映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「グレイテスト・ショーマン」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

グレイテスト・ショーマン」を観た。

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監督:マイケル・グレイシー
出演:ヒュー・ジャックマンザック・エフロンミシェル・ウィリアムズ
日本公開:2018年

 

レ・ミゼラブル」でも素晴らしい歌声を披露していた、ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル作品。なんと監督のマイケル・グレイシーは、本作が初監督作品らしい。音楽を担当したスタッフに「ラ・ラ・ランド」で歌曲賞を受賞したベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビを迎え、全英アルバムチャートでも6週連続1位という快挙を成し遂げている。アカデミー主題歌賞もノミネートされ、どうやらブロードウェイ化も検討されているとの事だ。ミュージカル作品として非常に評価が高まっている本作、共演もザック・エフロンミシェル・ウィリアムズレベッカ・ファーガソンと豪華である。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

19世紀半ばのアメリカ。庶民出身のP・T・バーナム(ヒュー・ジャックマン)は幼馴染だった上流階級のお嬢様チャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)と結婚、彼女の両親からは蔑まれながらも、幸せな家庭を築いていた。だが務めていた会社が倒産し、バーナムは人々に娯楽を与えたいと博物館を開業する。最初は不入りだったが、娘の言葉をヒントにユニークな人々を集め、空中ブランコや動物、歌やダンスを取り入れたショーにすることで人気を博した。しかし、裕福にはなったものの上流階級の人々は彼のショーを受け入れようとはしない。そんな時、ロンドンで成功した若い興行師フィリップ(ザック・エフロン)がやってくる。上流階級にも受け入れられている彼を口説いてパートナーにしたバーナムは、フィリップのつてで英国のヴィクトリア女王との謁見もかない、その場でヨーロッパの歌姫‪ジェニー・リンド‬(レベッカ・ファーガソン)と知り合いになる。彼女のアメリカ公演を成功させれば、自分も一流の興行師として認められ、上流階級の仲間入りもできる、そう思ったバーナムは、ジェニーに高額のギャラを掲示、なんとか彼女のアメリカ公演を成功させようとするのだが、これが思わぬ事態を引き起こす事になる。

 

感想&解説

まさに王道のミュージカル・エンタテインメント作品である。まず楽曲の力が強い。全編キャッチーすぎるポップミュージックが流れ、役者たちの卓越した歌唱力で、それらを彩る。どの曲もサウンドは非常に今風のアレンジだがメロディラインは古典的とも言え、しっかりサビがある構成の楽曲なのが特徴だ。全曲がオリジナル書き起こしらしい。ヒュー・ジャックマンを始め、ザック・エフロン、‪ゼンデイヤ‬らが歌い始めた途端に、楽曲のパワーで画面にマジックが宿る。とにかく、圧倒的な曲の良さはこの作品の大きなポイントである。

 

特にブロードウェイ歌手であるカーラ・セトルが歌う主題歌「This Is Me」は、劇中でもかなり特徴的に使われる楽曲だ。「私は、自分が鳴らすドラムに合わせて前へ進んでいる。どう見られたって恐くない。これが私。」と、今まで世間から迫害されて生きてきたサーカスの演者たちが、自らを鼓舞し、肯定する為に歌う。やはりこの楽曲は本作の優れた楽曲郡の中でも突出した出来で、ダンスの演出も含めて非常に感動的なシーンになっている。その他、キレキレのオープニングシーンに使われる「The Greatest Show」、恋人や家族の愛を表現した「A Million Dreams」、ヒュー・ジャックマンザック・エフロンの軽妙な駆け引きが楽しい「The Other Side」と、ミュージカルシーンの出来は文句なく楽しめる作品になっているだろう。

 

