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映画「イット・カムズ・アット・ナイト」ネタバレ考察&解説 説明不足だが不思議な魅力に溢れたスリラー!

イット・カムズ・アット・ナイト」を観た。

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2020年に「WAVES ウェイブス」という傑作を撮ったトレイ・エドワード・シュルツ監督の2018年日本公開作で、最新作とは打って変わってジャンルは”心理スリラー”だ。個人的に「WAVES ウェイブス」に強く感銘を受けたのだが、トレイ・エドワード・シュルツ監督の過去作を観た事がなかったので、今回は”Netflix”でアップされていた「イット・カムズ・アット・ナイト」を鑑賞。出演はジョエル・エドガートンやライリー・キーオ、「WAVES ウェイブス」にも出演していたケルビン・ハリソン・Jrなどである。2018年の公開時点ではあまり話題に上らなかった作品で、しかもかなりの低予算映画だと思うが、非常に奇妙な後味の作品だった。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:トレイ・エドワード・シュルツ

出演:ジョエル・エドガートンケルビン・ハリソン・Jr.、ライリー・キーオ

日本公開:2018年

 

あらすじ

ポール一家は夜になるとやってくる正体不明の「それ」から逃れるため、森の中の一軒家に隠れ住んでいた。そんなポール一家のもとに、ウィルと名乗る男とその家族が助けを求めて訪れてくる。ポールは「それ」の侵入を防ぐため、夜は入り口の赤いドアを常にロックするというルールに従うことを条件に、ウィル一家を受け入れる。2つの家族による共同生活はうまく回っているかに思えたが、ある夜にロックされているはずの赤いドアが開け放たれていることが発覚。2つの家族に芽生えてしまった猜疑心、そして「それ」への恐怖から、それぞれの本性が次第に露わとなっていく。

 

 

感想&解説

「ヘレディタリー 継承」の”スタジオA24”と「イット・フォローズ」の制作陣が手掛けているという事でホラー色が強い作品かと思っていたが、いわゆる恐怖表現はほとんどない「心理スリラー」ジャンルの映画であった。そこにトレイ・エドワード・シュルツ監督の「捻じれた家族観」がミックスされて、非常に独特な作品となっている。しかも、劇中で起こる事象に整合性が用意されているタイプの作品ではない為、鑑賞後にかなり”アンフェア”な印象が残る。さらに謎を観客に丸投げして終わる為まったくスッキリしないし、解釈は観客に委ねるという作風なので、評価が分かれる映画になるのは仕方がないだろう。本作はとにかく徹頭徹尾、”説明しない映画”なのである。


ジョエル・エドガートン演じるポールは、ケルビン・ハリソン・Jr.演じる17歳の息子トラヴィスと妻の三人で山奥にある小屋で暮らしている。冒頭、ポールの義父にあたる老人が謎の奇病により身体に異常が現れ、ポールとトラヴィスが彼を殺して埋めているという描写から映画は始まる。二人が防毒マスクを着用していることから、感染するウィルスが存在するかもしれないことや、近辺にはこの家族しか住んでいないであろうことが推察できるが、ウィルスにより世界全体がどうなっているのか?他の人間はいるのか?どうなると感染するのか?などは全く分からない。ただ父親のポールはかなり厳格にこの家族に対し、生き残る為のルールを厳守させており、妻と息子はそれに従っていること、更にこの家には外との出入り口として「赤い扉」があるのだが、特に夜は厳重にロックされており外出ができない事などが描かれる。


そんなある夜、不審な男がこの小屋に侵入しようとしてくるが、ポールにより撃退され縛られる。この男はウィルといい、自分にも家族がいることや水を求めて家に侵入しようとした事が語られる。さらに彼にはニワトリなどの食料が豊富にあるため、この山小屋に二家族で暮らし、水と食料をシェアしようと持ち掛けられる。また、このウィルもウィルスが世界にもたらしている影響を把握しておらず、ここに来るまでに他の人間には出会わなかったらしい。悩んだポール一家だったが結局、ウィルの家族を呼びにいくことになりポールは車で出かけることになる。途中で二人の男に襲われたりとアクシデントがありつつも、無事に幼い息子アンドリューを含んだウィルの家族を迎え入れ、ポールの家族3名とウィルの家族3名、さらに息子トラヴィスの飼っている犬1匹の共同生活が始まる。


最初は順調にルールを守り幸せに暮らす父母子の二家族だったが、ある日飼い犬が森の中に逃げてしまい戻らなくなるという事件が起こる。ひどく落胆するトラヴィス。そんな時、ウィルがポールに嘘をついているのでは?という彼の兄弟に関する発言があり、家族間の空気が微妙に変化してくる。そしてある夜、夜中に起きだしたトラヴィスは幼いアンドリューが夢遊病で部屋から抜け出していることを発見し、部屋に連れ戻す。すると、あの”赤い扉”が開いていることを発見しまい、その後父親ポールを呼んで扉の外に出ると、なんと血だらけで死んでいる飼い犬を見つける。夢遊病で歩き回ったアンドリューが扉を開け、犬から病気をもらったのではないか?と疑心暗鬼になったポールは、ウィル一家を部屋の中に隔離することを提案する。だがアンドリューは背が低く扉は開けられないし、もしアンドリューがウィルスに冒されていた場合は、彼に接触したトラヴィスも感染しているリスクがあることに彼は気づいていた。ここから山小屋を脱出しようとするウィル一家と、疑心暗鬼に駆られたポールとの骨肉の争いに発展していく。


