「告白、あるいは完璧な弁護」を観た。
スペインでヒットした、オリオル・パウロ監督による2017年の映画「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」を、「マリン・ボーイ」を監督したユン・ジョンソクがリメイクしたサスペンススリラー。同時に脚本もユン・ジョンソクが手掛けており、韓国では興行収入ランキング初登場第1位を記録している。第42回ファンタスポルト(ポルト国際映画祭)監督週間部門の「最優秀監督賞」受賞作品で、密室殺人の容疑をかけられたIT企業社長が、女性弁護士と共に事件の真相を深堀りしていくという構成を持った、いわゆる先の読めない”どんでん返し”が特徴の作品でもある。出演は「Be With You いま、会いにゆきます」「王の運命(さだめ)歴史を変えた八日間」のソ・ジソブ、「国際市場で逢いましょう」「ハーモニー 心をつなぐ歌」のキム・ユンジン、韓国女性アイドルグループ「AFTERSCHOOL」のメンバーで、「スウィンダラーズ」にも出演していたナナなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ユン・ジョンソク
日本公開:2023年
あらすじ
IT企業の社長ユ・ミンホの不倫相手であるキム・セヒが、ホテルの密室で殺害された。第一容疑者となったミンホは犯行を否認し、敏腕弁護士ヤン・シネを雇って事件の真相を語り始める。ミンホは事件前日に起きた交通事故がセヒの殺害に関係しているかもしれないと告白し、事件の再検証が始まるが、目撃者が現れたことによって事態は思わぬ方向へと転がっていく。
感想&解説
2013年の「ロスト・ボディ」を手掛けたスペインの才人オリオル・パウロ監督による、オリジナルの「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」は非常によくできた脚本のサスペンスだったが、本作はそれを韓国に舞台を移して踏襲した、良作リメイクだったと思う。上映時間105分の中で起承転結がバランスよく配置されており、次々に起こっていくツイストによって、観ていて退屈することはないし、冒頭から”雪の山荘”での会話劇という、ミステリ好きとしては期待が高まるシチュエーションなのも良い。配役も罪に問われているIT社長のミンホを演じたソ・ジソブと、女性弁護士ヤン・シネを演じるキム・ユンジンが本作を引っ張るメインキャラクターなのだが、彼らの重厚な演技によって本作のクオリティは高いポイントで保たれていると感じる。全体的にサスペンスとしては、十分に見ごたえのある作品だと思う。
IT企業社長ユ・ミンホの不倫相手キム・セヒが密室のホテルで殺され、事件の第一容疑者となったミンホ。だが彼は自身の潔白を主張し、100%無罪を勝ち取れるという敏腕弁護士ヤン・シネを雇い、事件の顛末を語っていく。真犯人は別にいて自分は不倫をネタに何者かに脅迫されていたと言うのだ。だが彼の語る真相に不信感を感じた弁護士のヤンは「真実を語れば無実にできる」と語り、以前から行方不明になっているハン・ソンジェという青年の写真を取り出す。このソンジェの失踪には、ユ・ミンホとキム・セヒが山道で起こした交通事故が関係していたことを事を追求するヤンに、ミンホはその事故の経緯を語っていく。だが、その自白にもある秘密が隠されていた。この錯綜する2つの事件と証言から、事件は二転三転していくことになる。
ここからネタバレになるが、本作には大きく二つのツイストが用意されている。ひとつは、このミンホが語る交通事故にまつわる配役が”完全に逆”で、実は車を運転して事故を起こしたのはキム・セヒではなく、ユ・ミンホだったことだ。ミンホが語っていた、そもそも別れ話を切り出したのがミンホであり、相手の車にいたソンジェ青年が重傷であることを知り、事故の隠蔽を画策したのはキム・セヒであるように描かれた、最初のミンホによる回想はすべて虚偽だったのである。そしてもう一つのツイストは、弁護士ヤン・シネの正体が、実は殺されていたソンジェの母親であったという点だ。オリジナルのスペイン版では、母親が弁護士に顔のマスクで”変装”していたという設定で、演じていた女優も代役を使わず一人二役だったのだが、さすがにキム・ユンジンという有名女優を使ったこの韓国版では、同じ手段を避けている。
