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映画「スーパーガール」ネタバレ考察&解説 ド直球なSFエンタメ作品だが、ストーリーやキャラクターが薄味なのが残念!ただロックスターのような主演女優と音楽は魅力的!

映画「スーパーガール」を観た。

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2025年公開の『スーパーマン』を大ヒットに導いたジェームズ・ガン率いる、DCスタジオによるユニバース第二弾で、スーパーマンの従妹であるスーパーガール/カーラ・ゾー=エルを主人公に描いたヒーローアクション作品。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『クルエラ』『ダム・マネー ウォール街を狙え』などのクレイグ・ギレスピーがメガホンをとった。出演はテレビドラマ『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』のミリー・オールコック、Netflixドラマ『三体』のイブ・リドリー、『アクアマン』『マインクラフト ザ・ムービー』のジェイソン・モモア、『オールド・ガード』『アムステルダム』のマティアス・スーナールツ、『オッペンハイマー』のデビッド・クラムホルツなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:クレイグ・ギレスピー

出演:ミリー・オールコック、イブ・リドリー、ジェイソン・モモア、マティアス・スーナールツ、デビッド・クラムホルツ

日本公開:2026年

 

あらすじ

スーパーマンが地球を救った後の世界。故郷クリプトン星を失ったカーラ・ゾー=エルは、唯一の心の拠りどころである愛犬クリプトと静かに暮らしていた。そんなある日、突如として現れた謎の敵クレムの攻撃により、クリプトが毒に侵されてしまう。カーラは解毒剤を手に入れるべく、同じくクレムに家族を奪われた異星人の少女ルーシーや凶暴な賞金稼ぎロボとともに、宇宙規模の壮大な戦いに身を投じていく。

 

 

感想&解説

ワーナー・ブラザース傘下「DCスタジオ」の共同会長兼CEOに就任しトップとなったジェームズ・ガンが、アメコミ・ヒーローの原点をリブートした『スーパーマン』から約1年弱。『スーパーマン』は新規ユーザーのための”仕切り直し”を目的としたリブートだと思うが、世界観やキャラクターについては細かい説明を行わず、かといって旧作ファンにも迎合せず大胆に変更点を入れてくるという歪な作品だったが、ハリウッド娯楽超大作としてはジェームズ・ガンのやりたい事を詰め込んだ、抜群に面白い映画だった。そしてほとんど間を置かずに「DCユニバース (DCU)」におけるシリーズ映画第2作目として公開されたのが、本作『スーパーガール』だ。

監督はジェームズ・ガンから変更になり、クレイグ・ギレスピーが抜擢されている。クレイグ・ギレスピーは『ラースと、その彼女』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『ミリオンダラー・アーム』など、しっかりと人間ドラマとコメディシーンが描けると同時に、『ザ・ブリザード』や『クルエラ』などのVFX大作も経験がある監督なので、『スーパーガール』の監督にはピッタリなのだろう。常に一定以上のクオリティを保った良作が作れる職人監督というイメージだ。そしてタイトルロールを務めるのは、今までは映画よりも『アップライト』『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』といったテレビドラマで活躍してきた、26歳のオーストラリア出身の女優ミリー・オールコックだ。先日メディアに対して、全身に20個のタトゥーが入っていることを明かしていたが、今作では活発で破天荒なスーパーガールを嬉々として演じている。

 

『スーパーガール』の映像化作品では、計6シーズンが作られた実写ドラマシリーズ版『SUPERGIRL/スーパーガール』が有名かもしれない。主演のメリッサ・ベノイストはデイミアン・チャゼル監督の『セッション』にも出演していた女優だが、明るくポジティブなキャラクター像がピッタリで、TVドラマという長尺を活かして、地球を舞台にした”女性とヒーローの両面”における成長物語が描かれていた。クリプトン星の崩壊から逃れ、地球へとたどり着いた少女カーラ・ゾー=エルが普通の女性として生きながらも、「スーパーガール」として覚醒していくストーリーだったが、今回の映画版『スーパーガール』はそれら設定の片鱗もなく、舞台も地球ですらない、まったく違う作品になっている。それどころかジェームズ・ガンによる前作『スーパーマン』との接点も最低限であり、ほぼ本作単体で成立する作品になっていたが、これは「DCスタジオ」として思い切った判断だと思う。

 

 

