映画「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」を観た。

「君の名前で僕を呼んで」「DUNE/デューン 砂の惑星」「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」のティモシー・シャラメが主演を務め、実在の卓球選手マーティ・リーズマンの人生に着想を得て描いたスポーツドラマ。「アンカット・ダイヤモンド」「グッド・タイム」などのジョシュ・サフディ監督がメガホンをとり、第98回アカデミー賞では「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「脚本賞」「美術賞」など計9部門にノミネートされた。出演はティモシー・シャラメの他、「恋におちたシェイクスピア」「アベンジャーズ」のグウィネス・パルトロウ、アメリカを代表するヒップ・ホップアーティストのタイラー・ザ・クリエイターことタイラー・オコンマ、オデッサ・アザイオン、ケビン・オレアリーの他、日本人選手エンドウ役で東京2025デフリンピック卓球日本代表の川口功人選手が出演している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ジョシュ・サフディ
出演:ティモシー・シャラメ、グウィネス・パルトロウ、タイラー・オコンマ、オデッサ・アザイオン、ケビン・オレアリー
日本公開:2026年
あらすじ
卓球人気の低いアメリカで世界一の卓球選手になることを夢見るマーティ・マウザーは、親戚の靴屋で働きながら世界選手権に参加するための資金を工面する。ロンドンで開催された世界選手権で日本の選手エンドウに敗れたマーティは、次回の日本での世界選手権への出場を目指すが、不倫相手のレイチェルが妊娠し、卓球協会から選手資格を剥奪され資金が底をつくなか、あらゆる方法で遠征費用を集めようとするマーティに試練が降りかかる。
感想&解説
「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」はA24製作のスポーツドラマであり、ジョシュ・サフディ監督にとっては一段上へとブレイクスルーした作品になっていると思う。第98回アカデミー賞で「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「脚本賞」「美術賞」など計9部門にノミネートされた他、ゴールデングローブ賞でもティモシー・シャラメが「主演男優賞」を受賞しており、観客・評論家ともに高評価だからだ。ジョシュ・サフディは弟であるベニーと共に、”サフディ兄弟”として今まで共同で映画製作に携わっていたクリエイターだが、2025年には弟ベニー・サフディがドウェイン・ジョンソン&エミリー・ブラントを迎えた「スマッシング・マシーン」を監督している。こちらはドウェイン・ジョンソンのキャリア史上最低のオープニング成績となり、興行的には苦戦したようだが、兄弟がそれぞれ独立した監督して活動を始めている。
サフディ兄弟は一貫して、”ダメ人間”を描き続けているクリエイターだろう。2014年の「神様なんかくそくらえ」はドラッグに溺れて破滅していく男女を描いていたし、彼らの最初の出世作である2017年日本公開「グッド・タイム」では、弟を愛しているが故に周り全員を不幸にするクズ男を、美男子のロバート・パティンソンが演じており、ひたすら行き当たりばったりで計画性のない犯罪を犯していく主人公を描いていた。さらに続く「アンカット・ダイヤモンド」でも、アダム・サンドラーがギャンブル中毒の宝石商を演じており、これまた借金まみれで女性にもだらしない、クズでどうしようもないキャラクターを演じていて一貫している。かと思えば突然ハッとするような構図のカットが挟み込まれたり、監督とは「グッド・タイム」からコラボレーションしているダニエル・ロパティンの劇伴が異常にクールだったりと、サフディ兄弟は強い作家性を持った監督だと思う。キャラクターをとんでもないシチュエーションに放り込みながら、その右往左往をドライに切り取っていくのだ。
そして本作「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」は、いわばその集大成のような作品だろう。本作を”スポーツドラマ”と書いたが、実は卓球そのものをテーマに描いた作品ではなく、主人公マーティ・マウザーの破天荒な生き方に主眼を置いており、いわゆるスポ根やスポーツ成長譚とは違う。マーティ・マウザーにはモデルとなる人物がいるが、それはニューヨーク出身ユダヤ系のマーティン・リーズマンという卓球選手らしい。子供の頃から学校をサボっては賭け試合に興じ小金を稼いでいたという人物で、大人になってからも卓球パーラーでわざと数ゲーム負けて掛け金を釣り上げさせ、最後は叩きのめしたり、卓球の試合中も相手の神経を揺さぶるような発言を繰り返し、動揺を誘って勝利するような選手だったようだ。劇中でも描かれていたが、バスケットボールチーム「ハーレム・グローブトロッターズ」の余興パフォーマーとして招待されたり、世界選手権において”佐藤博治”という日本人選手に負けて、リベンジのために日本に来たことも事実のようだ。
