「レ・ミゼラブル」を観た。
2019年の第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートもされたフランス映画だ。タイトルの通り、ビクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」と同じ舞台である、パリ郊外のモンフェルメイユという街で繰り広げられる、ドキュメンタリータッチのクライムドラマである。監督はフランスの若き才人ラジ・リで、なんと本作が初長編監督作品となる。パンフレットによれば、本国フランスでは初日観客動員数が7万人を越えて、週末の興行収益は「アナと雪の女王2」に次いで、第二位の大ヒットスタートだったらしい。広くフランス人の心を掴んだ作品と言えるだろう。今回もネタバレありで。
監督:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ
日本公開:2020年
あらすじ
パリ郊外に位置するモンフェルメイユの警察署に、地方出身のステファンが犯罪防止班に新しく加わることとなった。知的で自制心のあるステファンは、問題行動を取りがちな二人である、未成年に対して粗暴な言動をとる気性の荒いクリスと、警官である自分の力を信じて疑わないグワダとともにパトロールを開始する。そんな中、ステファンたちは複数のグループが緊張関係にあることを察知するが、イッサという名の少年が引き起こした、動物誘拐という些細な出来事から、事態は取り返しのつかない大きな騒動へと発展してしまう。
感想&解説
昨今でもフランスで80万人が参加したと言われている「黄色いベスト運動」の様子や、劇中でも触れられていたが2005年のパリ郊外暴動事件、1789年に始まるフランスの市民革命であるフランス革命、そしてビクトル・ユゴーの19世紀の貧富格差を描く「レ・ミゼラブル」など、フランス市民は体制と戦うイメージがあるが、パリの華やかなイメージとは裏腹に、それだけ市民は疲弊し政治に対してフラストレーションを溜めているという事だろう。この「レ・ミゼラブル」を観ると、それが良く分かる。特にこの映画の舞台となる、モンフェルメイユは低所得層や移民が多く、犯罪発生率がかなり高いらしい。この映画では、その地域を管轄する犯罪対策班である警察官3人の数日を描いていく。
そういうと、デヴィッド・エアー監督2012年の大傑作「エンド・オブ・ウォッチ」の様な、物騒な地域を取り締まる警察官たちの活躍をリアルに描くイメージを持つかもしれないが、どちらかといえば僕は、2001年アントワーン・フークア監督の「トレーニングデイ」や、1973年シドニー・ルメット監督の「セルピコ」を思い出した。いわゆる新しく赴任した正義の警察官と、今までそこを牛耳ってきた悪徳警官との戦いである。そこにこのモンフェルメイユという街に住む犯罪者や、倫理観を教育されていない子供たちが物語に絡んでくる。
ストーリーとしては、犯罪対策班に異動してきたステファンが、ベテラン警察官のクリスとグワダとチームを組むことになる。あるきっかけでサーカス団から盗まれた子ライオンの捜査を進める彼らは、街の子供であるイッサが犯人であると突き止める。即、イッサの逮捕に向かうが、イッサの仲間たちに思わぬ反抗をされて、グワダがイッサにゴム弾を発砲してしまう。その様子を別の子供によってドローンで撮影されてしまい、その撮影データを取り返すために撮影者の子供を追い回す展開になる。
更に負傷者したイッサを病院へ連れていくと自分たちの不祥事がバレるため、マフィアにイッサを預け、クリスとグワダはあくまで暴力と恫喝による解決を行おうとする。そんな2人にステファンは理性的に対抗するが、特に暴力的なクリスとは常に対立してしまう。結局、なんとかデータの入ったSDカードを回収するが、あくまで子供のイッサを脅し、事実を隠蔽しようと働きかけるクリスに対し、ステファンは最後まで反抗し、それぞれの行動に納得のいかない中、三人は家路につく。別の日、車で街をパトロール中の三人をイッサとその仲間である子供たちが襲撃し、火炎弾が飛び交う大人VS子供の命をかけた激闘になっていく、というものだ。
とにかく、この映画で描かれるこの地域に住む住人たちが警察権力に対して持っている不信感はすごいし、それに対する警察の暴虐ぶりもすさまじい。さすがにここまでの行動はフィクションだろうが、未成年の女の子にセクハラするわ、子供へゴム弾を発砲したことを隠ぺいしようとするわ、「俺が法だ」と暴力を振るうわでやりたい放題なのである。そして、もちろん市民たちはそれに暴力で反抗しようとし、いわゆる「暴力の連鎖」が生まれる構図になる。監督のラジ・リは団地の貧しい黒人たち、麻薬売人やマフィア、宗教団体、悪徳警官という、実際のモンフェルメイユで行われている状況をリアルに描いたという発言しているが、これはまさに地獄絵図だ。フランス大統領マクロンも本作を鑑賞したらしいが、どのような感想を持ったのだろうか。さらにこの作品が素晴らしいのは、この悪徳警官たちも一歩家に戻れば、ただの母親思いの息子だし、娘を2人も持つ父親である事をフラットに描くところだ。彼らだけが特別なモンスターではないという視点なのである。
映画のラストシーンは、火炎瓶を持ったイッサが追い込まれたステファンに対してそれを投げつけようかを逡巡している。銃を構えながら、止めるように説得するステファン。そしてその結果は描かれず、ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」から、このセリフが引用される。
「友よ、よく覚えておけ。悪い草も悪い人間もない。育てる者が悪いだけだ。」
観客にその結末のすべて委ねてそのまま映画はエンドクレジットに突入するのだが、この見事な余韻たるや。この作品を長編デビュー作で作ってしまった、ラジ・リ監督の才能には感服するしかない。必見の傑作だった。
採点:8.0(10点満点)