映画を観て音楽を聴いて、解説と感想を書くブログ

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映画「WAVES ウェイブス」ネタバレ感想&解説

WAVES ウェイブス」を観た。

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イット・カムズ・アット・ナイト」のトレイ・エドワード・シュルツが監督・脚本を手がけた、ヒューマンドラマ。制作は「ムーンライト」「ミッドサマー」などの話題作を、次々と発信し続けているスタジオ「A24」。オリジナル・スコアを手掛けているのは、映画「ソーシャル・ネットワーク」でアカデミー賞作曲賞も受賞しているナイン・インチ・ネイルズトレント・レズナーアッティカス・ロスで、今回も素晴らしいサウンドを提供している。主演は「ルース・エドガー」のケルビン・ハリソン・Jr.、その他は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のルーカス・ヘッジズや、「エスケープ・ルーム」のテイラー・ラッセルなど。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:トレイ・エドワード・シュルツ

出演:ケルビン・ハリソン・Jr.、ルーカス・ヘッジズ、テイラー・ラッセ

日本公開:2020年

 

あらすじ

フロリダで暮らす高校生タイラーは、成績優秀でレスリング部のスター選手、さらに美しい恋人もいる。厳格な父との間に距離を感じながらも、何不自由のない毎日を送っていた。しかし肩の負傷により大切な試合への出場を禁じられ、そこへ追い打ちをかけるように恋人の妊娠が判明。人生の歯車が狂い始めた彼は自分を見失い混乱することによって、やがて決定的な悲劇が起こる。1年後、心を閉ざした妹エミリーの前に、すべての事情を知りながらも彼女に好意を寄せるルークが現れる。

 

感想&解説

本作は「プレイリスト・ムービー」と呼ばれる、劇中でかかる31曲のメロディや歌詞が登場人物の心情や状況とリンクし、楽曲の内容で情報を観客に伝えるという面白い手法を取っている。その為、トレイ・エドワード・シュルツ監督は物語に合わせた楽曲を選定するのではなく、楽曲から得たインスピレーションをもとに脚本を執筆するという、通常とは逆の発想で制作を進めたようだ。「プレイリスト・ムービー」という名称から想像する、ミュージカルのように劇中ひっきりなしに音楽がかかるという作りではなく、いざという時に効果的な音量と演出で、著名なアーティスト達の曲が流れ、その歌詞の内容に呼応するように主人公たちが悩み、怒り、そして慟哭する。

 

海外メディアのVariety誌が「一生に一度の傑作!」と評しているが、本作が恐ろしいほどの大傑作である事には強く同意だ。大きく二部構成を取る作品だが、360度カメラによる撮影やキャラクターの心情に合わせて、画面比率であるアスペクト比の大きさが変わったりといったユニークな演出方法もさることながら、登場キャラクター達の心情が手に取るように解り、強く共感できる脚本も素晴らしい。鑑賞しながら若者たちの心情と同じように揺れるカメラと共に、心が掻きむしられるような感覚になるのだが、最後にはそれが爽やかで暖かな気持ちへと変化していく。また主要な役者たちも目を見張る演技を魅せている。特にケルビン・ハリソン・Jr.は、最近「ルース・エドガー」を観たばかりなので完全にファンになってしまった。まだ26歳なのにすごい役者だと思う。しかも途中でピアノを弾くシーンがあるのだが、どうやら彼のオリジナル曲らしい。音楽一家で育ったらしく本格的にジャズを学んだ経験もあるとの事で、その才能の豊さには感服するしかない。

 

物語はケルビン・ハリソン・Jr.が演じる、高校生のタイラーの視点で始まる。レスリングのスター選手であり、愛し合っている恋人がいて、厳しい父親ながらも裕福な家庭で育てられてと、非常に幸福な人生を歩んでいるタイラーだったが、ある日、肩を酷く負傷している事を知ってしまう。すぐにレスリングを止めないといけない程に深刻な負傷だったが、父親もレスリングのコーチでありその将来への強い期待から、ケガの事を言い出せない。そして遂に大きな試合中、肩を完全に壊してしまい、レスリング選手としての未来が潰えてしまう。そんな最中、恋人のアレクシスから妊娠を告げられる。高校生カップルが子供を産んで育てる事は無理だと説得するタイラーだったが、アレクシスは中絶する事を決心できず、罵倒しあう二人の関係はそこから決定的に壊れていく。

 

ここからネタバレだが、遂に子供を産むという決断をしたアレクシスはタイラーに別れを告げる。そして、それによりタイラーは怒りと失望で自分を見失っていく。SNSでアレクシスがパーティに参加している事を知り、嫉妬と怒りに駆られたタイラーはパーティ会場に駆けつけ、アレクシスに復縁を迫る。だが拒絶され小競り合いになった末に、なんとタイラーはアレクシスを殺してしまう。その後、恐怖のあまり現場から逃走するが、すぐに警察に捕まり殺人罪で投獄される事により、タイラーの家庭も崩壊してしまう。ここから主人公がタイラーの妹エミリーに移り、兄が殺人者となった妹の人生にフォーカスされる。まるでレコードのA面とB面のように、ここを起点に映画は全く違う側面を見せるのだ。

