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映画「殺人鬼から逃げる夜」ネタバレ感想&解説 映画としては面白いが、脚本の練り込み不足で納得感の薄いスリラー!

「殺人鬼から逃げる夜」を観た。

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耳の不自由な主人公の女性が連続殺人鬼にひたすら追い回されるという、恐怖の一夜を描いた韓国スリラー作品。監督/脚本は、本作が長編デビュー作となるクォン・オスン。耳の聞こえない主人公ギョンミを「リトル・フォレスト 春夏秋冬」のチン・ギジュが演じ、非道な殺人鬼であるドシク役を「コンジアム」のウィ・ハジュンが務めた。近作の韓国スリラー映画には快作が多いが、本作はどうだったか?今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:クォン・オスン

出演:チン・ギジュ、ウィ・ハジュン、パク・フン

日本公開:2021年

 

あらすじ

聴覚障害を持つギョンミは、ある夜、会社からの帰宅途中に、血を流して倒れている女性を発見する。それは巷で起こっている連続殺人事件の犯人の仕業だった。事件現場を目撃してしまったギョンミは、殺人衝動を抑えられず人を殺してきた連続殺人犯ドシクの次のターゲットにされてしまう。全力で逃げるギョンミだったが、聴覚が不自由な彼女には追いかけてくる犯人の足音も聞こえなければ、助けを呼ぶ言葉も届かない。そんなギョンミを、ドシクはゲームを楽しむかのように追い詰めていく。

 

感想&解説

「殺人鬼から逃げる夜」というタイトル通り、殺人鬼のサイコ男から耳の聞こえない主人公の女性が、ひたすら逃げるという作品だ。しかもこのウィ・ハジュン演じるドシクという殺人鬼が、何の目的で人を殺しているのか?は語られず、彼の生い立ちなどの背景も描かれない上に、主人公が追いかけられる理由も薄いため、まるでスティーブン・スピルバーグ監督の「激突!」のような理不尽さを感じる作りになっている。そういえば斧で木製ドアを叩き壊して、その間から顔を覗かせるといったスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」そのままのオマージュシーンや、序盤の立体駐車場における”照明が点滅する通路”はまるでリドリー・スコット監督の「エイリアン」の宇宙船みたいだし、ラストシーンにおける死んだとみせかけて、いきなり襲い掛かるシーンも昔ながらのホラー映画における定番表現のようで、本作の監督であるクォン・オスンは1981年生まれと若いのだが、意外とクラシカルな映画から影響を受けているのかもしれない。また韓国映画からも、「チェイサー」や「見えない目撃者」といった作品からの影響を強く感じるため、芸術よりもエンターテイメントに徹した映画監督なのだろう。

それにしても序盤の演出の数々は見事で、主人公ギョンミはコールセンターで働く聴覚障害者なのだが、その環境に負けずに強く生きている女性だという事が描かれる。コールセンターに問い合わせてくる理不尽な客や接待相手のセクハラ男たちにも、ギョンミは泣き寝入りなどせずに堂々と立ち向かう。さらにギョンミの母親も同じく聴覚障害を持っているのだが、この母子は心の底から愛し合っていて強い絆で結ばれていることがスクリーンから伝わってくる。そんな親子が、殺人鬼ドシクに襲われ、大怪我をした女性に遭遇したばかりに執拗に追いかけまわされるのだが、序盤の駐車場シーンは特に良いと感じた。音が聞こえないというハンディを背負いながらも、逃げるために軋むドアロックを必死に開けようとするが、その”音”をドシクに聞かれて追いつかれそうになる場面の緊迫感など、素直にハラハラさせられて感心する。結局、小柄な身体を活かしてチェーンのすき間から間一髪で逃げ出せるのだが、このシーンを観たときに「この映画は期待できるかも」と期待が膨らんだ。


