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映画「ダーク・アンド・ウィケッド」ネタバレ考察&解説 ”ヤギの大量虐殺”のシーンの意味は?ひたすら"観客を怖がらせる事"だけに集中したホラー!

「ダーク・アンド・ウィケッド」を観た。

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シッチェス・カタロニア国際映画祭2020」で、最優秀女優賞と撮影賞の2部門を受賞したホラー作品。監督は「ストレンジャーズ/戦慄の訪問者」が高評価を獲得し、今後のホラー映画界を担う才能だと評されるブライアン・ベルティノ。海外の映画批評サイト「ロッテン・トマト」では満足度91%を記録している。主演を務めたのは「最後の追跡」「アイリッシュマン」のマリン・アイルランド、共演は「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」で主役に抜擢されたマイケル・アボット・Jr.や「96時間」のザンダー・バークレイなど、やや渋い俳優が脇を固めている。今回もネタバレありで、感想を書いていきたい。


監督:ブライアン・ベルティノ

出演:マリン・アイルランド、マイケル・アボット・Jr.、ザンダー・バークレイ

日本公開:2021年

 

あらすじ

父の病状が悪化したとの報せを受けたルイーズとマイケルの姉弟は、生家であるテキサスの人里離れた農場を久々に訪れる。そこには、母に見守られながらひっそりと最期を迎えようとする父の姿があった。しかし母は「来るなと言ったのに」と彼らを突き放し、姉弟は両親の様子がどこかおかしいことに気づく。その夜、母は首を吊って死亡。やがて姉弟は、想像を絶する恐怖に巻き込まれていく。

 

 

感想&解説

都内では一館のみの上映でしかも2週間の限定公開ということもあり、満席の劇場内だった。作品チラシには「想像を絶する邪悪さ」「悲鳴が止められない」「まるで悪夢だ」「洗練し尽された不気味さ」「地獄に引きずり込まれる」など、本国メディアのコメントが並び、ホラー映画好きとしては否が応でも期待が高まる。タイトルの意味は「闇と邪悪さ」で”これぞホラー映画”という題名だが、ストーリーとしては非常にシンプルな作品だ。久しぶりに田舎の実家に帰ってきた姉弟が、寝たきりの父と明らかに様子のおかしな母と共に、彼らも酷い目に遭うという内容で、基本的にはこの実家の中だけでほとんど物語は進む。登場人物としても10名程度のミニマムな構成の映画だと言えるだろう。

そして、とても”静謐”な作品だ。両親が農場を生業にしているという設定のためにアメリカの田舎が舞台なのだが、全体的にとても”暗く低い温度”で映画は進行していく。かと思うと、突然ジャンプスケアとゴア描写が飛び込んでくるためビックリするという、まるでB級ホラー映画のお手本のような作品だ。しっかりと恐怖感を感じさせる演出が多く、「古典的な恐怖映画」としては楽しめる。ただしストーリーの新鮮さはほとんどないに等しく、アリ・アスター監督の「ヘレディタリー/継承」のような斬新な演出手法でもない上に、「悪魔のいけにえ」のレザーフェイスのような特徴的なキャラクターもいないし、「ソウ」のようなどんでん返し展開もない。そういった意味では、相当に地味な作品であることは否めないだろう。


ストーリーとしては、主人公である姉弟が遭遇する1週間の恐怖体験を描いていく流れだ。月曜日、長い間連絡を取る事のなかった姉弟のルイーズとマイケルは、テキサスで農場をしていた父親の病状が悪化したことを理由に、故郷の家に帰ってくる。父を看病する母親との再会に喜ぶマイケルとルイーズだったが、母親は「お前たちはここに来るべきではなかった」と冷たく言い放ち、姉弟に早くこの農場を離れるように告げる。そして真夜中に一人でニンジンを切っていた母は、急に自分の指を切り刻み始め、憑りつかれたように家の外に出ていく。火曜日、朝から姉弟は家から消えた母親を捜し始めるが、ヤギ小屋で首を吊った母の死体を見つける。そして水曜日、父親の看病の為に家を出入りしている看護婦から、これまで母親がどれほど辛くて寂しい毎日を過ごしていたかを聞き、母親の日記帳からは「悪魔がデヴィッド(父親)の魂を欲しがっている。」という不穏な文章を見つける。そしてその日の夜、シャワーを浴びているルイーズの前に寝たきりのはずの父親が現れ彼女はパニックになるが、ベッドに行くとやはり父親は寝たきりのままであった。

 

 


木曜日、ルイーズとマイケルは母親の遺体保管庫へ行き、無神論者だった母がなぜか十字架を持っていたことを聞かされる。そしてその夜マイケルは、部屋の灯りが点いたり消えたりする怪奇現象を体験し、さらに窓の外に立っている母親の姿を見る。そしてルイーズも突然父の口からクモが現れたり、突然電話が鳴ったと思えば母の声で「来るなと言ったのに」と言われるといった、恐怖体験を繰り返すようになる。金曜日、母親の死を聞いたソーン神父が姉弟の元を訪れ、「悪魔はいる、これは警告だ」と話するが、信仰心のない二人は悪魔の存在を信じられず、神父を追い返してしまう。だが深夜3時、ルイーズは家の外に人の気配を感じ、窓の外を見るとそこには様子のおかしなソーン神父がいた。マイケルは激怒し彼を再度追い返すが、その頃、近所に住むチャーリーという老人が幻影の末、銃で自殺するという事件が起こっていた。土曜日の朝、ルイーズは昨夜のことを怪訝に思いソーン神父に電話するが、彼は「テキサスには行っていない、シカゴにいる」と話し、ルイーズはますます混乱する。その後、ルイーズとマイケルは飼っている一頭のヤギの足が切られ、さらに大量のヤギたちが死んでいるのを発見する。その夜マイケルは母の亡霊に襲われ、ルイーズは父親の天井に張り付いている父親の幻影を見て恐怖に声をあげる。


