映画「クライム101」を観た。

「犬の力」「野蛮なやつら」などで評価されているニューヨーク出身の小説家ドン・ウィンズロウの原作を、「アメリカン・アニマルズ」のバート・レイトン監督が映画化したクライムアクションスリラー。脚本もバート・レイトンが手掛けた。出演は「アベンジャーズ エンドゲーム」「タイラー・レイク 命の奪還」のクリス・ヘムズワース、「フォックスキャッチャー」「スポットライト 世紀のスクープ」のマーク・ラファロ、「ジョン・ウィック パラベラム」「キングスマン ゴールデン・サークル」のハル・ベリー、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」「イニシェリン島の精霊」のバリー・コーガン、「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」「トップガン マーヴェリック」のモニカ・バルバロなど、豪華実力派キャストが顔をそろえている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:バート・レイトン
出演:クリス・ヘムズワース、マーク・ラファロ、ハル・ベリー、バリー・コーガン、モニカ・バルバロ
日本公開:2026年
あらすじ
高級なスーツと時計を身に着け、悪者だけをターゲットにし、痕跡は一切残さない。そして、必ずアメリカ西海岸線を走るハイウェー101号線に出没するという独自のルールのもと、白昼堂々、狙ったものを確実に奪う犯罪者デーヴィス。4年間にわたり一切のミスもなく完璧な犯行を繰り返してきた彼は、人生最大の大金を得るため、高額商品を扱う保険会社に勤めるシャロンに接触し、共謀を持ち掛ける。しかし、その選択が思わぬ綻びを生む。1100万ドルの宝石をターゲットにしたシャロンとの裏取引は成功したかに思えたが、犯罪組織や警察、そしてデーヴィス捜査網を敷くルー刑事らの思惑が絡み合い、彼の犯罪計画とルールは次第に崩れていく。
感想&解説
鑑賞中、嬉しくてニヤニヤが止まらないタイプの映画だった。LAを舞台にしたクライムサスペンスだが、キャラクラ―の魅力と小気味いい会話、そして抑揚の効いた演出が満載で140分とやや長めの上映時間だが、まったく飽きさせない。主演のクリス・ヘムズワースは本作を「90年代のスリラーへの真の回帰」と評し、「最近あまり見かけなくなった、物語に対するある種のノスタルジーがある」と語っているし、本作の公式サイトでは1995年公開のマイケル・マン監督「ヒート」と比較しているコピーもあるが、派手な銃撃戦や完璧なプロ同士の攻防戦が描かれるというよりも、もっと不完全な人物たちによるヒューマンドラマに近い作風だと感じる。同じマイケル・マン作品としては、堅気の生活への葛藤が芽生えた凄腕の金庫破りを描いた「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」や、夜のロサンゼルスを美しく切り取った「コラテラル」などの影響を感じさせるような、軽やかな娯楽作でありながらも格調と美しさを感じさせる作品だ。
劇中でも触れられていたが、ドン・ウィンズロー原作である中編はスティーブ・マックイーンに捧げられて書かれているらしく、終盤でもクリス・ヘムズワース演じるデーヴィスのフェイバリットは、スティーブ・マックイーン主演の「ブリット」だと言う場面がある。それに対して、マーク・ラファロ演じるルー刑事の好みは同じマックイーン主演でも「華麗なる賭け」だと答えた時、”それは観ていない”とデーヴィスが嘘を付くシーンがあったが、これは「華麗なる賭け」の内容と関連している。1968年公開のノーマン・ジュイソン監督「華麗なる賭け」は、銀行強盗の黒幕であるハンサムな大富豪トーマス・クラウンが、保険会社の調査員であるフェイ・ダナウェイ演じるビッキーと奇妙な恋愛関係に発展しつつも、刑事に追われ続けるが、スリルを求めて最後の銀行強盗に再び挑むというプロットで、キャラクターの設定も含めて本作との共通点が多い。