 

エミリーは兄の異変に気付きながらも、行動しなかった自分を責めている。突然の悲劇に見舞われた家族は崩壊し、SNSでも兄や家族への誹謗中傷のコメントが絶えない。居場所が無くなったエミリーだったが、そんな時タイラーと同じレスリング部の青年ルークから声をかけられる。ルークは饒舌だったり器用な男ではないが、エミリーと同じく家族との関係にトラウマを抱えており、エミリーは彼と一緒にいると安らぎを感じ、いつしか二人は恋に落ちていく。

 

そんな時、父親からタイラーにばかり気を取られエミリーとの信頼関係を結んでこなかった事などを謝罪される。そして、もう一度家族の絆を取り戻そうとした矢先、疎遠になっていたルークの父親が危篤である事をエミリーとルークは知る。暴力的だった父親にもう会いたくないというルークを説得し、フロリダからアラバマへ父親の最期を看取る旅に出かけた二人は、衰弱したルークの父親の側で数日を過ごす事になる。それは、ルークの中にわだかまっていた気持ちを解きほぐし、父への愛を知る過程となっていく。やがて涙ながらに父の死を看取ったルークは、更に愛を深めたエミリーと共にフロリダへ帰っていく。そして、エミリーの両親もまた悲しみを乗り越えようと努力していく姿、義母が息子のタイラーに面会に行くシーン、タイラーが刑務所で恋人の写真を見るシーンなどがモンタージュで描かれ、仄かな希望の中で映画は終わる。

 

映画全編と通して、忘れがたい数々の名シーンが続いていく。フロリダの海で波に揺られる恋人たちの美しいショット、兄と妹それぞれが車の窓から身を乗り出し夜風に当たるショット、橋の上を走行中、360度カメラで車内をグルっと見渡すショット、これらは劇中で常に「対」で表現されている。前半の兄と後半の妹、それぞれの心情やパートナーとの関係で、これらのショットに意味付けされたニュアンスの違いを見事に表現している事には感心してしまうし、兄タイラーが妹エミリーの前で一度だけ泣くシーンを、後半のルークが父親を抱きしめて泣くシーンの途中で突然カットバックで入れ込む演出など、エミリーの心情がどんなセリフよりも明確に提示できる優れた手法だったと思う。

 

他にも終盤で、義母キャサリンが刑務所のタイラーに面会に行くシーン。逮捕されたタイラーの事を全く理解していなかったと夫を責めていたキャサリンだが、面会の具体的な会話のやりとりは一切描かれないにも関わらず、その後もう一度夫婦関係をやり直そうとするシーンがあることから、タイラーが父親に対して抱いている尊敬や愛の気持ちを聞き、やっと夫を理解したのだと観客が容易に想像できる流れも上手い。タイラーが刑務所で、食事前にコソコソと隠れて神へ祈るカットでは、映画序盤に教会で居眠りした事を父から咎めらるシーンから考えると、神だけではなく「父への愛」という別の意味合いを帯びてくるし、冒頭ショットの上機嫌なタイラーがドライブ中、車のハンドルを離して「俺を信じろ」と恋人アレクシスに言うシーンと、本編のラストカットで穏やかな陽光の中、エミリーが自転車を手放し運転するシーンはやはり対になっており、冒頭とラストという大きな輪が閉じられた感じがする。本作は間違いなく「喪失」と「愛」の様々な形を描いているのだが、その表現方法は繊細で多様性に富んでおり、上質なエンターテイメントになっているのだ。

 

もちろん本作を語る上で、音楽は外せない。アニマル・コレクティヴ、テーム・インパラ、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、エイミー・ワインハウスカニエ・ウエストと普段からよく聴いているアーティストの楽曲が、本作の映像と共に耳に届くと、また違った魅力を発揮していて本当に嬉しくなる。特に個人的に特筆すべきはレディオヘッドの「True Love Waits」で、素晴らしくエモーショナルなシーンでこの曲がかかった時は思わず胸が熱くなった。2016年リリースのアルバム「Moon Shaped Pool」のラストに収められているラブソングで、初めてライブで演奏されて以来、公式音源化されるまでに20年もかかっている曲だ。トム・ヨークのボーカルと歌詞の世界は、本作「WAVES ウェイブス」の重要なシーンをこれ以上ないくらい見事に彩っていたと思う。

 

本作の劇場パンフレットは、LPレコードと同じサイズで作られた大判だ。こういった遊び心からも配給会社ファントム・フィルムの作品への愛を感じるし、スタッフや役者といった作り手側からの強い想いが伝わってくる映画だと思う。トレイ・エドワード・シュルツ監督の個人的なエピソードもかなり盛り込まれているらしいが、前作2017年の「イット・カムズ・アット・ナイト」から、クリエイターとして相当な飛距離を見せた作品だと言える。ブルーレイが発売された際には、必ず購入して観返すだろう。個人的には年間ベストランキング入りは間違いない、傑作だと感じた。なかなか映画館に足を運びづらい状況だが、この作品は大きなスクリーンで観る価値のある一作だと思う。

採点:9.0点(10点満点)