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映画「サンキュー、チャック」ネタバレ考察&解説 「なぜあそこで踊り始めたの?」と聞かれた答えがラストシーンで分かる構成の妙!深いテーマと映像的な満足感に溢れたヒューマンミステリーの良作!

映画「サンキュー、チャック」を観た。

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「オキュラス 怨霊鏡」「ドクター・スリープ」などを手掛けた、マイク・フラナガン監督が映画化したヒューマンミステリー。原作は作家スティーブン・キングが2020年に発表した、短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」で、2024年第49回トロント国際映画祭では最高賞にあたる”観客賞”を受賞した。「ラ・ラ・ランド」の振付師マンディ・ムーアがダンスシーンの振り付けを担当している。出演は「アベンジャーズ」シリーズや「キングコング 髑髏島の巨神」のトム・ヒドルストン、「それでも夜は明ける」のキウェテル・イジョフォー、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズのカレン・ギラン、「ワンダー 君は太陽」のジェイコブ・トレンブレイ、そして「スター・ウォーズ」シリーズのルーク役マーク・ハミルなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:マイク・フラナガン
出演:トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル
日本公開:2026年

 

あらすじ

大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界は終わりを迎えつつあった。インターネットもSNSもつながらないなか、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティーが元妻フェリシアに会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。無事に出会えたマーティーとフェリシアが星々を眺めながら終末の到来を感じ、手を握り合っていると、場面は一転して広告の人物・チャックの視点に切り替わり、彼の人生をさかのぼる物語が美しい映像で紡がれていく。

 

 

感想&解説

マイク・フラナガン監督によるスティーブン・キング原作の映画化は、2017年Netflix配信作「ジェラルドのゲーム」、2019年日本公開「ドクター・スリープ」に続いて3作目になるので、おそらくスティーブン・キングからの信頼も厚いのだろう。本作は短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」の映画化となり、キング自身も製作総指揮に名を連ねているが、元々マイク・フラナガンは「ソムニア 悪夢の少年」「ウィジャ ビギニング 呪い襲い殺す」「オキュラス 怨霊鏡」などのホラー映画のイメージが強い監督で、本作ではヒューマン・ミステリーという新境地に挑戦している。主演はトム・ヒドルストンで、最近はすっかりマーベル・シネマティック・ユニバースにおけるロキ役のイメージが定着していたが、本作では主人公チャックを生き生きと演じているのも見どころだ。

それにしても2026年はエドガー・ライト監督の「ランニング・マン」から始まり、本作「サンキュー、チャック」、そして6月にはフランシス・ローレンス監督の「ロングウォーク」とスティーブン・キング原作の映画作品が次々と公開されるが、キング原作は映画と相性が良いのだろう。原題は「The Life of Chuck」と言い、文字通り”チャック”という男の人生が語られるのだが、とにかく構成が面白い。映画は第3章から始まるのだが、冒頭はまるでSF映画のような展開なのだ。そして思った以上に深いテーマと映像的な満足感に溢れた作品だったと思う。ここからネタバレで記載していきたい。

 

舞台はカリフォルニアでマグニチュード9.1を記録する大地震が起き、世界中が津波や山火事によってほとんど壊滅している世界。人々はインターネットなどのインフラが使えなくなり、次々と人が自殺していく事に失望している。そんな中で学校の教員をしているキウェテル・イジョフォー演じるマーティは、”すぐに訪れる死をただ待つ”と言う隣人たちを横目に、カレン・ギラン演じる元妻のフェリシアの元に急ぐのだが、町中には「チャールズ・クランツ、素晴らしい39年間をありがとう!」という広告が溢れ、その途中で葬儀屋の社長やローラースケートをする少女などと出会う。遂にフェリシアの元にたどり着いたマーティは彼女の手を取り、星々が消えていく中で世界が消失することを受け入れる。と並行して、病床に伏せるトム・ヒドルストン演じる瀕死の男と妻と息子が映るため、どうやら彼が本作の主人公チャックであることが示唆されてこの章は終わる。

 

 