まずこの終盤に至るまで、家の外でもマスクを外しているが、感染している死体の近くからしか感染しないのか?などのウィルスの特性から、車を襲ってきた男たちの正体、例の”赤い扉”が開いていた理由まで、劇中では何一つ説明されない。もっと言えば、本当に幼児アンドリューが犬からウィルスに感染していたのか?も最後まで不明だ。ただ彼らは「感染しているかもしれない」という疑惑だけで、お互いを信用できなくなりラストの悲劇へと導かれていく。ここからネタバレとなるが、山小屋を脱出するために銃で威嚇したウィル一家に反撃し発砲することで、父ポールはウィルの家族三名を銃殺してしまう。そして最後は息子トラヴィスが奇病に冒されて死亡し、ポールは妻と二人残されるところで映画は終わる。


まず冒頭で祖父とラストで息子トラヴィスが病気にかかるシーンはあるので、確かになにか”奇病”は存在するのであろう。だが、それは本当にウィルスなのだろうか??通常であればニュース番組などで、ウィルスの世界中における影響度やWHOのような機関が動いているなどの情報が、観客に伝えられるのが映画のセオリーだが、この映画についてはウィルスを証明する客観的な描写は何一つない。しかも頑なにウィルスに恐怖する父親ポールも、自分の周りで何が起こっているのか”何もわかっていない”のである。この知らないことで起こる「疑心暗鬼の恐怖」こそが、本作「イット・カムズ・アット・ナイト」の「それ」の正体だと思う。


息子トラヴィスが悪夢を見るシーンが度々挟まれるのと、17歳の男子の家に突然若い人妻が現れたことによる動揺などは劇中でも表現されており、愛犬の失踪も併せて精神状態が不安定だった事は事実だ。そこから”赤い扉”を開けたのはトラヴィスだという解釈が多いだろうが、個人的にはあえて違う仮説を立ててみたい。なぜなら扉が開いていることを知ったトラヴィスがポールを寝室まで呼びに行くシーンで、寝ていたとは思えないほど早く起きるポールの行動に違和感を覚えたからだ。ともあれ、戻った(もしくは探し出した)飼い犬がウィルスに感染していると恐れたポールが実は事前に殺しており、トラヴィスが開いた赤い扉を発見した時点のずっと前に、既に扉の向こうに犬の死体は放置してあったのでは?という仮説だ。

 

 

ラヴィスが音に驚くシーンは”劇伴”としての音楽が鳴っており、実際の音が鳴っているかは不明だが、あの時点で誰かが外にいたというのはむしろ展開として不自然だろう。よって赤い扉を最初に開けたのは、父親であるポールという説だ。これはもちろんかなり飛躍した案だとは思うが、”外部の敵”の存在や、トラヴィスやウィル一家には愛犬を殺す理由がないことから、個人的にはこの案が一番しっくりくる。ポールはウィル一家の事がどうしても信用できず、事件を起こして追い出す口実を作りたかった為に"赤い扉"を開け、犬の死体を置いた。そして次の日の朝に犬の死体を焼くつもりが、その前にアンドリューが触れたかもという疑惑に駆られた訳だ。


繰り返しになるが、結局アンドリューがウィルスに感染していたのか?は不明だし、最終的な彼の死因はポールによる「銃殺」なので、そこは本作にとって重要ではない。むしろ本作で病気によって死ぬのは祖父とトラヴィスだけなので、本当にウィルスが存在しているのか?自体も怪しいくらいだ。途中で車を襲って死ぬ二人組の皮膚も爛れていなかったし、それだけ致死率の高いウィルスなら、ラストシーンでの夫婦も感染しているだろうがまだ生き残っているのも不可解だ。もっと小規模な老人と未成年の病気という設定でも、このストーリーは成立してしまう。ウィルスは存在しない「疑心暗鬼」や「恐怖」のメタファーかもしれないのだ。実は世界は普通に回っていて、電気の通らない山奥に住む狂ったふたつの家族の物語だったという解釈も可能なくらいだ。これも特に説明は無いのだが、車を襲った二人組の男の一人は、実はウィルの兄だったのではないだろうか。本当はポールを道中で殺して、そのまま家を乗っ取る段取りだったが逆襲され、計画を変更したのかもしれない。ポールが男を殺そうとした時、思わず止めたのはその伏線ではないだろうか。


結局、本作でもっとも殺した人数が多いのは、正体不明の敵でもウィルスでもなく、疑心暗鬼に陥った「人間」だ。冒頭で、ブリューゲルが1562年に描いたと言われる「死の勝利」という絵画が出てくる。ペストによって死んでいく人々を描いた油彩画だが、本作にとってペストのように身体を蝕み、死をもたらすのは「他人が信じられない」という感情だ。ラストは、家族を守りたいというポールの脅迫観念が悲劇をもたらすのだが、思えば「WAVES ウェイブス」でも父親と息子の壊れた関係が描かれており、これはトレイ・エドワード・シュルツ監督の作家性なのかもしれない。とにかく説明不足で最後まで投げっぱなしの作品だが、逆を言えば解釈の幅が広いという言い方もできる。よって、観る人によって大きく感想も変わる作品だろう。この家族たち以外に、姿を見せずにウィルスをばら撒く怪物がいたのだという解釈ももちろん可能だが、本作はそんなイージーな顛末を描きたい作品では無い気がする。個人的には面白い映画だったし、国内版ブルーレイは未発売のようなので、今回Netflixで観れて良かった。

採点:7.0点(10点満点)