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映画「名無し」ネタバレ考察&解説 ラストシーンまで完全考察!なぜ本作は神の話を頻発させるのか?”山田太郎”とは一体何者なのか?

映画「名無し」を観た。

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昨年も「爆弾」の怪演で第50回報知映画賞助演男優賞などの数多くの賞を受賞し、俳優としても唯一無二の個性を発揮している他、脚本家/映画監督としても活躍する佐藤二朗。そんな佐藤次郎が初めて漫画原作を手がけた「名無し」を、「悪い夏」「嗤う蟲」の城定秀夫がメガホンを取り映画化したサイコバイオレンス。主人公である連続殺人犯山田役を佐藤次郎が自ら演じている他、「金子差入店」「泥棒役者」の丸山隆平、「かくかくしかじか」「蔵のある街」のMEGUMI、「アフタースクール」「超高速!参勤交代」の佐々木蔵之介、「ラストマイル」「カムイのうた」の望月歩らがそれぞれ演じる。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:城定秀夫
出演:佐藤二朗、丸山隆平、MEGUMI、佐々木蔵之介、望月歩
日本公開:2026年

 

あらすじ

昼下がりのファミレスで、残忍な殺人事件が発生する。防犯カメラには、犯人と思われる坊主頭の中年男が映っていたが、男の手には凶器のようなものはない。男が近づき、軽く接触するだけで人が血を吹き出して倒れていくという異様な光景が記録されていた。捜査を進める警察は、坊主頭の男が11年前に万引きの疑いで調書を取られた「山田太郎」と同一人物であることを突き止める。山田の自宅住所に急行した捜査員が目にしたものは、腐敗した女性の遺体だった。

 

 

感想&解説

「爆弾」の怪演で第50回報知映画賞助演男優賞などの数多くの賞を受賞し、俳優としても唯一無二の個性を発揮している他、本作では原作/脚本/主演を手掛けた佐藤二朗によるサイコスリラー。監督は「悪い夏」「嗤う蟲」の城定秀夫で、白昼の無差別殺人という容赦の無い暴力を鮮明に描いている。冒頭のファミレスでの殺人からなかなか胸糞が悪いシーンになっており、佐藤二朗演じる男が右手に持っている刃物は、観客と同じくなぜか他の人間には見えないようで、それによって店中の人間が次々と刺されていき阿鼻叫喚となるのがオープニングシーンだ。鏡や血だまりに右手が映る場合は刃物が認識できるということらしく、徐々にこの右手に関しての”ルール”が劇中で開示されていく。

それと同時に佐藤二朗演じる男の過去が語られていき、時系列を行き来しながら、なぜ今この男が無差別殺人を犯しているのか?が解ってくるという構成になっている。回想シーンではある雨の夜、丸山隆平演じる警察官の照夫が”少年”を発見するが、この少年は名前も名乗らず、言葉をまったく発しない。更になぜか右手を電気コードと布で隠しており、警官が右手に触ろうとすると強い拒絶反応を起こすが、照夫は右手に触れたキャラメルの箱が一瞬消えるという不思議な光景を目にする。その後、少年が共に暮らす少女を発見し、二人は”山田太郎”と”山田花子”という名前を付けられて、児童養護施設で暮らすことになる。息子と一緒に動物園に行ったりと、照夫は太郎と花子を普通の子どものように面倒を見るが、太郎には右手で触るものを殺してしまうという能力があり、そのせいで心を閉ざしている。

 

この右手に関しての”ルール”は3つだ。まず命ある生物について右手で触れると対象は死んでしまう。ただそれは対象の”名前”が分かった場合にのみ発動され、児童養護施設で飼っていた犬やパンジーのように名前が解ってしまうと相手は死んでしまう。そして無機物に関しては、触ると”透明化”する。この3つのルールがセリフではなく映像で説明されていくのだが、特に2番目のルールがやや分かりづらいかもしれない。そして、山田太郎が描く空の絵が”黒く塗りつぶされていた”ように、彼には世界が”暗黒”に見えているのだ。ここからネタバレになるが、自殺しようとした太郎を助けた照夫に右手を差し出したせいで、恩人の照夫を殺してしまった太郎の心の闇はより深まっていく。ちなみに照夫がビルから落ちて死んだ時の様子を、息子が目撃しているのも本作の重要なポイントになっている。

 

 

