映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

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「盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲」を観た。

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監督:シュリラーム・ラガバン

出演:アーユシュマーン・クラーナー、タブー、ラーディカー・アープテー

日本公開:2019年

 

近年、名作が多いインド映画界からまた新しいタイプの作品が生まれた。ブラックコメディサスペンスと言うべきだろうか。とにかくツイストしまくったストーリーテリングが魅力の作品で、いわゆる「踊らないインド映画」として、インド本国を含めて全世界でも大ヒットしているらしい。監督はシュリラーム・ラガバンで、脚本も担当している。海外メディアでは、コーエン兄弟の作風とも比較されているが、シリアスな場面でもブラックユーモアが漂う部分などそれも肯ける。今回もネタバレありで、軽めに感想を書きたい。

 

あらすじ

本当は目が見えるが、芸術のために盲目で通しているピアニストのアーカーシュは、ある日、大スターのプラモードから演奏を依頼され、彼の豪邸を訪ねる。しかし、そこでプラモードの妻シミーが、不倫相手と結託してプラモードを殺害している現場を目撃してしまう。死体も犯人も見えないフリでその場を切り抜けたアーカーシュだったが、駆け込んだ警察の署長こそ、現場にいた犯人だった。そこからアーカーシュの災難はさらに続いていく。

 

感想&解説

映画冒頭のウサギを狙うハンターのシーンから、この作品のマジックは始まっているので、必ず冒頭から観る事をオススメしたい。5分遅れて席に着くと、この映画の価値は激減してしまう。そして、本作はもしかするとインド映画が大好きな人ほど、気に入らないかもしれない。インド映画特有のあの歌と踊りによる幸福感や、牧歌的な雰囲気がかなり薄いからだ。映画の前半こそ、本当は見えるのに盲目のピアニストであると見せかけているアーカーシュと、彼が働く飲食店の娘との恋愛の駆け引きが描かれ、まるでラブコメディのような展開だが、あるきっかけでアーカーシュが殺人現場を目撃してしまってからは、徐々に演出がサスペンス方向に舵を切る。


特にこの殺人の首謀者である、被害者の妻シミーの悪女ぶりが、本当に凄まじい。本作の裏主人公は間違いなく彼女だ。最初の殺人シーンは、シミーとその不倫相手である警察署長がシミーの旦那の死体を処理している様を、アーカーシュが見えない振りをしてピアノを弾き続けるシーンとしてコミカルに演出していて笑いを誘う。トランクからはみ出た手から必死に指輪を抜き取るシークエンスなど、これぞコーエン兄弟的な悪趣味なコメディシーンと言えるだろう。ところが、シミーがアーカーシュは見えていると気付き、本当に薬品によって盲目にしてしまう辺りから、物語はかなりダークな展開になっていく。


シミーは事件の真相に近づく者を、次々と容赦なく始末していく。共犯者は警察署長なので、アーカーシュも命を狙われていくという展開で、いわゆる「巻き込まれ型サスペンス」のフォーマットなのだが、そこに臓器移植で儲けている闇医者のスワミが登場して、瀕死のアーカーシュの臓器を売ろうとする展開には流石にクラクラした。インドの闇ビジネスや警察の腐敗、貧困問題もサラッとメッセージとして入れてくるのである。警察署長とシミーを恐喝し大金を得る為、スワミと手を組むアーカーシュ。だが、その後も物語は二転三転する。シミーの臓器がアラブの大富豪に適合する事が判明し、スワミはシミーを売ろうとするが、逆に彼女に殺されてしまう。更にシミーはアーカーシュを車で轢き殺そうとしたところで、冒頭のウサギのシーンと繋がるのだ。作品構成の巧さと共に因果応報でスッキリする展開は、本作で珍しくインド映画ぽいところかもしれない。


ラストシーンの「本当はアーカーシュは見えているのか?」という、曖昧な終わり方といい、最後まで飽きさせないという意味では138分と長めの上映時間だが、十分に楽しめる作品だった。今までのインド映画の独特なノリが苦手だという方こそ、本作はオススメ出来る。あまりに脚本をこねくり過ぎていて、若干首をひねる展開もある事はあるが、先が気になるという点では他に類を見ないクオリティに仕上がっていると思う。こういうダークなインド映画が増えるのは、大歓迎だ。あと「ララランド」や「スクリーム」などの、ちょっとしたオマージュも微笑ましかった。