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映画「リチャード・ジュエル」ネタバレ感想&解説 イーストウッドが手堅く手がけた佳作!

「リチャード・ジュエル」を観た。

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アメリカ映画界を代表する巨匠クリント・イーストウッドが、制作40作目に選んだ題材は1996年のアトランタ爆破テロ事件の真実を描いたヒューマンドラマだ。現在イーストウッドは89歳という事で、前作「運び屋」からのインターバルを考えると驚異的な制作意欲だろう。主人公リチャード・ジュエルは、「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のろくでなしを演じていたポール・ウォルター・ハウザー、母ボビを名作「ミザリー」のキャシー・ベイツ、弁護士ブライアントを「スリー・ビルボード」の警官役が記憶に新しいサム・ロックウェルが演じており、それぞれ好演を見せている。今回もネタバレありで。

 

監督:クリント・イーストウッド

出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェルキャシー・ベイツ

日本公開:2020年

 

あらすじ

96年五輪開催中のアトランタで、警備員のリチャード・ジュエルが公園で不審なバッグを発見する。その中身は、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。多くの人々の命を救い一時は英雄視されるジュエルだったが、その裏でFBIはジュエルを第一容疑者として捜査を開始。それを現地の新聞社とテレビ局が実名報道したことで、ジュエルを取り巻く状況は一転してしまう。FBIは徹底的な捜査を行い、メディアによる連日の加熱報道で、ジュエルの人格は全国民の前で貶められていく。そんな状況に異を唱えるべく、ジュエルと旧知の弁護士ブライアントが立ち上がり、ジュエルの母ボビと共に無実を訴えていく。

 

感想&解説

とてもシンプルでストレートな映画だ。予告編を観ればある程度のストーリー展開は読めるだろうし、実話という事もあり過度にドラマチックなお話ではない。そもそも主人公のリチャード・ジュエルが犯人ではない事は、序盤から観客全員が知る事になるし、この爆弾を置いた犯人探しにフォーカスするストーリーではないので、サスペンス要素も薄い。さらにこの冤罪事件も最後はリチャードの疑いが晴れることを観客は知っているので、この作品はいわゆる”ストーリーの面白さ”を観に行く映画ではないのである。


では、どういう映画かと言えば、イーストウッドが過去にも何度も描いてきた「普通の人」が突然、ある「大きな力」によって窮地に追い込まれ、その大きな力の理不尽さによって、「自分の身にこれが起こったらどうなるのだろう?」と観客に思考を促すタイプの作品なのだと思う。もちろん、今回はFBIをはじめとする「権力」と「メディア」が理不尽さの化身だ。劇中、犯人が特定できずに焦ったFBIによる、あまりに強引な捜査には呆れるばかりだが、それよりもリチャードや母親を精神的に追い込んでいくのは、むしろメディアによる報道だ。


イーストウッドは、リチャード・ジュエルが無実なのにもかかわらず、まるで犯人であるかのように報道され、世間ではそれが事実のように広まっていく様を、これでもかと丹念に描いていく。それは過去にここ日本でも冤罪事件として報道された、多くの事件を観客に想起させる。オリビア・ワイルド演じる新聞記者とジョン・ハムが演じるFBI捜査官が裏で繋がっており、不確定な情報がリークされていく様には心底ぞっとさせられるし、初めは”英雄”として報道していたリチャード・ジュエルをまるで犯罪者として扱い、家の前に大挙して押し寄せるマスコミの姿は、ここ日本でもまったく他人事ではない事象だろう。


劇中、サム・ロックウェルが演じるワトソン弁護士が、FBIの強引な捜査に対して協力的なリチャードに、「もっと怒れ、なめられて悔しくないのか」と大声を出すと、「悔しい。だが僕は僕だ」と答えるシーンがある。法を順守するという姿勢の為、言いたい事を飲み込みながらFBIに逆らえない姿を描写したセリフだと思うが、それに対し、ラストシーンで相変わらず横暴なFBIに対して、リチャードが絞り出すように放つセリフが素晴らしい。「真犯人は今もまだどこかにいる。そしてまた爆弾を置くかもしれない。だが今回の事件を通して、これからもし警備員が不審物を見ても、自分と同じように逮捕されると思って逃げ出すでしょう。もっと成すべきことをしてください。」リチャードがついに権力と戦い始めたのだ。それを聞いたサム・ロックウェルの笑顔が印象深い。


また母親役キャシー・ベイツの名演も忘れがたい。特にマスコミへの偽らざる気持ちを語った演説シーンは、なぜこんなにナチュラルに母親の愛情を表現できるのか?と、改めて名女優のスキルに驚くとともに「現代のメッセージ」として胸に刺さった。「ゲス野郎にはなるな、権力は人をモンスターにする。」とは劇中の弁護士のセリフだが、「ハドソン川の奇跡」や「15時17分、パリ行き」といった近作を観ていると、これはイーストウッドの今の素直な気持ちなのかもしれない。突然リチャードが放つ「ゲイでないことを認めさせたい。」というセリフや、家宅捜索の際にワトソン弁護士から再三「何もしゃべるな」と言われていたのにFBIの登場に速攻で口を開くジュエルの姿など、シリアスなテーマの作品にも関わらず思わず笑ってしまうシーンも多く、このあたりはポール・ウォルター・ハウザーの容姿も含めたコミカルさが存分に活きているのだと思う。

 

画面の派手さはないが、真摯に手堅く名作を作り続ける89歳の映画監督は、もはや賞レースや名声といったエゴとは遠い世界で映画を作り続けている気がする。そのうえ、完成した映画は軒並み名作ばかりという稀有な存在の監督だ。ぜひ、あと10年は作り続けて欲しい。

採点:7.0(10点満点)