映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「羊の木」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「羊の木」を観た。

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監督:吉田大八
出演:錦戸亮木村文乃松田龍平、優香
日本公開:2018年

 

2012年の名作「桐島、部活やめるってよ」を撮った吉田大八監督の最新作。原作は漫画雑誌「イブニング」で3年にわたり連載され、2014年度の文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞しているとの事だが、漫画は未読。主演は関ジャニ∞錦戸亮。脇を固めるのは、近作でも独特の演技を見せている松田龍平や、人気若手女優の木村文乃ら。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

さびれた港町・魚深市に移住してきた見知らぬ6名の男女。ごく普通の市役所職員・月末(錦戸亮)は彼らの受け入れを命じられる。時を同じくして、月末が想いを寄せ続ける同級生・文(木村文乃)も魚深へと帰郷していた。まずは彼らをそれぞれ迎えにいく月末だったが、この新しい移住者たちは何故か落ち着かない言動や尋常ではない佇まいがあり、月末は不信感を募らせる。だが月末は衝撃の事実を上司から聞かされる。彼らは新仮釈放制度により自治体が身元引受人となって出所した元受刑者であり、全員に殺人歴があるというのだ。そして、この事実は町の住民には知らされていないという。その日を境に、彼らと町の日常の歯車がにわかに狂い始める。

 

感想&解説

ジャンルの定義が難しい作品だ。予告編から受けた「社会派サスペンス」という印象は観終わった今では、かなりイメージが異なる。やはり「ヒューマンドラマ」というのがしっくり来るだろうか。ただし、正直リアル志向の作品ではない。本作のテーマは「人をどこまで信じられるか?」であろう。タイトルの「羊の木」とは、かつて木綿の材料が羊の毛に似ていることから、羊が成る木があったと信じられていたという話から、盲目的に何かを信じる事の純粋さと愚かさを、表現しているタイトルだと思う。

 

この作品は、過去に殺人を犯した6人のキャラクターの行動を主人公の錦戸亮以上に、観客が疑う様に演出されているが、まず6人が町に来てから港で死体が発見される。ここで、誰もが「ああ、6人の誰かが事件を起こしたのか」と思うだろう。映画冒頭の緩やかな始まりから、サスペンスとしてやっとストーリーが動き始めたかと思うのである。特に港で仕事をしている、粗野でトラブルメイカー的な北村一輝が怪しいと感じ、どうお話が転がっていくのかに興味が注がれる。だが、これが実は「病死でした」と早々に明かされる辺りから、この作品に対しての印象が徐々に変わり始める。と、同時に「あなた、今6人の誰かの事を疑ったでしょ?」と映画から試されている気分になるのだ。

 

それが特に顕著なのが優香が演じる、太田理江子というキャラクターだ。この理江子は介護センターで働き始めるのだが、このセンターには錦戸亮演じる月末の父親が通院しており、彼女と知り合いになる。この月末の父親は半身が不自由な初老で、正直全く男性としての魅力があるようには描かれない。だがこの理江子は、この父親に「恋をした」と言い放ち、何故か彼にベタベタし出す。当然、月末の父親は、すぐに彼女に骨抜きとなり、結婚するなどと言い出す事態になる。

 

ちなみにこの理江子(優香)が過去に犯した殺人とは、元夫をセックスの最中に絞殺したというもので、快楽の為で意図的では無かったというのが本人の主張なのだが、優香の無表情の演技も相まって、何を考えているキャラクターかが読めない為、確実に彼女には「裏の顔」があると思ってしまう。ところが映画を最後まで観ても「本当に好きになったのだ」という、逆に衝撃の真実が突き付けられる。ここでまた「あなた、優香のこと疑ってたんでしょ?」と、監督のニヤニヤする顔が浮かんでくる。なんという意地悪な映画であろう。

 

この映画は観ている間、とにかく居心地が悪い。錦戸亮木村文乃が好きなのに、松田龍平木村文乃がいきなり付き合い出すという三角関係など、月末の気持ちを考えれば、なんともやり切れないし、嫉妬のあまり松田龍平の殺人者としての過去を、木村文乃に話してしまう件など気持ちは理解出来るのだが、錦戸亮があまりに純粋なゆえに「人間が本来持っている闇」を見るようで心がざわつく。「(謝るくらいなら)言うなよ!」と木村文乃にキレられるシーンにも深く頷けるが、その後で、すぐに松田龍平に電話で謝ってしまう錦戸亮にも、なんだかムズムズする。

 

松田龍平が平穏な生活を望んでいながらも、徐々に過去の人生に巻き込まれて、殺人者に戻っていく流れは、映画として定石の流れだろう。泣き叫んだり、自分の不幸をことさら騒がない松田龍平の抑えた演技は不気味だが、彼のキャラクターにマッチしている。特に、北村一輝を無表情で轢き殺すシーンは白眉だった。また、錦戸亮との妙なBL感が炸裂するシーンの数々も、会話のテンポ感も含めてやはり彼の異常さが際立つ演出になっており、僕は2017年公開の黒沢清監督「散歩する侵略者」の松田龍平を思い出した。

 

この映画最大の評価の分岐点は、ラストの「のろろ像」の頭が落ちて来て、松田龍平を潰すという展開だろう。のろろ様という、地域で祀られている、巨大な神様の像があるのだが、これが海に飛び込んだ松田龍平の上に落ちてくるという、突然かつ、リアリティのカケラもないシーンだ。だが、そもそも過疎化に悩む市役所が、過疎対策のために国と結んだ極秘のプロジェクトとか、その割には情報セキュリティが甘過ぎとか、あまりに不自然すぎる「のろろ祭り」とか、祭りの最中にいきなり滝の様に降る雨とか、映画全体がかなり「非現実的」な為、個人的にはこれ位の大仰なオチはアリだと感じたが、その唐突感ゆえに拒否反応があるのも頷ける。

 

「羊の木」は完成度が高い作品とは言いづらい。説明不足で、6人のキャラクターを含む、掘り下げも足りない為、最後まで観ても消化不良な気持ちになる。まるで、劇中で錦戸亮木村文乃が組んでいるバンドのように、ボーカル不在のダークなシューゲイズサウンドを延々と聴かされている気分になるのだ。観客は居らず、ただ自分たちだけの為にギターノイズをかき鳴らす。だが、そのノイズの中にふと美しさがあるように、他の映画には無い特別なものがあるのも事実だ。

 

シュールさや滑稽さの中に、元犯罪者が更生して生きるには受け入れ先の理解が不可欠だという演出が、サラリと入っているのは特に良かった。クリーニング店の2人が交わす、「人が肌で感じることは、大概正しいです」と元ヤクザの受刑者が店を去ろうしてからの、追っかけて来た女性店員とのやり取りなどは心動かされる。万人が観て皆が面白い作品ではないと思うが、観終わってみれば印象深いシーンやセリフも多い。観ている間の居心地悪さも含めて、キライにはなれない作品だ。原作とはエンディングが違うらしいので、そちらにも興味が湧いた。