「ダンケルク」を観た。
全世界待望のクリストファー・ノーラン監督新作の「ダンケルク」を鑑賞した。ノーランと言えば「メメント」「ダークナイト」「インセプション」「インターステラー」など、オリジナリティ溢れる脚本と独特のビジュアルセンスで、高い評価を得てきたイギリス人監督だ。今作のプロモーションコピーにも、クリストファー・ノーランの名前がかなり前面に出ていて、「名前で客が呼べる監督」として日本でも一般層に認知が上がってきている。今回は第二次世界大戦のイギリス、フランスを始めとする連合軍と、ドイツ軍との戦いにおけるダイナモ作戦という「撤退」をテーマにした戦争映画であった。
監督:クリストファー・ノーラン
出演:フィン・ホワイトヘッド、ハリー・スタイルズ、トム・ハーディ、ケネス・ブラナー
日本公開:2017年
感想&解説
極めてオリジナリティ溢れる戦争映画だと思う。突然、ただ戦場に放り込まれて「そこで起こっている事」を目の当たりにしている様な気持ちになる作品だ。シナリオらしいシナリオも無い。兵士たちが空爆から逃げ惑い、水の中で溺れ苦しみながら必死に生き抜く様を、圧倒的なビジュアルと共に106分に渡り鑑賞する。よって緊迫感は凄まじい。ほぼ無名の新人役者たちが主人公の為、常に緊張を強いられ、誰がいつ死ぬか分からない死の恐怖が画面に付きまとう。更に映画音楽の巨匠ハンス・ジマーが奏でる、時計の針が進む音が配された巧妙なスコアとSEにより、神経が圧迫される。結果、とても観ていて疲れる映画なのである。
構成も特殊だ。陸海空と、3つのパートから映画は構成されているが、それぞれのパートの時系列と時間軸はバラバラに編集されている。陸のストーリーはある1週間、海は1日、空は1時間の出来事を、なんの説明も無くシームレスに繋げて編集しているので、さっきまで朝のシーンだったのに、突然夜になり、また昼になるという事が平然と起こる。登場キャラクターによって、今どのパートの話なのかは理解出来るのだが、もはやこの先、映画がどう転がっていくのか?は全く分からないという作りになっており、まさに戦場にいる感覚に近いパニック感が演出されている。
敵兵であるドイツ軍がほぼ登場しないのも特徴だ。今作は戦う事よりも、撤退を遂行する作品という事もあり、まるで「姿が見えない敵」からの攻撃からいつも逃げている様な、キャラクターたちの寄る辺なさを観客も感じる作りなのである。
また、クリストファー・ノーランと言えば、デジタル主流になりつつあるデジタルシネマに対し今もフィルム主義者として有名だが、今作の豊かなビジュアルは、かなりその恩恵に預かっていると言えるだろう。本当に(どうやって撮ったの?)と思える程、戦闘機が被爆して撃沈する様、砂浜に空中から砲撃される様、ダンケルクの浜辺に兵士たちが密集している様など、CGIでは表現出来ない、とてつもないリアリティのある映像が続く。
パンフレットによれば、IMAXフィルム撮影が全体の75%、65mmフィルム撮影が25%らしいが、これだけ高いスペックで撮影された本作は絶対にIMAXデジタルシアターで観る事をオススメする。日本にIMAXフィルム上映や、70mmプリント上映の映画館は存在しないが、せめてIMAXデジタルシアターで観てこそ、ノーランが考える「本来のビジョン」に近いものを感じられると思うし、とにかく映像の凄さが肝な作品の為に、通常上映では勿体ない。特にこの映画に関しては、家庭でのDVD鑑賞では恐らく作品の価値が大きく変わってしまうのでは無いだろうか。
いわゆる戦争をテーマにしている作品だが、流血シーンやグロテスクな描写はほとんど無い。このテーマを扱っているのに、あまりに血が流れないのは逆に不自然だし、戦争映画としてのメッセージ性は薄くなるが、そもそも本作はそこを狙ってはいないのだろう。そういう意味では、開かれたエンターテイメント作品と言える。個人的には「インターステラー」や「インセプション」の様な、凝った世界観と設定で構築された作品の方が好みではあるが、このテーマでこれだけ新しい手法と緊張感を演出できる監督はやはり稀有だと思う。思わず「ダークナイト」シリーズを再度観返して、そのあまりの面白さと才能に舌を巻いたが、次回作もあまり時間を置かずに発表してほしいものだ。クリストファー・ノーランも本作で、すっかり巨匠の仲間入りといった感がある。
採点:7.0(10点満点)