「シング・ストリート」を観た。
監督:ジョン・カーニー
日本公開:2016年
ジョン・カーニー監督の新作をやっと観る事が出来た。基本的には、前作「はじまりのうた」とテーマは近いと思う。音楽によって人生が救われる人達が主人公であり、音楽で主人公の人生が動き出す話である。だが、今回はまだ自我が確立されていない高校生を主役にした事で、更に恋愛や家族との関係が絡み合い、音楽によって「成長し自立していく事」に焦点が当たった作品になっている。
あらすじ
1985年、ダブリン。両親の離婚やいじめで暗い日々を過ごすコナーは、音楽好きな兄と一緒にロンドンのミュージックビデオを見ることが唯一の楽しみという14歳。ある日、街角に立つラフィナを見掛け、瞬く間に恋に落ちた彼は、思わず「僕のバンドのPVに出ない?」と口走ってしまう。慌ててバンドを組む事になったコナーは彼女を振り向かせようと音楽活動に奔走する。だが次第に、音楽を作り演奏する喜びに純粋に目覚めていき、徐々にコナーの人生は変わっていく。
感想&解説
この映画に関しては、劇中に流れる音楽の素晴らしさ含めて「とにかく観て欲しい」以外の言葉が、あまり相応しくない気がする。青春、恋愛、音楽を題材にした新たな傑作。前作の「はじまりのうた」に続いて、監督ジョン・カーニーの才能は全く凄すぎる。この監督の作品は、今後必ず観る事になりそうだ。
高校生にとって、自分を表現出来る術を見つけたというのは、世界と戦える武器を手に入れたのと同じ感覚であろう。それがコナーにとっては、バンドであり曲を作る事だ。その証拠にバンドを始めたコナーは、今まで自分をイジメていた相手にも、毅然とした態度で「暴力は何も生まない、君にはクリエイティビティが無い」と言い切れるし、演奏中に野次を飛ばされても自分の音楽を信じているから全く気にしない。ゲイで高圧的な校長にも音楽のチカラを発揮して対抗する。(校長がゲイである事は注意深く見ていないと見逃すかも)
本人にとっては、自分の中の確固たる「やるべき事」に素直に突き動かされて行動しているだけだが、それが周りの人にとっても価値のあるものになっていく。コナーは感情の変化があった時に必ず曲を作る。彼にとって音楽を作る事はありのままの気持ちを曝け出す事でもあり、自分の心を救う事でもあるのだ。そんな彼が恋に落ちるのは、モデル志望のラフィナだ。ラフィナはバンドのPVを撮影中に、泳げないにも関わらずリアリティを出す為と自ら海に飛び込む。まさに「アートの為に身を投げる」事が出来る女性である事、自分と同じ価値観を持つ理解者である事を発見して、コナーは思わず彼女にキスしてしまう。2人はジャンルは違えど、同じ方向を目指している。だからこそ、かけがえの無い相手として激しい恋に落ちる。
友人でありギタリストのエイモンと、兄貴ブレンダンの存在感も大きい。彼らの一言や行動が、どれだけコナーの最終的な決断に影響を及ぼすかは、是非注目して欲しい。彼らは利己的な判断は一切なく本心で、コナーの事を思い発言している。だからこそ、彼らの言葉はコナーに刺さるのだ。ラストシーン、2人の人生はまだまだ不安定で危険がいっぱいである事が示される。だが、ラストカットで見せるコナーの表情を見れば、何故か「それでも彼なら大丈夫」という気持ちになる。若い彼らの未来を全力で肯定したくなるのだ。あんなに映画が始まった時はあどけなく頼りない男の子だったのに、映画が終わる106分後には、ここまで成長したのかと感慨深いし、それが全く不自然に思えない。それだけ、この映画で起こる出来事がドラマチックでエモーショナルだからだ。
最後に、劇中ではハッキリ描かれないが、兄のブレンダンは恐らくコナーのギグをこっそり観ていた様な気がする。だからこそ成長した弟に感化され、自ら歌詞を書いたり、コナーがロンドンに行く決断をした時、あんなに喜んだのでは無いだろうか。ボンクラのニートだが全て物事の本質が解る兄が、弟の才能を確信したが故の行動だったと思う。多分、兄貴もあの後しっかり自分の人生を歩み出すのでは無いだろうか。
バンドの演奏がいきなり上手すぎだとか、その撮影機材や衣装はどうやって用意したのかとか、細かい突っ込み所もあるにはある。だが、そんな事はどうでも良くなる位に素晴らしい映画だ。思わずサントラも買ってしまった位に音楽も良い。演出も的確で思い出しても素晴らしいシーンがとても多い。とにかく「何かを信じて進む者の未来には素晴らしい事が待っている」というド直球なメッセージが眩しく、切なく、愛おしい。個人的には本当に大切な一本になったし、大好きな映画である。後半の30分はずっと泣きながら観ていたので、冷静な気持ちでもう一度観たい作品だ。何度観ても、僕は泣いてしまうのだろうけど。
採点:9.5(10点満点)