そして第2章はそのチャックの物語となり、街中でドラムを演奏する女性とナレーションが重なる中、そのビートに導かれるようにスーツに革靴のチャックが彼女に近づき、そしてふと立ち止まるとダンスを始めるという、本作でもっとも印象的なシーンが始まる。そこに彼氏に振られたという赤いドレスの女性ローレンが合流し、二人は見事なダンスを披露して拍手喝采を浴びるのだ。たまたまこの場所で出会っただけの3人が、ドラムとダンスでセッションするというこの場面は、この映画において大きな意味を持つ場面となる。”神がこの世界を創ったのは、このためだったのだ”とナレーションが入るように、この場面では”世界の在り方”そのものが描かれる。第1章の少年時代に出会う女性教師が告げるように、それぞれの頭の中には宇宙がありその宇宙の中で、今まで出会った人やこれから出会う人が生きている。こうやって多くの人と出会いながら人生や世界は回っていくのだ。そしてここで第3章で登場した、ローラースケートの少女が再登場することで、どうやら最初の”消失した世界”とはチャックの脳内の出来事であることが分かってくる。

 

そして遂に最後の第1章となり、少年期のチャックは両親を事故で亡くし父方の祖父母の家で暮らしていた事や、ミア・サラが演じる祖母はダンスと料理が得意でチャックがダンスが得意だったのは彼女の影響だったこと、さらにマーク・ハミル演じる祖父は自分の息子の死後から酒に溺れ、なぜか上階にある丸屋根の部屋に鍵をかけてチャックが入ることを禁じていたことなどが語られる。チャックは学校のダンスクラブに所属し、年上の女の子に恋をしながらダンスを上達させていくが、優しかった祖母が亡くなり、祖父に数学の素晴らしさと確率論的にダンスで生計は立てられないのだと説かれる。大人のチャックが会計士になったのは祖父の影響だった訳だ。この章でもキウェテル・イジョフォーやカレン・ギランが教師として登場したり、祖母と観ているフレッド・アステアのミュージカル映画が第3章でマーティが観ている作品だったりすることで、この映画の構成がより一層ハッキリしてくる。そしてその後に祖父が亡くなることでチャックは家を相続し、例の封印された部屋の鍵を再び現れた”葬儀屋の社長”から受け取ることで、彼は部屋に足を踏み入れることになる。

 

そしてラストシーン。何もないと思った部屋に突然現れたのは、死ぬ間際のベッドに横たわった未来の自分だった。だがそれが具体的に何歳なのか?は分からない為チャックは動揺しつつも、自分は最高の人生を送るのだと決意して部屋を出るところでエンドロールとなる。この突然放り込まれるファンタジー展開は、いかにもスティーブン・キング原作っぽいが、本作においてはこの展開もまったく不自然に感じないどころか、とても不思議な余韻を生んでいると思う。このシーンから第2章で大人になったチャックは、自分の死期をある程度知っていたという事になり、だからこそ彼はストリートでカバンを置いてダンスし始めたのだと分かる。黒人の女性ドラマーに「なぜあそこで踊り始めたの?」と聞かれた質問の答えは、”自分の人生に後悔を残さず精一杯に生きる為”ということが最後に分かる構成で、あのリズムを聞いた瞬間、彼はいままでの人生の瞬間が繋がり、あの一歩を踏み出してしまったのだろう。

 

第3章と第1章では、”宇宙カレンダー”のエピソードが出てくるが、これは138億年の宇宙の歴史を一年のカレンダーに当てはめると、人類の様々な偉業は12月31日の最後10分にしか過ぎず、大きな視点で見ると人の一生は小さなものであることが語られる。チャックは39歳までしか生きられていないが、この映画を観ると、愛する家族に見守られながら天寿を全うした彼の人生は、とても充実していたことが分かる。劇中ではウォルト・ホイットマンの詩が引用され、「私の中には無数の人が存在する」と語られるが、この映画はチャックを主人公としているだけで世界はもっと開かれており、語られていないそれぞれの人生があることが示唆される。人生への賛歌に満ちた、思った以上に哲学的なメッセージを含んだ作品だった本作は、おそらくこれからも何度か観なおすことになりそうな良作だった。

 

 

7.5点(10点満点)