ここからネタバレになるが、日曜日、目覚めたルイーズのもとにチャーリーの孫だと名乗る少女が訪れ、チャーリーが自殺したことを告げると、突然襲いかかってくる。なんとか退けたルイーズは昨夜から行方が分からなくなったマイケルに電話すると、なんと彼はルイーズを置いて妻と娘たちの元へ車で帰る途中だった。ルイーズは「私を置き去りにして裏切るの!?」と怒鳴るが、マイケルは自分の家族のことの方が大事だと、そのまま家へ帰ってしまう。その電話を聞いていた父の看護婦も、なぜかルイーズに襲い掛かってくる。彼女はキリストを信仰していたのだが悪魔に乗り移られた結果、自分の目を突き刺し死亡する。そしてマイケルが自宅に到着すると、自殺している家族の幻影を見て、ショックをうけた彼も自ら喉を裂いて自殺。さらにルイーズも死にゆく父親の最後を看取ったところで、母親の声をした悪魔に襲われ悲鳴をあげたところでこの映画は終わる。


ホラー映画を観ていて「なんでこの屋敷から逃げ出さないの?」などと思うことがあるのだが、本作はその理由を明確にしている。それでも後半は、(さすがにこれほどの恐怖体験をしたら普通は逃げるだろう)というツッコミが心をかすめるが、主人公である姉弟にとって”寝たきりの父親”とそれを”看病している母親”と離れて暮らしていること自体が、彼らにとっては強い”負い目”となっており、だからこそいかに悪魔に呪われていようとも、簡単に家と親を捨てて逃げ出すことが出来ないのである。ただようやく物語終盤に、弟のマイケルが自分の家族の身を案じて実家を出るのだが、結局は彼に「娘たちが死ぬ」という幻影を見せることで死に追いやることからも、この映画において”悪魔”の存在は絶対で、キリスト教を信仰していようといまいと関係なく、この家に近づいた人間は全員死ぬという、身もふたもない着地になっている。


この結論がまるで取り付く島もない為、映画が終わったあと「では、どうすれば助かったんだろう?」と考える余白がないことも、この映画をシンプルで地味な作品にしている一因かもしれない。反撃したり作戦を練る余地のない、絶対に勝てる見込みのない相手からの攻撃と想定通りのバッドエンドを観せられる映画だからだ。では「全く面白くない作品か?」と言われれば、”お化け屋敷感覚”として楽しめる。この「曜日」を順番に進んでいく”一直線構造”がまるでジェットコースターのように、本作はひたすら「観客を怖がらせること」に集中した作品だからだ。最後まで明確な姿を現さない”悪魔”は、人の弱みに付け込み幻影を見せることにより主人公を追い込んでいく。わざわざ死んだ母親の声色で電話してきたり、シャワーシーンを覗き見したり、電気を付けたり消したりしてきたりなど、よく考えればほとんどストーカーの嫌がらせの類なのだが、本作の中だとこれらが”ビックリ恐怖演出”になっているのである。


また序盤にある、母親が包丁でニンジンを切りながらのそのまま指切断シーンは、編集のタイミングも絶妙で、観客に”嫌な予感”をさせておきながら、しっかりとその展開になる手腕など良い意味で”最悪の場面”だったし、終盤のルチオ・フルチ監督「サンゲリア」オマージュであろう、看護婦が自らの目に棒を突っ込むシーンなどは、驚きのあまり劇場全体から息を飲む音が聞こえたくらいだ。「シッチェス国際映画祭」で撮影賞を受賞したのが納得できる、一貫して暗く静かなトーンの作品なのに、油断したころに突然挿入される激しいゴアシーンは本作の大きな特徴だろう。

 

そしてヤギは「スケープゴート」という言葉があるように、聖書では「身代わり」や「生贄」の象徴なのだが、生家で飼っているのがヤギの群れでありそれらが大量虐殺されるという展開がある。強く「キリスト教」を意識した流れなのだろうが、本作の”悪魔”は神父の姿を模倣して現れ、母親が持っていた十字架や歌う讃美歌はまったく効果がなく、「イエスはあなたを愛する」というセリフからも信心深いことがわかる看護婦も、自殺に追い込まれてしまう。これらの展開は、特にキリスト教圏の観客には強い恐怖を与えるのだと思うし、それらの禍々しさがスクリーンを通して伝わってくる。


シンプルに怖がらせることに特化した、ホラー映画だ。凝った謎解きやどんでん返しなどは一切なしで、上映時間95分の王道ホラー映画を描き切った監督の手腕には感心する。主張してくる劇伴もいかにもホラー映画のBGMといった感じで雰囲気を盛り上げるし、演出も手堅く”ウェルメイド”なホラー映画だと思う。全体的に画面は暗く、スター俳優もいないため相当に地味な作品だが、ブライアン・ベルティノ監督はこれから大作を手掛けそうな雰囲気があるので、まずホラー映画好きであれば観ておいて損はない。ただ完全なバッドエンドで鬱展開のため、観る人を選ぶ作品なのは間違いないだろう。この公開規模なのも納得である。

 

 

6.0点(10点満点)