ここからネタバレになるが、本作の舞台は1950年代のニューヨーク。卓球の才能に恵まれながらも、叔父が経営する小さな靴屋の店長としての人生を押し付けられそうになっている、主人公マーティ・マウザーは、靴屋の金を奪うことでロンドンで開催される世界選手権に出場するが、「自分はスター選手だ」と大会の関係者には不遜な態度で接し、人妻であることを知りつつグウィネス・パルトロウ演じる女優ケイ・ストーンを口説き落としたりとやりたい放題だ。だが試合は日本人選手エンドウに敗れ苦汁をなめることになったマーティは帰国するが、人妻であるレイチェルを妊娠させていた上に、卓球協会にはホテルでの偽装巨額の借金を作り、次回の東京大会への渡航費も用意できないという八方塞がりの状況に追い込まれる。子供の責任も取らず「俺は父親じゃない」と言い張り、自分のせいで怪我した男に愛犬を病院に連れて行ってほしいと頼まれても、預かった金でインチキな賭け卓球を優先させる。ケイ・ストーンのペンダントを盗んで売ろうとするがそれもダメで、最後は銃撃戦に巻き込まれてレイチェルに怪我を負わせてしまう始末。とにかく全ての行動が自己中心的なのだ。
そんなマーティを演じたティモシー・シャラメが素晴らしい。本作のため長年に亘って卓球の練習をしたらしいが、平行して「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」でボブ・ディランになり切るために歌とギターを練習していたらしいので、その役者魂には頭が下がる。本作はサフディ監督の過去作と同様に極端なアップが多用されるが、マーティ・マウザーになり切るために頬に残るニキビ跡や、強い度が入った眼鏡のために小さく見える目など、あえてティモシー・シャラメの美しさを封印するようなメイクが施されている。頭の回転が速く利己的で計算高いうえに、踏み台にできるものは女性だろうが弱者だろうが関係ないという人物は、自分の近くにいたら絶対に嫌だろうが映画だからこそ観たいキャラクターだ。自分にとって譲れないものの為に生きている男であり、その為には全てを犠牲にする男。そして世界のすべてを敵に回してでも、夢を掴もうとする男は”映画のキャラクター”としては破天荒で魅力的に映る。
それがもっとも端的に表現されているのが、東京で行われるエンドウとの対決イベントのシーンだろう。プライドの全てを捨てて大会のために亘ってきた東京で世界選手権に出れないことを知り、本当は負けなくてはいけないエキシビションマッチで、マーティは本気の再戦をエンドウに挑む。周りはエンドウの勝利を望む日本人だらけだし、ケイの夫ロックウェルはビジネスのために脅しをかけてくる。だが彼にとってはこの戦いに勝って、(公式戦ではないにしろ)世界で一番になることだけが全てなのだ。本作のオープニングクレジットは精子の着床シーンだが、彼は卵子に一番早く辿り着くために必死で泳ぐ精子だ。だからこそマーティは、当時マイナーな卓球という競技でも一番に拘る。そして自分の才能を証明しエンドウに勝利した瞬間、彼の戦いは終わり”帰還兵”のように、アメリカ兵とともにヘリで帰国する。そして自分を本当に愛してくれたレイチェルの元に戻り、父親としての自覚に目覚め、我が子を見て涙するのだ。クズだった男が最後は人間として成長する物語であり、卓球で唯一無二にこだわっていた男が、”父親”という、生まれた子にとっては唯一無二の存在になれたというシーンで本作は幕を閉じる。このラストシーンの涙がアカデミー賞「主演男優賞」ノミネートの由縁なのだろう。そしてこの反転のふり幅こそが、本作の肝なのだと感じる。
そしてうっすらと通奏低音のように響く本作のもう一つのテーマが、戦争だ。ユダヤ系監督ジョシュ・サフディがユダヤ系アメリカ人のマーティを描いた作品でもあり、どんなことをしても勝って生き抜いていく男の姿は、ジョシュ・サフディ監督のユダヤ人としてのスタンスとも繋がるのだろう。また戦争でケイと夫は子供を亡くしているという設定だったし、ユダヤ人ホロコーストの経験者がナチ収容所に送られた時に蜂巣のミツを、身体に塗りたくって仲間たちに舐めさせたという話など、直接本編には関係ないエピソードだが、1952年というまだアウシュビッツ強制収容所が解放されてから間もない時代を舞台にした作品の中で、監督が絶対に描きたかった場面なのだと推察する。149分という長めの上映時間だが、滅茶苦茶なエピソードが数珠つなぎで語られるのでまったく飽きさせないし、先が読めない脚本は見事だった。今後ティモシー・シャラメの代表作のひとつとして残るであろう、傑作ドラマ映画だと思う。
8.5点(10点満点)