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映画「燃ゆる女の肖像」ネタバレ感想&解説 まるで絵画のように繊細で美しいアート作品!

「燃ゆる女の肖像」を観た。

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第72回カンヌ国際映画祭脚本賞クィアパルム賞を受賞し、世界の映画賞44受賞・124ノミネートされたフランス産ラブストーリー。メガホンを取ったのは女性監督のセリーヌ・シアマで、本作では脚本も手掛けている。カンヌに参加していたグザヴィエ・ドランが「こんなにも繊細な作品を観たことがない」と絶賛、シャーリーズ・セロンも「この映画を本当に愛している」とコメントし、ブリー・ラーソンは「後世に残したい作品」に本作を挙げているように、業界人からも高く支持されている。実際にネット上でも称賛の声が多いようだが、個人的にはどうだったか??今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:セリーヌ・シアマ

出演:ノエミ・メルラン、アデル・エネル、ルアナ・バイラミ

日本公開:2020年

 

あらすじ

画家のマリアンヌはブルターニュの貴婦人から、娘エロイーズの見合いのための肖像画を依頼され、孤島に建つ屋敷を訪れる。エロイーズは結婚を嫌がっているため、マリアンヌは正体を隠して彼女に近づき密かに肖像画を完成させるが、真実を知ったエロイーズから絵の出来栄えを批判されてしまう。描き直すと決めたマリアンヌに、エロイーズは意外にもモデルになると申し出る。キャンパスをはさんで見つめ合い、美しい島をともに散策し音楽や文学について語り合ううちに、やがて二人は激しい恋に落ちていく。約束の5日後、肖像画はあと一筆で完成となるが、それは二人の別れを意味していた。

 

パンフレット

価格820円、表1表4込みで全28p構成。

B5サイズ。紙質は良く、デザイン性も高い。キャストたちや監督のインタビュー、写真家の長島有里枝氏、映画評論家の秦早穂子氏のコラムが掲載されており、すべて女性からの寄稿で作られている。

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感想&解説

大変に美しい映画だと思う。本作の登場人物はほとんど女性だけで、しかも極めて少人数だ。画家のマリアンヌ、貴族の娘エロイーズ、使用人のソフィーの三人だけでほとんどのシーンが展開される。時代は1770年。フランス・ブルターニュの孤島にある館が本作の舞台となる。伯爵夫人に呼ばれた画家のマリアンヌは、娘エロイーズの肖像画を描くことを依頼される。エロイーズにはミラノの男性と結婚話が持ち上がっていて、写真が無い時代の為にそれが必要なのだが、彼女は結婚を拒むために肖像画のモデルになることを拒否していた。そこで母である伯爵夫人は”散歩を一緒にしてくれる友人”とマリアンヌを紹介する事で、こっそりと画を書き始めるところから物語はスタートする。


本作の基本的な構成は、このエロイーズと肖像画を描くマリアンヌがだんだんと心を通わせ、恋に落ちていく様子をゆっくり丹念に描いていく作品だ。特に大きなハプニングや事件といった”イベント”は起こらず、キャラクターのクローズアップと最低限しか動かないフィックスされたカメラが、場面を構成していく。しかもBGMはある場面を除いてほとんど無く、セリフの他には孤島に響く海の音や風の音しか聴こえない。”動き”という意味でも”音”という意味でも、全体的にとても静かな映画だと言える。


だが”絵”をモチーフにしている作品だけに、画面の構図は完璧に統御されている。序盤に服を乾かすために裸体になり暖炉に当たるマリアンヌの姿は、シンメトリカルな構図になっており、画面自体がまるで絵画のようだ。海に入るエロイーズを俯瞰で捉えたショットや、女性二人の赤と緑のドレス、浜辺で佇む二人の距離感と背景の崖との対比など、作り手は相当に時間をかけてカメラの場所を決め、画面の色彩を決めていったのではないだろうか。スタンリー・キューブリック監督の「バリーリンドン」を彷彿とさせる、蝋燭の炎と暖炉、さらにそれらが届かない闇の深さなど、ショットの美しさだけでも十分に観る価値のある作品になっていると思う。まさにこの時代における女性たちの「抑圧された生活」と「束の間の自由」をセリフに頼らず、視覚からの情報だけで提示している。


特に島の女性たちが集まり歌うお祭りのシーンはこの作品の白眉だろう。この場面では、この作品唯一のオリジナル楽曲「La Jeune Fille en Feu」がかかるのだが、歌詞は監督がニーチェの詩から引用しラテン語で書き起こしているらしい。徐々に女性たちの歌声が重なっていき、ハンドクラップと共に曲が高揚していく感じは、まるでエレクトロミュージックのような恍惚感がある。そして焚火を挟んで向かい合う、マリアンヌとエロイーズ。するとエロイーズのドレスに炎が燃え移る。だがエロイーズの視線はマリアンヌから動かない。この時、見つめ合う二人の気持ちも燃え広がっているという描写になっているのである。なんというロマンチックな場面であろうか。


また本作の重要なモチーフとして、ギリシャ神話「オルフェウス」がある。愛妻のエウリュディケを冥界から現世に連れ戻そうとしたオルフェウスだったが、禁じられていた「振り返る」という行動を取ってしまったばかりに永遠の別れとなってしまったという話だが、「なぜ振り向いたのか?」の理由について、”芸術家として状況を確認したかった”と答えるマリアンヌと、”愛するがゆえ”と考えるエロイーズの解釈がそれぞれ違うことが描かれる。そして、画を完成させてマリアンヌが屋敷を出る日に、エロイーズが最後にかける言葉は「振り返って」だ。もう会うことは叶わないと思うからこその言葉だと思うが、この「振り返る」という行為がラストシーンでも重要な意味を持つ。


ここからネタバレになるが、本作のラストシーン。音楽会で向かいの席で思わぬ再会をした二人。さらに思い出の「ヴィヴァルディの四季」が演奏される中、見つめるマリアンヌに対して、エロイーズは決して振り向かない。約三分にも亘る長い長いロングテイクは、エロイーズの移り変わる表情を捉え続けたまま動かない。本作における「振り返る」という行為は、オルフェウスのように”愛する者との永遠の別れ”を意味している。だからこそ偶然にマリアンヌと再会を果たしたエロイーズは、決して彼女に振り向かないのだろう。そしてそのまま映画は終わり、エンドロールとなる。そしてそこで流れるのは、あの「La Jeune Fille en Feu」なのである。


当時のフランスでは許されない、決して結ばれることのない女性同士の恋路を静かなタッチと確かな演出で描き切った、とても美しくも繊細な作品だと思う。その分、いわゆる娯楽性は少なくアートを鑑賞するような気持ちで鑑賞するのが良いかもしれない。かなり展開がスローで地味だし、特に男性では嗜好に合わない人もいるだろうが、こういう女性監督ならではの繊細な映画は貴重だといえる。個人的にはもう少しストーリーに起伏がある作品が好きだが、人によっては生涯ベスト級にもなりえる作品だと思う。

採点:7.0点(10点満点)