映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。劇場公開されている新作映画を中心に綴っていこうと思います。

「女王陛下のお気に入り」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

女王陛下のお気に入り」を観た。

f:id:teraniht:20190220214425j:image
監督:ヨルゴス・ランティモス

出演:オリビア・コールマン、エマ・ストーンレイチェル・ワイズニコラス・ホルト

日本公開:2019年


「ロブスター」「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」というあまりに個性的な作品を次々に発表し続けている、ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督の新作が公開となった。前作の「聖なる鹿殺し」を本ブログの2018年度映画ランキング20位に位置づけたが、いまだに忘れらない一作として記憶に残っている。本作「女王陛下のお気に入り」は、第91回アカデミー賞でも最多10ノミネート、世界最大の映画批評サイトRotten Tomatoesでも94%の高評価と、批評家&一般ユーザー共にかなり評判が良いようだ。東京都内の映画館でも昼間の回から満席の大盛況ぶりらしい。そんなに一般受けする作品を、あのヨルゴス・ランティモス監督が撮ったのかと不思議な気分だが、さて実際の感想はどうだったか?今回もネタバレありで。

 

あらすじ

18世紀初頭、フランスとの戦争下にあるイングランド。女王アンの幼なじみレディ・サラは、病身で気まぐれな女王を動かし絶大な権力を握っていた。そんな中、没落した貴族の娘でサラの従妹にあたるアビゲイルが宮廷に現れ、サラの働きかけもあり、アン女王の侍女として仕えることになる。サラはアビゲイル支配下に置くが、一方でアビゲイルは再び貴族の地位に返り咲く機会を狙っていた。戦争をめぐる政治的駆け引きが繰り広げられる中、女王のお気に入りになることでチャンスをつかもうとするアビゲイルは、遂に恐ろしい行動に出る。

 

感想&解説

本作も色々な意味でしばらくは脳裏に残って、忘れられない作品になっていると思う。これだけ映画が多く公開されている中で、この一点だけでもこの監督の実力は大したものだろう。作品の概要は、女王の寵愛を巡って2人の女性が延々と駆け引きと策略を繰り広げる、18世紀イングランド版「大奥」なのだが、作品のタッチはシュールコメディといった感じだ。延々とワガママを通す女王様に、基本は強気で振る舞うが、たまに優しさを見せるツンデレのレディ・サラ(レイチェル・ワイズ)と、完全に心も身体も奴隷となって取り入るアビゲイルエマ・ストーン)。両者の必死の攻防と女王様の屈折した性癖に気持ちはドン引きしながらも、思わずクスッと笑えてしまうというバランスの作品だ。


特にアビゲイルがわざとらしく咳をして、女王の為に薬草を摘んできた事で風邪をひいた事をアピールするシーンの、アビゲイルとレディ・サラの視線の交わしあいなど、現実社会の女性同士のマウンティングを見ているようで背筋が凍るが、本質的にはこういうシーンがこの映画の魅力なのだと思う。ただ、この作品は登場キャラクターも含めて史実に基づいており、歴史的にはイングランドはフランスと戦争中だ。この戦争を続行するため市民の増税をするかしないか、更に言えば、戦地に赴いて命を懸けて戦っている兵士がいるという背景の裏で、一国の指導者である女王がこれほど馬鹿げた「女の嫉妬合戦」を操っていたかと思うと、正直気が滅入る。この映画を観ている間のこのなんとも居心地が悪い感じも含めて、やはりヨルゴス・ランティモス監督の作品だなぁと強く感じるのだ。


逆に言えば、それだけアン王女を演じるオリビア・コールマンの演技は素晴らしいと言える。宮廷内での家臣たちへの横暴な振る舞いや、不安定な精神状態の描写は観ていて、イライラさせられる事この上ない。17羽のうさぎを自室で遊ばせながら、突然わめき出したり窓から外へ飛び降りるような素振りを見せたりと、次々とトラブルを起こしてくれる。流産や不慮の病気などで子どもの死を何度も経験してきたという彼女のキャラクターは、その危うげな言動で完全にスクリーンを支配する。そのコントラストとしてエマ・ストーンの若さや美しさ、レイチェル・ワイズの知性や行動力といった要素を持つ、二人の女優が映えるのだ。


また今作の撮影は、1976年公開のスタンリー・キューブリック監督「バリー・リンドン」を思わせる蝋燭の煌めきや自然光だけの撮影、美術や小道具の美しさが素晴らしい。さらに広角レンズや魚眼レンズをあえて使った、観客への違和感の演出やカメラを意識させることへの客観的な視点など、撮影手法が映画の演出に影響を及ぼしているのも面白い。観客が今観ている状況の違和感を、あえてレンズを通して画面を歪ませることで表現しているのである。


ラストシーン、レイチェル・ワイズ演じるレディ・サラを王宮から追放し、王女の部屋にいるウサギを踏み潰そうとするエマ・ストーン演じるアビゲイルは、一見すれば勝者に見える。ウサギはもちろん、さみしがり屋で孤独なアン王女のメタファーでもあり、17人の子供を亡くしてきた彼女の哀しさの象徴である。だが、その直後のシーンで不機嫌な王女の脚を屈辱的な恰好で揉まされるアビゲイルに、勝者の面影は微塵もない。観客は2時間に亘り、彼女たち三人の揺れ動く関係性を通じて何を見せられたのかが最後まで分からない。ただ、漠然とした不条理さが残るエンディングなのである。


ヨルゴス・ランティモス監督の作品に、単純なカタルシスは無い。だが映画を観る快楽を確実に感じさせてくれる。本作「女王陛下のお気に入り」は、アカデミー作品賞を獲るような崇高な作品ではないと思うが、間違いなく作家性を感じる優れた映像作品だと思う。