ここからネタバレになるが、本作『スーパーガール』は、かなりド直球なSFエンタメ作品だったと思う。移民のメタファーであるスーパーマンが政治介入したことをSNSで叩かれたり、厳しいアメリカの世相と分断を反映しながらも、弱き者を救う絶対的に善良なヒーローとしての葛藤と矜持を描き切ったのが前作『スーパーマン』だったが、本作はそういったメッセージ性は薄いし、女性の人身売買という犯罪は描いているが、”現実世界”とのリンクはそれほど感じない。舞台も地球を離れて宇宙空間や惑星で戦い、多くの宇宙人たちが登場するので、まるで『スター・ウォーズ』や『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のようなスペースアドベンチャーの世界観だ。これは前作と差別化させたいという作り手の意図なのだろう。原作は「Supergirl:Woman of  Tomorrow」というコミックで、ストーリーとしてはかなり忠実に再現されている。

 

舞台は前作の後の世界で、カーラ・ゾー=エルは酒に溺れる自堕落な生活を送っている。近くには愛犬クリプトがいてくれるが、目標のない生活を送っていた彼女はある日、侵略者イエロー・ヒルズのクレムに家族を殺された少女ルーシーと出会い復讐を頼まれるが、カーラはそれを断る。だが宇宙船を求めて現れたクレムの攻撃によって、クリプトが毒に侵されてしまい、 残された時間は3日間しかないということで、クレムの持つ解毒剤を奪うためにカーラとルーシーは旅に出るというストーリーだ。途中でカーラが父母を亡くしクリプトン星から逃れて地球にきた経緯や、賞金稼ぎのロボとの出会いなどは描かれるが、ストーリー展開としては非常にシンプルで解りやすい。悪役のクレムはとことん非道なキャラクターで、そこに同情すべき事情や悲しい過去などもなく、完全に”勧善懲悪”な物語になっている。

 

そういう意味で、ストーリーとしてはかなり物足りないと感じるかもしれない。カーラ・ゾー=エルは故郷と愛する両親を亡くし、心に傷を負っていることが描かれるし、それは無残に家族を殺されたルーシーも同じで、本作は傷ついた二人の女性のロードムービーの側面は強いが、深刻なトーンでは描かない。ラストでカーラはルーシーを説いて復讐のためにクレムを殺させず、二人が抱擁するシーンは確かに感動的だったが、どうにも”黄色い太陽を浴びないと戦えないクリプトン人という設定”や”クリプトナイト入りの毒矢”など、カーラの力を抑制するための設定が都合よく使われていて、カタルシスを感じるとすぐにいちいちブレーキがかかってしまう感じなのだ。ジェイソン・モモア演じるロボも、もっと活躍できそうなキャラクターなのに、カーラやルーシーと感情的な結びつきを一切描かないので、ただの派手なお助けキャラになってしまっていて勿体ない。結局このロボというキャラクターのことは何も分からないままだし、味方同士の関係性はもっと深堀しても良かったと感じる。また前作『スーパーマン』で衝撃だった、クリプトン星にいたカル=エルの両親が、息子を地球に送った目的がオリジナルから改変されていた件だが、カーラの父親はカル=エルの父親の弟であるはずなので、今作も何か衝撃の変更があるのかと思ったが、何もなくて肩透かしだった。

 

では本作の一番の魅力はどこかといえば、やはりミリー・オールコックというキャスティングだろう。映画が始まって早々にパーティ三昧の酩酊状態で登場し、デカいサングラスをかけて気怠そうなカーラは、まるで90年代のロックスターのようだ。カーラが着ているTシャツにはアメリカのロックバンド「ブロンディ」のデボラ・ハリーが描かれていたが、個人的には序盤のカーラは”カート・コバーン”を思い出した。ロックでやんちゃでやや自暴自棄な彼女がヒーローとして覚醒するが、それでも悪人といえども身体が動かないクレムに、何度も剣を突き刺して殺すことが出来るのはカーラだからだろう。これは聖人君主のカル=エルでは出来ない所業だと思う。そして本作では「ウルフ・アリス」や「Hana Vu」、「モデスト・マウス」などのオルタナ系ロックバンドの曲がかかったと思ったら、「イパネマの娘」や「Cheek to Cheek」などの古いスタンダードが使われたりして、音楽のセンスがいいのも印象的だ。特に終盤のスローモーションでカメラが回転しながらの戦闘シーンでは、Jimmy Eat Worldの「The Middle」の女性カバーが使われていたが、この曲は「(君は)これから良くなる途中なんだ」という応援歌で、シーンの意味と併せて良い演出だったと思う。だが上映時間も109分と最近のヒーロー映画としてはタイトで娯楽映画としては悪くないのだが、トータル的にはあと今一歩という感想だった。

 

 

5.5点(10点満点)