とはいえ、この母親の顔が巧妙に見えないような演出が随所にされており、実は若干の違和感を感じるのだが、その後にこの母親がホテルのフロント係だったことを表現する際には、まったく違う女優が使われているため、母親の顔についてはミスリードさせられる。だがこれも、弁護士ヤン・シネの推理シーンでの回想であるため、アンフェアな表現ではなく、物語上の整合性はしっかりと取れていると感じる。このミンホとヤン・シネはそれぞれ嘘をついているため、ミステリで言うところの「信用できない語り部」だ。よって彼らによる回想映像に関しては、真実でなくても違和感はないのである。ただオリジナル版は、「この母親は劇団員だった」という設定だった為、あれだけの演技が出来たというエクスキューズになっているのに対して、韓国版ではテレビ局の記者という設定で「法律に詳しい」という説明にはなっているが、自分の息子を殺したであろう男を前に、彼女があれだけ論理的にミンホを追い詰めていけることへの違和感はやや残る。最終的にはサインの筆跡によってバレてしまうのだが、そこまでは本物のヤン弁護士だとミンホに信じ込ませることに見事成功しているからだ。
そしてオリジナルとの大きな変更点は、エンディングの展開だろう。オリジナルでは、弁護士に扮した母親が息子を沈めた湖の場所を聞き出し、向かいのホテルという安全圏から自分の正体を暴露することによって、真相がフラッシュバックで明かされていくという構成だったのに対して、本作は大きな改変が加えられている。サインの筆跡によって弁護士の正体を見破ったミンホは、自分が被害者となって本物の敏腕弁護士のヤンに救助してもらおうと、猟銃を持たせて自分の肩に発砲し、自ら警察に通報する。しかも車を沈めた湖の場所は、弁護士をすでに怪しんでいたミンホによる虚偽の場所で、死体と車は絶対に見つからないと彼は踏んでいたのである。駆け付けた警官によって逮捕される母親とそれを呆然と見つめる、ソンジェ青年の父親。そして自分は救急車によって搬送され、これで逃げ切れたと笑いだすミンホ。だが母親は山小屋に飾ってあった写真から息子が沈んでいる湖を推理し、そこから実際に車が発見されることによって、ミンホが逮捕されるという展開となる。ソンジェを殺したレンチと死体がトランクには残っていただろうからだ。この展開は観客に、一度犯人に逃げられてしまうというスリルを感じさせた後、大逆転で逮捕されるという緩急があり、オリジナルよりもカタルシスのある見事なエンディングの改訂だったと思う。これは脚本を担当した、ユン・ジョンソクの功績だろう。
あの湖から車を引き揚げるためのクレーン車が通り過ぎるときの、ミンホの失意と力強く走り去るクレーン車との対照的な構図など、このラストシーンにおける演出は見事だったし、「カメラがなくて近道だから右に曲がって」と、自分の判断で曲がった後に自動車事故に遭う運命など、映画的にもそれなりに面白い演出が多かった韓国版。また、雪が降る田舎が舞台といえば、コーエン兄弟の96年作品「ファーゴ」を強烈に思い出したが、息子を亡くした夫婦の哀しみを過度にエモーショナルな演出で描かずに、エンディングも含めて、乾いたタッチで突き通したのも良かったと思う。また韓国女性アイドルグループ「AFTERSCHOOL」のナナは、初めて映画作品で観たのだが、「世界で最も美しい顔1位」に選ばれたという整った顔立ちはスクリーン映えするし、序盤の悪女ぷりも素晴らしかった。今後の作品でもぜひ出演して欲しいものだ。
ポン・ジュノやパク・チャヌク、ナ・ホンジンのような強烈な作家性で、「とんでもない作品を観た」というタイプの映画ではないが、とにかくサスペンススリラーとしてバランスの取れた、このジャンルが好きな観客なら、ほとんどの方が満足できる一作だと思う。そもそも、オリオル・パウロ監督によるオリジナルの脚本が良かったということもあるが、このユン・ジョンソク監督による韓国版もアジアを舞台に変えたことにより、”独特の空気感”が感じられる良作であった。韓国映画にしては暴力描写もなく、全体的にはややお行儀がよ過ぎる印象は否めないので、ワンシーンくらいもっと強烈な印象を残す個性的な場面があると良かったが、これは”ないものねだり”なのかもしれない。寡作な作家のようだが、本作のヒットを受けての次回作が楽しみな監督である。
7.0点(10点満点)