映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「THE GUILTY ギルティ」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「THE GUILTY ギルティ」を観た。

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監督:グスタフ・モーラー

出演:ヤコブ・セーダーグレン、イェシカ・ディナウエ、ヨハン・オルセン

日本公開:2019年


第34回サンダンス映画祭で観客賞を受賞するなど、世界中で話題を呼んだデンマーク製のサスペンス映画。全米最大の映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では初登場100%をたたき出すなど、大変な話題作である。本作が長編デビュー作でまだまだ無名のグスタフ・モーラー監督は、これでかなり名を上げただろう。緊急通報司令室のオペレーターである主人公が、電話からの声と音だけで誘拐事件を解決するというあまり過去に例のないコンセプトで、そこが高く評価されているようだ。都内の映画館で観たのだが、日曜日お昼の回は満席だったし、日本でもかなりお客さんが入っているようである。さてそんな本作の感想はどうであったか?今回もネタバレありだが、本作をこれから観る予定のある方は絶対に読まない方が良いので、ご注意を。

 

あらすじ

アスガー・ホルムはある事件をきっかけに警察官としての一線を退き、緊急通報司令室のオペレーターとして、交通事故による緊急搬送手配などの応対をする日々を過ごしていた。そんなある日、今まさに誘拐されているという女性自身からの電話通報を受ける。車の発車音、女性の怯える声、犯人の息遣いなど、微かに聞こえる音だけを手がかりに、アスガーは事件を解決することになる。

 

感想&解説

低予算映画のお手本のような作品だと言えるだろう。まさか、ここまでミニマムな舞台でストーリーが進行するとは思わなかった。過去にもワンシチュエーション&リアルタイムで進行する作品には、1995年ジョン・バダム監督「ニック・オブ・タイム」、2008年ジョン・アヴネット監督「88ミニッツ」、2010年ロドリゴ・コルテス監督「リミット」など様々な作品があったが、1957年のシドニー・ルメット監督「十二人の怒れる男」などの傑作を除いて、正直上手くいっているケースは少ない気がする。やはり映画にとって「画替わりがしない」というのは、かなりのハンデという事なのだろう。だが、この作品は「音と声」だけでストーリーを進行させるというコンセプトと、ワンシチュエーションがうまく融合している好例だと思う。


この作品もオペレーターとして主人公が勤める緊急通報司令室から、舞台が移動する事はなく、ほぼ画面上にはアスガー・ホルムという人物が誰かと電話している姿だけが映し出される。本作は、移動中の車の中から緊急通報司令室に女性から「誘拐された」と電話が入った為、その女性を遠隔地から電話だけでなんとか救出しようと奮闘する主人公の姿を描く作品だ。ストーリーが進むと、どうやらこの女性を誘拐したのは元旦那の男らしいという事が判明し、さらに彼らの間には二人の子供がいることが分かってくるのだが、キャラクターはこの誘拐された女性イーベン、元旦那ミケル、二人の長女であるマチルド、通信指令室のオペレータ、警官時代の相棒ラシッドと登場人物は極めて少ない。主人公が彼らと交互に電話しながらストーリーは進むのだが、この作品のテーマは「先入観」だと思う。


観客は視覚からの情報が極めて限られた設定の中で、電話口の向こうの状況を頭の中で想像しながら映画を観る。誘拐された女性が車の中から「娘にかけている」と偽って電話している向こう側のやり取り、雨の中を車が走っている音、捜査員が見つけた赤ん坊の死体を報告する際の動揺する声、元旦那の男が発する異常性を帯びたセリフ、長女マチルドの「パパがナイフを突きつけてママを連れていった」という涙ながらの証言、これら全てが観客のミスリードの為に用意された伏線であり、「先入観」を植え付ける為のトリックとして機能している。


結局、メインのオチとしては「実は赤ん坊を殺していたのは母親の方で、父親は彼女を精神病院に連れ戻そうとして車で連れ去っていた」というものだが、人によっては途中で真相に気づいてしまうかもしれない。だが、主人公のアスガーが情緒不安定で観客が信用できないキャラになっている事や、そもそも過去の警官時代に犯した過失で何か秘密を抱えている設定などが少しずつ明らかにされる為、物語後半までこの主人公の行動に対して、観客から懐疑的な視点が抜けない作りになっているのも効果的だ。この映画はオチの衝撃度というよりはこの「抑制の効いた演出」が見どころと言っても良いかもしれない。「元夫が犯人で、誘拐された女性が被害者だという先入観」、「この主人公が事件に関与して何かを隠しているのでは?という疑惑」を、観客へ植え付ける為の情報コントロールが上手いのだ。


またこの「THE GUILTY=有罪」というタイトルの意味が分かる、後半の展開も興味深い。アスガーも警察官の職務中に19歳の少年を射殺していたという過去があり、それを裁判の偽証によって乗り切ろうとしていたという事実が終盤にわかる。だが我が子を殺めてしまったことを知り、自殺しようとする母親イーベンを電話口から止める為、過去の自らの罪を告白し、更にイーベンには愛してくれる娘のマチルドがいる事を伝えて、彼女の自殺を食い止める。そしてラストカットはアスガーが自らの携帯電話で、誰かに電話するシーンで映画が終わる。誰に電話したのかは直接描かれないが、恐らくは事件により自分から離れていった奥さんだろう。自らの罪と向き合い、もう一度自分を愛してくれた人と人生をやり直すのだというメッセージだと思う。


間違いなく非常に良く出来た作品だし、上映時間も88分とタイトで飽きさせない。だが、若干期待値のハードルを上げ過ぎたせいか、もう少しオチに捻りがあると良かったかなと贅沢な事を言いたくなるが、アイデア一発とはいえ役者の演技も含めて演出力が秀でた作品だった。ハリウッドでのリメイクも決定しているらしい。グスタフ・モーラー監督の次回作は大きなプレッシャーだろう。本作と同じコンセプトでは二度と作れないだろうから、次はどんな映画になるか期待大である。