映画「マジカル・シークレット・ツアー」を観た。

「ハッピーランディング」「ミセス・ノイズィ」「佐藤さんと佐藤さん」などの天野千尋監督が、2017年に中部国際空港で主婦たちが金の密輸で逮捕されたという実在の事件に着想を得て撮影した、オリジナル脚本のクライムドラマ。日本国内だけでなく、シンガポールでの大規模なロケも敢行されている。出演は「花束みたいな恋をした」「ブラック・ショーマン」の有村架純、「アイミタガイ」「ゴールド・ボーイ」「キリエのうた」の黒木華、「禍禍女」「万事快調 オール・グリーンズ」の南沙良、「SAKAMOTO DAYS」「ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編」の塩野瑛久、「秒速5センチメートル」の青木柚、「新幹線大爆破」「シン・仮面ライダー」の斎藤工など。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:天野千尋
出演:有村架純、黒木華、南沙良、塩野瑛久、青木柚、斎藤工
日本公開:2026年
あらすじ
2児の母として平穏な日常を送っていた和歌子は、夫が横領により会社を解雇されたことを知る。夫の借金を返済するため、シンガポールで金の密輸に加担することになった彼女は、奨学金の返済に追われる非正規雇用の研究員・清恵と、貯金ゼロの未婚の妊婦・麻由と出会う。密輸を成功させ味をしめた3人は、自分たちで密輸を始めることにする。お金と自由、そして自分らしく生きる喜びを初めて手に入れ、魔法のような時間を過ごす3人だったが。
感想&解説
本作は2017年に中部国際空港で実際に起きた「主婦たちによる金塊下着密輸事件」から、「ミセス・ノイズィ」「佐藤さんと佐藤さん」などの天野千尋監督が着想を得て、オリジナル脚本として書き起こした作品だ。実際に鑑賞してみると、あくまで”主婦たちが金の密輸をしていた”という大枠のテーマ以外はほとんど創作なのだろう。エンターテインメント作品の脚本として、波乱万丈の面白い作品に仕上がっていると思う。特にメインキャラクターを務めた有村架純、黒木華、南沙良の3名は個性の棲み分けが出来ており、それぞれの人生で行き詰まりを感じている女性たちを魅力的に演じている。
映画冒頭、タクシーの窓を開けながら夜のシンガポールの街を見つめる有村架純演じる、和歌子の姿が映し出される。このシーンは、クリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」のジョーカーが、計画していた犯罪をやりきって上半身をパトカーの窓から乗り出して夜風を受ける名シーンを猛烈に思い出させるが、本作「マジカル・シークレット・ツアー」においても和歌子の精神的な開放を表現していたと思う。本作は単なる犯罪映画というよりは、職場や家族や親せきといった周りの環境から抑圧され、ずっと我慢を強いられてきた女性たちの精神的な解放を描いた作品だからだ。
序盤は和歌子の夫である高志が、会社から金を横領していた事が発覚した上に脳卒中で倒れ、親や兄からも嘘だと決めつけられた事で、路頭に迷う和歌子の姿が描かれる。だがその後、2人の子どもを抱える彼女が、ひょんなキッカケから始めた“金の密輸”が大成功したことで、ツアーで一緒になった清恵、麻由と共に、組織に頼らず自分たちで行動を起こすという展開になる。「少しだけなら大丈夫」「誰も傷つけていない」からというエクスキューズの元、無垢な顔で”じゃあ、自分たちで密輸やっちゃう?”と二人に言い放つ、この時の和歌子の表情が最高なのだが、密輸が上手くいっている時の彼女たちは、初めて自分の力だけで生きている喜びを実感しているのだろう。タイトルの「マジカル・シークレット・ツアー」とは、ビートルズの1967年アルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」からの引用だろうが、彼女たちにとってこのシンガポールと日本間の密輸は、文字通り自分の人生からの”逃避旅行”なのである。
