映画「ハート・オブ・ビースト」を観た

『フューリー』『エンド・オブ・ウォッチ』『スーサイド・スクワッド』のデヴィッド・エアー監督がメガホンをとり、アラスカ奥地に取り残された退役軍人と義足の元偵察犬の言葉を超えた絆を描いたサバイバルドラマ。製作には『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督や『メイズ・ランナー』シリーズなどのプロデューサーであるマーティ・ボーウェンが名を連ねている。出演は『ブレット・トレイン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のブラッド・ピット、『セッション』『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』のJ・K・シモンズ、ドラマ『ここが世界の最北端』のアンナ・ラムなど。ブラッド・ピットは、本作ではプロデューサーも兼ねている。今回もネタバレありでレビューしていきたい。
監督:デヴィッド・エアー
出演:ブラッド・ピット、J・K・シモンズ、アンナ・ラム
日本公開:2026年
あらすじ
かつて陸軍特殊部隊で生死を共にした退役軍人ジェームズと元軍用偵察犬で義足のオーディンは、現在も相棒として深いつながりで結ばれていた。アラスカ上空を飛行中にアクシデントに見舞われた彼らは、「魔の領域(ハート・オブ・ビースト)」と呼ばれる奥地に不時着してしまう。マイホームへの生還を目指し、彼らは互いを支え合いながら過酷な大自然を乗り越えていく。
感想&解説
デヴィッド・エアー監督といえば近年『ビーキーパー』『ワーキングマン』という、アクションを中心にしたジェイソン・ステイサムとのタッグ作のイメージが強いが、元々はデンゼル・ワシントンが汚職警官を演じたクライムドラマのアントワン・フークア監督による2001年『トレーニングデイ』の脚本や、P.O.V視点からLA警察の日常を切り取った2012年『エンド・オブ・ウォッチ』、ブラッド・ピットと初タッグ作品であり本物のティガー戦車を撮影に投入したことでも有名な2014年『フューリー』など、ハードでリアルな警官とギャングによる暴力や、戦争による軍人の葛藤を描いた作品の名手だったと思う。
監督自身が幼いころに父親を亡くし、問題行動で10代に学校を退学になった後は犯罪地区で暮らし、その後アメリカ海軍の潜水艦部隊に所属したという異例の経歴の持ち主であり、その経験を活かし、犯罪や戦争を舞台にした男たちによる骨太のドラマを描いてきた映画作家だろう。そんな彼のキャリアでの黒歴史として有名なのは、2016年『スーサイド・スクワッド』だ。あのデヴィッド・エアーがアメコミであるDCヴィラン映画を手掛けるということで、大注目された作品だったが結果は酷評の嵐で、その後『ビーキーパー』までキャリアは停滞してしまう。映画会社と編集の方向性でこじれたらしいが、元々の資質が作品と合っていなかったのかもしれない。そんなデヴィッド・エアーが本来の力量を発揮した最新作が、本作『ハート・オブ・ビースト』だ。
主演のブラッド・ピットとは『フューリー』以来2回目のタッグ作となり、彼は製作総指揮と主演を兼ねている。それにしても、本作は過去のデヴィッド・エアー作品とはまったく違う異色作になっていると感じる。上映時間のほとんどは、ブラッド・ピット演じるジェームズとジャーマン・シェパードのオーディンという、一人と一匹の演技だけで占められるが、静謐な感動とエンタテイメント性に溢れた作品になっているのだ。ストーリーとしてもシンプルそのもので、飛行機で山中に墜落してしまった彼らの行動だけを描き続ける為、余計なサブストーリーやストーリーのツイストなどは皆無だが、上映時間101分をまったく飽きさせない。ここからネタバレでレビューしていきたい。
アラスカの大自然の中を飛行機で旅する退役軍人のジェームズは、元偵察犬オーディンと常に行動を共にして固い信頼関係で結ばれており、どんな時でも一緒に時間を過ごしている。オーディンは戦争によって右前脚を失い義足をはめており、PTSDを患っているが、ジェームズも同じく戦争で死線をくぐり抜けた経験から、悪夢によってうなされている。そんなある日、操縦中のジェームズが心臓発作を起こしたことで、飛行機は山奥に不時着してしまい、そこから一人と一匹の決死のサバイバルが始まる。時に激流に流され、時にクマやオオカミたちに襲われながら、彼らは無事に生還することが出来るのだろうか?というストーリーだ。
まず冒頭、道に佇む一匹の犬と彼を発見するトラックの女性のシーンを入れることで、「これからどんな過酷な旅になろうとも、犬は最後まで助かる」という表明をしてくれるのだが、これは絶対に必要だったのだろう。普通であれば、それすらも隠しておいた方が映画的なスリルは担保されるはずだが、冒頭から”犬は死なない”という安全宣言をしないと、それが気がかりで映画本編に没頭できない観客がいることを作り手は見抜いていたのだと思う。それだけ本作におけるオーディンは、神々しくもあり可愛らしい。そしてその後の、ジェームズとオーディンの絆をじっくりと描いていくシーンがまた素晴らしい。一緒にテントの中で生活を共にし、釣りをして食事をするという日常場面の数々なのだが、彼らが本当に愛し合っていることが伝わってくるのだ。ちなみに、ジェームズがテントの中で読んでいるのは、コーマック・マッカーシーの代表作である『ザ・ロード』だ。文明が崩壊した世界を舞台に、父子がひたすら南を目指して歩くというシンプルな物語が、本作の内容とリンクしている。
さらにこの後、ジェームズはJ・K・シモンズ演じるワトキンスという男と遭遇する。彼はジェームズとビールを飲みながら、自分たちの過去について語る。ワトキンスは採鉱員でありそれが天職だったと語りながら、ジェームズとオーディンの絆を表現するような一節が書かれた本を残して去っていく。カヌーで朝靄の中に去っていく彼は、ほとんど”死者の世界と現世をつなぐ存在”である黄泉の渡り人のようだったが、ある意味では”人間の善性”を示したような人物なのだろう。 極めて短い出演時間でありながら、J・K・シモンズという大物俳優をキャスティングした効果もあり、絶大な印象を残すキャラクターになっている。そしてワトキンスと別れた直後、ジェームズは命を懸けたサバイバルに放り出されることになる。
ここからは怒涛の展開となるが、激流の上の大木から落ち、クマやオオカミに襲われ、平原だと思っていた沼地では溺れかけ、満身創痍で旅を続けるジェームズたちの旅は想像以上に過酷だ。腕から骨が飛び出し、腹からは肉が露出し痛々しいことこの上ない。だが彼は常にオーディンのために火を起こし、寝どころを整えて餌を与える。そんなジェームズのサバイバル術も本作の見どころの一つだろう。タイトルの『ハート・オブ・ビースト』とは、今回の舞台であるアラスカの奥地(魔の領域)の比喩だが、直訳すれば「野獣の心臓」となり、このジェームズとオーディンのタフな心臓のことも指しているのだと思う。遂には命を落としてしまうジェームズは、彼を大事に育ててほしいと手紙によってオーディンを次世代に託す。戦争によって傷ついた二人は魂で繋がっており、死んでもそれは解かれないのだ。特に犬好きには涙なくしては観られないシーンだろう。シンプルな物語でありながらも、しっかりとした演出で愛犬との絆と冒険を描いた本作は、デヴィッド・エアーの新たな力作であり新境地だったと思う。
8.0点(10点満点)