映画を観て音楽を聴いて、解説と感想を書くブログ

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映画「デッド・ドント・ダイ」ネタバレ感想&解説 ジム・ジャームッシュの脱力系ゾンビムービー!

「デッド・ドント・ダイ」を観た。

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ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ダウン・バイ・ロー」「ミステリー・トレイン」などで知られる、奇才ジム・ジャームッシュゾンビ映画を撮ったという事で話題になっている作品。主演は「ブロークン・フラワーズ」など、ジム・ジャームッシュ作品ではおなじみのビル・マーレイと、2017年「パターソン」で組んだアダム・ドライバー。その他にも、ティルダ・スウィントン、クロエ・セビニー、スティーブ・ブシェーミトム・ウェイツ、セレーナ・ゴメス、ダニー・クローバー、イギー・ポップといった豪華な面々が出演している。第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品でもある。今回もネタバレありで。

 

監督:ジム・ジャームッシュ

出演:ビル・マーレーアダム・ドライバーティルダ・スウィントン

日本公開:2020年

 

あらすじ

アメリカの田舎町センターヴィルにある警察署に勤務する、ロバートソン署長とピーターソン巡査、モリソン巡査は、他愛のない住人のトラブルの対応に日々追われていた。しかし、ダイナーで起こった変死事件から事態は一変。墓場から死者が次々とよみがえり、ゾンビが町にあふれかえってしまう。3人は日本刀を片手に救世主のごとく現れた葬儀屋のゼルダとともに、ゾンビたちと対峙していく。

 

パンフレットについて

価格820円、表1表4込みで全44p構成。

小型サイズ。表紙と表4にコート処理。血の表現がされていてカッコいい。ジム・ジャームッシュ過去作の総括とトリビア長谷川町蔵氏、辛島いづみ氏などのレビューが掲載されている。デザイン性が高くて、クオリティ高い。

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感想&解説

約2か月ぶりにソーシャル・ディスタンスを意識した映画館での鑑賞だったが、終わった後の困惑した感じで劇場を後にする人たちが印象的だった。いかにもジム・ジャームッシュらしいオフビートなゾンビ映画とも言えるのだろうが、いわゆるゾンビ映画としての面白さを期待すると、激しく肩透かしを食うこと間違いなしである。正直、この手のジャンル映画の楽しさを「あえて」外しているといってもよい作品で、これだけハラハラしない、恐怖を感じないゾンビ映画も過去に例がないのではないだろうか。よって人によっては「時間の無駄」だと感じるくらいに、本作は厳しい評価となるだろう。そもそも監督はコメディ映画として定義しているようだが、その割には明確に笑えるというタイプの作品でもない為、その中途半端感はますます募る。


まずは冒頭、クレジットと共にスタージル・シンプソンが手掛ける、本作のメインテーマ「デッド・ドント・ダイ」が流れる。ゆるいカントリー調の楽曲だ。ここはいわゆるオープニングクレジットなので、まだキャラクターは誰も登場していない。そして映画が始まり序盤のシーン、警官役のビル・マーレーアダム・ドライバーがパトカーに乗っているシークエンスで、この「デッド・ドント・ダイ」がラジオから流れると、ビル・マーレーが「この曲、知ってる」と呟く。もちろん観客も先ほどのオープニングクレジットで流れていた曲なので、同じく「知っているな」と思っていると、アダム・ドライバーが驚くべき発言をする。なんと「テーマ曲です」とサラっと答えるのである。この時点でまず「まさか?」と疑惑を抱くのだが、その後に疑惑は確信に変わる。


ダイナーでゾンビの最初の犠牲者となった二人のウエイトレスの死体を見ながら、ビル・マーレーアダム・ドライバーが交わす会話。「犯人は誰だと思う?」というビル・マーレーの問いに対して、アダム・ドライバーが「ゾンビですね」と答えるのだが、この時点ではゾンビの存在を知る由のないキャラクターの口からあっさりと真相が明かされるのを見て、この作品がメタ構造を持っている事と、あまり真面目にストーリーを語る気がない事の二点が解る。そもそも、エネルギー会社が北極で行っている水圧破砕工事の影響で地球の地軸がずれて、ゾンビが発生したという理屈からまったく納得がいかないし、ゾンビ映画定番の「ウィルス設定」ではないなら噛まれてもゾンビ化しないのか?といえば、噛まれたらゾンビ化&頭を狙うことが対処法といった、ゾンビ映画のお約束はしっかり守られたりする。いわば整合性や伏線回収といった映画に本来求められる要素はことごとく無視されており、ジム・ジャームッシュの「ゾンビ映画ごっこ」を延々と観させられている気分になるのである。


この外した感覚はもちろん作り手も意図的だろう。セレーナ・ゴメスが演じる旅行中の女の子とアダム・ドライバーが仲良くなるシーンをあえて描いておきながら、彼女がゾンビ化する前に首を撥ねないといけないというシーン。アダム・ドライバーが刃を振りかざした際、少し躊躇するような間が入る為、「ああ、やはり彼も辛いのだろうな」と観客が思うのもつかの間、これは傍らにあったCDに気を取られただけで、その後間髪入れずに首を撥ねるシーンなどは、「この映画に感傷的なシーンなど必要ない」という監督からの高らかな宣言のようである。

 

ネタバレになるが、劇中でアダム・ドライバーが繰り返し口にする「マズい結末になる」というセリフの意味が、「(この映画の)台本を読んで知っていたから」という脱力すぎるオチである事が終盤に明かされ、冒頭の「テーマ曲です」を含むメタ構造の雑な説明が入るころには、なんでもありのこの映画の結末にはまったく興味が持てなくなる。日本刀を持つ謎の葬儀屋であるティルダ・スウィントンが、突然現れる宇宙船で飛び立っても、もはや呆れ顔でスクリーンを見つめるだけだ。


ジョージ・A・ロメロのデビュー作「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」からの影響や、続編78年「ゾンビ」が描いたショッピングモールという大量消費主義への目配せもラストに入れる事で「ゾンビ映画」へのリスペクトは守りながらも、大量に作られてきたジャンル映画への監督なりの差別化を目指したのであろう本作。だが、ジャームッシュが2016年「ギミー・デンジャー」でドキュメンタリーの対象としたイギー・ポップが、「コーヒー・ゾンビ」として登場した時に感じる「内輪ウケ感」に最後までノレなかったのは、正直なところだ。個人的には「ブロークン・フラワーズ」や「パターソン」のような、緩い日常を描いたジャームッシュ作品を次作では観たいと思う。

採点:3.0点(10点満点)