そんな彼女たちの行動は危機感が無さすぎて呆れるばかりだが、本作は彼女たちを愛せるかどうかが評価のポイントかもしれない。和歌子は空港で金塊そのものを落とすし、ホテルでは酒を飲みながらふざけて金塊をかじってる写真を撮って、ケータイにシンガポールで大量の金を買っていた事の証拠を残してしまう。さらには同じ店だけで金を買い、その店に出入りしている素性の知れない男に金を盗まれてしまう有様で、終盤では黒木華が演じる清恵が金を盗まれたことで、彼女はひどく責められていたが、和歌子も酒を飲みながら男に安易に金塊を見せていたので、彼女たちの危機意識は同じレベルだ。あれだけ同じ店で女性たちが大量に金塊を買ってれば、犯罪者のカモにもなるだろう。旅行の延長気分で行う彼女たちの密輸は、うまくいかなくて当然なのだ。
そもそもこの密輸で儲かる仕組みについて、劇中では簡単にセリフだけで説明されていたが、海外から金塊を持ち込むこと自体は禁止されていない。ただ総額20万円を超える金塊を持ち込む場合は、税関への申告と消費税の納税が義務付けられており、今回の犯罪はシンガポールで金塊を購入し、税関に申告せずに日本へ持ち込んで売却すると、消費税分高く買い取ってくれるという仕組みを悪用したものだ。日本の消費税分がそのまま利益になる仕組みなのである。ただ捕まったとしても脱税分を支払えば、重罪には問われないという事で、ラストシーンの”離婚”という和歌子の判断に繋がっていく。彼女が虚ろな顔で乗るバスは、楽しかった「マジカル・シークレット・ツアー(魔法のような秘密の旅)」とは対極にある、罪を犯した彼女の贖罪の旅立ちなのだろう。
「妊娠している方はこちらへどうぞ」という空港職員の善意を悪用している犯罪であることも、やや主人公たちへの感情移入を妨げられるが、本物の妊婦に話しかけられて涙する和歌子は、良心の呵責を感じたということだろう。入院中の高志から「ちゃんと養うから」と言われた後キスを絶妙に受け流す姿で、和歌子の彼への気持ちが表現されていたり、清恵が後輩の家に泊まるシーンでは普通は何事かありそうなシーンであるにも関わらず、一緒に推しアーティストのMVで踊りまくるだけというのも”今風な場面”で面白い。好き勝手言う親戚や肉親に対して、「人の話を聞けよ!」という和歌子の絶叫は心の叫びだろうし、ひたすら周りから軽視されてきた女性たちによる人生の解放への旅を描いていた本作は、逮捕や離婚という結末にも関わらず不思議な爽快感がある。
ただ全体的な演出には疑問が残るシーンも多い。黒木華演じる清恵は、至るところでやたらと転びまくり、自分の功績が認められないことに気付くと突然、研究室で推しアーティストの曲を振り付けで踊る。和歌子は金塊を持ったまま不審者に追いかけられた直後に、いきなりオープンテラスの店に入って楽しそうにビールを注文する。さらに葬式で親戚が集まっている最中に、自分の妻が金を密輸していることを大声で全員に知らしめる夫の高志。免許は持ってるらしいが車の運転は出来ないのに、社長役の斎藤工の車で逃げようとする和歌子と、それを皆でバタバタと追いかけようとする一同。500万の価値がある絵を無造作に家の壁にかけている和歌子の父親と、いきなり大金の束を差し出す質屋のおじいさん。シリアスなシーンの間に絶妙なコメディシーンが挟まれることでシュールな空気を作っているのだろうが、このコメディシーンが全体的に妙に浮いていて、映画のリアリティラインが曖昧になるのが、やや残念だった。だが役者陣は魅力的な上に軽いタッチで観やすい作品だし、女性だけによる金の密輸というテーマ自体は面白い作品だったと感じる。
6.5点(10点満点)