また1968年公開のピーター・イェーツ監督「ブリット」は、サンフランシスコの急斜面を利用した追跡劇が有名な映画であり、カーアクションといえば「ブリット」と呼ばれるくらいシンボリックな作品だ。ちなみに「ブリット」でマックイーンが運転していたのは1968年型フォード・マスタングだが、同じく”古いアメ車”である1968年型シボレーカマロがデーヴィスの愛車であり、本作のラストでも重要なアイテムとして登場していた。また本作の唯一のアクションシーンはカーアクションであり、このあたりも「ブリット」オマージュなのかもしれない。古いアメ車が好きだと明言するデーヴィスとルーは、自分のルールと信念を持った昔気質の男たちだが、そんな二人と対照的に描かれるのが、バリー・コーガン演じる”バイク乗り”のイカれた若者オーマンだ。そしてそこに会社から搾取されていると感じている、ハル・ベリー演じる保険会社のシャロンが絡んでストーリーは進行していく。
まず本作は主人公デーヴィスと、ルー刑事が魅力的すぎる。ここからネタバレになるが、冒頭の入念に毛髪や体毛をこすり落とす姿は犯罪者としてのスキルを感じさせるが、デーヴィスは人間関係をうまく構築できないタイプであり、売春婦を呼んでも目も合わせられず固まってしまう。仕事の時は大富豪のような身なりで振る舞っているが、普段はラフなパーカーで行動し、家にはほとんど何も置いていない。将来のための目標貯蓄額はあるが、その金を使って果たすべき夢は彼にはない。そしてそれらの行動や考え方は全てデーヴィスの過去のトラウマに起因しており、常に心を閉ざしている人物だが、それをクリス・ヘムズワースが演じているというギャップが面白い。筋骨隆々で、マイティ・ソーを始めとした”強い男”を演じてきた役者が、本作では不完全な男を演じているのだ。
そしてそんな彼の心を変えていくのが、モニカ・バルバロ演じるマヤだ。デーヴィスの車に衝突した彼女は、大金を渡してトラブルを避けようとするデーヴィスに対して、”会社の車なので手順に沿って処理したい”と言って金を受け取らない。そして連絡先を教えて立ち去るのだが、今まで金が人生の価値観のすべてだったデーヴィスにとって、強い倫理観と正義感で生きているマヤは会ったことのない価値観の相手だったのだろう。そしてデーヴィスがミステリアスな男に見えたマヤも恋に落ち、二人は付き合い始める。だが自分のことを公にしないデーヴィスに対して、不信感を持ったマヤは彼から距離を置こうとするのだが、このあたりの心情の変化の描写もとても共感できるのだ。だからこそラストで、デーヴィスが幼少期の写真をマヤに贈るシーンでは爽やかな感動がある。惰性で生きてきた男がすべてを曝け出して、人生でもっとも大事なものを見つけるという成長物語にもなっているのである。
そしてルー刑事とシャロンは、組織の中で評価されていない人物だと描かれる。強い持論を持つが故に、融通の利かない年寄りだと同僚や上司から煙たがられている刑事と、優秀なのに53歳という年齢のために”自分をわきまえろ”と言われ評価されない女性の姿は観ていて強い共感を感じる。無軌道な若者であるオーマン以外は地に足の着いたキャラクターたちであり、まさに”大人の映画”になっているのだ。宝石を巡る三つ巴を経て、ルー刑事はシャロンにダイヤを渡し、デーヴィスはルー刑事に愛車のカマロをプレゼントする。そして新しい人生に向けて走り出すシーンで終わるのである。最後は皆が利他的に行動することによって、不思議な大団円を迎えるというあの爽快なラストシーンの余韻は忘れがたい。
そして本作のもう一つの大きな要素は、ハイウェー101号線だ。夜の闇に煌々と光る車のライトはまるで血流のようであり、まさにこの映画の根幹のような存在だったが、ゆっくりと上下が反転するシーンでは、ジェットコースターのようにこれから物語上のツイストが始まるという演出に見えてワクワクする。バート・レイトン監督による前作「アメリカン・アニマルズ」は、映画的なフィクションが混じる「実話に基づいたストーリー」ではなく、実際に事件を起こし刑務所から出てきた本人達へのインタビューカットを挟みながら、俳優たちが演じるドラマパートでストーリーが進行していくという、ドラマとドキュメンタリーのハイブリッド的な作品で、コンセプトが全面に出た映画だった。それに対して本作は直球のクライムスリラーでありながら、それを見事に料理してみせた、バート・レイトン監督の快作だったと思う。出番は少ないが、ジェニファー・ジェイソン・リーも印象的な役で登場し、まさに昔ながらの”映画ファン”のための一作になっていたと思う。
8.0点(10点満点)