しかし中盤のギョンミ親子とドシクが警察署で調書を取られるシーンから、徐々に雲行きが怪しくなる。印象として「ハラハラ」よりも「イライラ」が強まってくるのだ。サスペンス映画は主人公や周りのキャラクターの行動に観客が納得できなければ、どんどん気持ちが冷めてくる。観ている間に「もっとこうすればいいのに」「ここに逃げれば助かるのに」という感情が高まると、それがノイズになってくるのだ。本作の場合は主人公の母娘が「耳が聴こえない」という設定のため、警察署内にいるにも関わらず警官に上手く情報を伝えることが出来ず、すぐそこにいる”犯人”を逃がしてしまうという展開になる。特に母親はバックの中の凶器も見ており、直接ドシクから脅されているので完全に犯人が特定できているにも関わらず、紙に書くとかスマホで伝えるなどの具体的な行動を取らない。さらに失踪した妹を探している兄と大格闘の流血事件まで起こしたドシクを、なんの裏付けもなく釈放してしまう警察のアホすぎる対応も、さすがにリアリティが無さすぎる。「あいつのカバンの中を見て。持ってる白いスマホを没収して」と母娘が警官に伝えれば、もうこの事件は解決なのだ。映画の展開を盛り上げるためだけのシーンになってしまっているのが、もったいない。


それが極に達するのが、殺人鬼ドシクがギョンミを追い詰めたところへ、妹を探す兄が助けにくるシーンでのやり取りだ。事前に警察署での格闘シーンを観ているため、兄がドシクよりも強いのを知っている観客は「良かった、ギョンミは助かった」と胸をなで下ろす。ところがここでドシクは、「妹かこの女かのどちらかを選べ」という意味の解らないトレードオフを提案するのである。しかも妹の居場所は、(嘘だとはいえ)兄はすでにゲットしているので、まずドシクをボコボコにしてギョンミを助け、それから妹の場所に向かうことができるのに、兄は「すまない」とあっさりとギョンミを見殺しにする。そして案の定、指定された場所に妹はおらず、ギョンミは自力でなんとかその場から逃げ出すのだが、結果的にドシクを逃がしてしまう。この後も(とりあえず警察に連絡したら?)とか、(周りの人に事情を説明する方法はいくらでもあるでしょ?)とか、(お母さん、簡単にその犯人のいうことを聞いちゃダメ!)などのノイズが常に頭に浮かんでしまって、終始キャラクターの行動に納得がいかず、非常にイライラさせられるのである。


ただ逆を返せば、作品中のギョンミというキャラクターに感情移入しており、彼女と母親に心底助かってほしいと思いながら、本作を鑑賞していたのは間違いない。だからこそ、彼女にとって聴覚障害は完全な"ハンディ"としてしか描かれていなかったのは残念だ。せっかくの設定を活かして、殺人鬼には理解できない”手話”で母親とコミュニケーションすることで二人が連携し、最後は打ち勝つなどの展開ならもっとカタルシスがあったと思う。そして本作は、ギョンミの走るシーンがとにかく印象に残っているが、全速疾走のシーンばかりの映画で、さぞ撮影は大変だっただろうと想像してしまう。こういうひたすらに走り続ける場面は、「チェイサー」や「アシュラ」などを筆頭に韓国映画ではよく出てくるが、やはり編集のテンポも含めて見せ方が上手くて迫力がある。撮影のノウハウが確立されているのだろう。映画としての映像クオリティは高く、デビュー作ということもありそれほど予算はかかっていない作品だと思うが、決して安っぽさは感じさせていないのは流石だ。


「女性は強く、男は警察も含めてだれも頼れない」というのは、今の時代を反映しているのかもしれない。それだけに、終盤の涙ながらの命乞いシーンは必要なかったと思う。せっかく冒頭から描いてきた、"強い女性"というキャラクターがブレるためだ。この作品に関しては中途半端な感動シーンは入れずに、もっとスリラーに突っ切ってほしかった。ドシクの「救いようのない、完全な悪」というキャラクター造形は、キム・ジウン監督「悪魔を見た」のチェ・ミンシクが演じていた悪役を彷彿とさせて魅力的だったし、終盤の決して簡単には観客を安心させてくれない、畳み掛ける構造も、娯楽映画として好感が持てる。「音をレベルメーターで視覚化」するギミックも、敵が近づくと気づく仕掛けというゲーム的な表現で、若いクリエイターらしい発想で良かった。ただ全体としては、決してつまらない映画ではないのだが、”作りたいシーン”が優先されるあまりに、脚本の練り込み不足が目立つもったいない作品だったという印象だ。若きクリエイター、クォン・オスン監督の次回作に期待したい。

6.5点(10点満点)