商店街でも無差別に人を殺しまくる太郎と彼の跡を追う国枝刑事たち。だが子供が生まれたばかりの若手刑事も殺されてしまい、銃を奪われた警察は事態が悪化していくことを止められない。成長した太郎と花子は共に暮らしており、コンビニ弁当を万引きして生きているような始末だったが、花子が妊娠したことで太郎は仕事を始めて、太郎は生まれてくる子供を楽しみにしていたが、花子は臨月間際で太郎の元を去ってしまう。必死に探すも見つからず、失意のまま10年の時が過ぎた頃、ふと町で再会する二人。そこで花子は子供の将来を考えて、お腹の子供は中絶したと太郎に告げる。失意と怒りで”もう他人と繋がることはしない”と切れ切れに言葉を発し、台所にあった包丁で花子を殺して、「タクシードライバー」のトラヴィスのように自分の髪を切る太郎。そしてここから彼の大量無差別殺人が始まったことが分かる。そして太郎は自分が育った児童養護施設に向かい、最後の無差別殺人を始めるのだ。

 

花子は子どもの頃から「私たちは居ても居なくても同じ存在」と言い、山田太郎は”他人と右手で繋がる”ことで他者を殺してしまう。楳図かずおの原作で「神の左手 悪魔の右手」というホラー漫画があったが、この映画の中では山田太郎が一体何者でなぜ右手に能力があるのか?は描かれない。ただこの映画では、なぜか”神”というワードが頻発する。佐々木蔵之介演じる国枝刑事は、女性刑事が祈り始めると「神様なんていねえよ」と激高し、山田太郎に襲われたことで瀕死になった刑事が意識を取り戻した際には「眠っている時に神様に手を握られた」というセリフを言う。これは神の存在を肯定する発言であり、同時に神に背く存在である”悪魔”の存在も示唆している。そして山田太郎が言う「もし神様、暇してるなら、俺と手を繋ごうよ。」というセリフは、死を司り、世界が暗闇に見えてしまう自分を悪魔になぞらえて、「どっちが生き残るか勝負しようぜ」と神に挑戦しているのだと感じる。本作のタイトルは「名無し」だが、彼は生まれながらに人として名前を与えられていない存在であり、あまりに不条理な人生を背負わされた自分の存在を、”悪魔の化身”だと感じているのだろう。そして本作はラストに意外な展開を見せる。

 

児童養護施設でもみ合いになった末に右手を撃ち抜かれ、国枝刑事に逮捕された山田太郎に対して、自分の父親が照夫だったことを告げる国枝刑事。あの変わり者だった息子は、父親の意志を継いで刑事になっていたのだ。子供のころに父親が死んだ顛末を全て見ていた国枝刑事は、山田太郎のことが忘れられなかったのだろう。また児童養護施設で太郎は、自分の子供時代にそっくりな男の子に出会う。花子はほとんど臨月間際のお腹の大きさだったので、母体保護法により人工中絶は妊娠22週未満と決まっている日本では、もう堕胎は無理な時期だろうと思ったが、実は彼女は子供を産んでいてこの施設に預けていたことが分かる。一瞬この子供を見て太郎の幻覚かと思うが、幼少の頃の太郎は右目の瞼が下がっていたので、両目がくっきりしている彼は実在する息子なのだろう。太郎は息子に10歳であることを確認し、自分の名前を言うなと告げる。そして彼と右手を握り合うことで、太郎は死を迎える。恐らく息子は花子から父親の名前を聞いており、太郎の能力は息子に受け継がれていたのだ。

 

ラストカットは死にゆく父親を背に、”天に唾を吐く”息子の姿が描かれる。もちろんこれはことわざ通りに、”自分の悪い行いがまた自分に跳ね返ってくる”という戒めのとおりの意味だろう。彼はまた父親殺しの罪を背負い、誰にも言えない秘密を抱きながら、孤独にこの世の中を生きていかなくてはいけないのだ。それにしても終始陰鬱な作品であり、カメラは登場人物の顔面にへばりつくように接写し、圧迫感も半端ない。罪のない一般人が血まみれになる残酷な描写も多く、映画全体がダウナーな空気に満ちているが、これは佐藤次郎演じる山田太郎の内面を描いた作品だからだろう。ここは城定秀夫監督の演出が活きていたと思う。ただ81分というタイトな上映時間のため集中して鑑賞できたが、やや”アイデア一発”の脚本だったことも否めない。実際に山田太郎の犯行現場をカメラで見ていたはずの刑事二人が、なぜか彼に無防備に近づくシーンなども意味不明だし、終盤から意味が分かりづらいシーンも多くなる。ただ佐藤次郎の狂気を感じる表情は、しばらく頭の中に残って離れないだろう。

 

 

6.0点(10点満点)