディの立場は真逆なのである。そして、その行き場のないテディの怒りが、エイリアンであるアンドロメダ星人が地球を侵略しているという陰謀論にまで発展し、CEOミシェル誘拐という大それた事件にまで彼を踏み込ませてしまったのである。

 

テディに声をかけてくる太った警官は、過去にテディのシッターをしていたようだが、彼はしきりにテディに対して後悔の言葉を口にするが、これは彼に対して性的な犯罪を犯していたことが示唆される。そして父親は自分たちを置いて蒸発してしまっているが、テディはこうした多くの事象によって、あらゆる意味で心が壊れてしまっているのである。そして観客はこのテディとドンという犯罪者に対して半笑いしながら、そして同情しながら映画の顛末を見守る事になるのだが、最後に大きなツイスト展開がある。ここからネタバレになるが、警察に踏み込まれたと勘違いしたドンが銃で自殺し、ミシェルの策略によって母親を殺してしまったテディに対して、自分は本当にエイリアンであると告げるミシェル。そしてそのまま彼女は銃で脅されながらテディと自分の会社に戻り、クローゼットから宇宙船に行けると彼を誘うが、テディの持つ爆弾が爆発することで、彼女は救急車で運ばれる。ところが救急車から抜け出し、もう一度クローゼットに戻っていくのだ。実は彼女は”本当に”エイリアンであり、自らの意志で宇宙船に戻った彼女は人間を全て殺してしまい、地球は再び生き物たちが再生することが示唆され映画は終わる。

 

このオチの展開は韓国オリジナル版を踏襲したものではあるが、ヨルゴス・ランティモス監督版はより風刺的でドライ、かつ突き放した印象を与える。ドンに対してはまだ一縷の望みを抱いていたミシェルだったが、彼が自殺してしまった上に、テディが実は過去にも何人もの人間を残虐に殺していたことを知り、最終的には人間に対して失望したエイリアンが遂には全ての人間を殺すという展開なのだが、猫などの動物や虫は生かしている。そして人間に対しては国や性別や人種を超えて、すべての人の命が奪われた様子を克明に描いていることも、皮肉が効いている。ミシェルはテディの母親に対して、”弱い人間だ”という理由だけで投薬し人体改造していた。それにも関わらず、結局はすべてを諦めて人間だけを駆逐したのだろうが、いかにもヨルゴス・ランティモス監督らしい鬱展開だろう。

 

宇宙船の中で、平たい地球を覆っている泡のようなものをミシェルが破るシーンがあったが、これは「フラットアース陰謀論」という、地球が球体ではなく平面体であるという信念を支持する信者の説も正しいことを示唆していて、今の常識はすべて疑えというメッセージにも取れる。中盤までは、陰謀論者の滑稽さを嘲るだけのコメディかと思わせておいて、実はそんな観客自体に中指を立ててくるという、強烈な作品だったと思う。このあたりはあのアリ・アスターが、プロデュースしていることの影響があるのかもしれない。ただこのオチ自体は新鮮味の薄いものだし、映画としてはかなり地味な内容だった。「籠の中の乙女」「ロブスター」のようなシュールな初期作を思い出したりもしたが、あまり期待しすぎずに皮肉の効いた”小品”として楽しむのが良い気がする。

 

 

6.0点(10点満点)