この作品はミュージカル・エンタテインメント作品である為、前述の音楽シーンの出来が良ければ、かなりの方は満足して劇場を後に出来ると思う。そういう意味では、すでにこの作品は十分に観る価値のある作品になっているが、個人的にはストーリー展開がこの作品の良さをかなり相殺していると感じた。実在の人物をモチーフにしている事は理解できるが、映画化にあたり、かなりストーリーを脚色している事は想像に難くない為、「芸術と娯楽」というこの作品のテーマに対して違和感を感じたのだ。

 

ヒュー・ジャックマン演じるバーナムは、自分の作った施設に集客する為、ヒゲの生えた女性、顔中に毛のある男、身長の小さ過ぎる男性など、「ユニークな外見」をした人達を集めて、劇団をつくる。その為、彼らは町の人達から「フリークス」と罵られ、迫害されている。しかし、彼らはいわゆる「見世物小屋」の様に、外見的な特徴だけを売りにしたショーを行う訳でなく、それとは全く逆で高度に演出され、かなりの訓練を積んだ歌と踊りのエンターテイメントショーを観客に見せる。(少なくても映画を観ている限り、僕にはそう見える)そして、それを観てお客さんは同じ様に歌い、踊り、楽しんでいる。この映画の描写で足りないのは、彼らが特殊な外見だけではなく、歌と踊りの練習を積み重ねて、彼らなりの芸術を追求している姿だと思う。芸でしっかりと客を楽しませる事が出来る以上、彼らはフリークスでは無くアーティストなのだ。

 

だが、この作品では彼らのショーと対比する様に、歌姫ジェニーが現れて「上流階級が認める歌」を披露する。そしてバーナムは自らが上流階級に認められる為に、サーカスを捨て、莫大な借金を作ってジェニーとコンサートツアーに出てしまう。更にツアー先でジェニーとの人間関係がこじれて、大損のままサーカスに戻ってきたはいいが、施設が火事で焼失してしまい、消沈しているところをサーカスのメンバーに助けられるというストーリーの流れになる。この時点で僕はバーナムに全く感情移入出来なくなってしまった。

 

本来は崇高なジェニーの歌もサーカスのショーも、お客さんを喜ばせるという意味では、同じ位に価値のあるものだと、バーナムが自ら気付き、サーカスのメンバーともう一度ショーを始める展開じゃないと、彼は「グレイテスト・ショーマン」として成長していない事になる。今の描写だと、もう打つ手が無くなり、その時に駆け寄ってきてくれたサーカスの皆に、都合よく乗っかった様にしか見えないからだ。だからこそ、サーカスのメンバーも自分たちの芸を高める為に努力し、その姿をバーナムがしっかりと認めて、もう一度「家族」になるという描写が、この作品には絶対に必要だった気がする。この流れがあってこそ、ラストシーンのカタルシスが生まれるからである。

 

それからもう一点、映画の最後に「最も崇高な芸術とは、人を幸せにすることだ。」と表示されるのだが、どうしても編集の流れからこれはバーナム達のショーを指している気がするが、これも個人的にちょっと引っかかる。何故なら、これはジェニーの歌だって同じだと思うからだ。ジェニーの歌は、人を笑わせたり楽しませるタイプの芸術ではないが、人の心を動かし感動させる。これは十分に人を幸せにしていると言えるのではないだろうか。この作品の構造上、「庶民の為の娯楽(バーナムのサーカス)」vs「上流階級の為の芸術(ジェニーの歌)」という対立構図に陥りやすいが、表現の仕方は違えど、どちらも立派な芸術だと思うし、どちらがより優れているという話でもない。どうしても、この映画は「芸術」という言葉を矮小化している気がしてしまうのである。

 

この映画が提示するテーマに対して、観終わった後にモヤモヤが残った事は事実だが、「グレイテスト・ショーマン」が王道ミュージカルとして十分に楽しめる作品になっている事は間違いない。音楽の質の高さ、役者達の歌唱力やダンス、それを支える演出と美術、どれも初監督作品とは思えないクオリティに仕上がっている。ストーリーはちょっと置いておいて、特に大音量で観ると確実に評価が上がる作品なので、出来れば映画館で鑑賞する事をオススメしたい。