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映画「聖なる犯罪者」ネタバレ考察&解説 ラストシーンの解釈に幅があり、魅力的な作品!

「聖なる犯罪者」を観た。

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第92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされた、ポーランド産ヒューマンドラマ。本作はどうやら実話らしい。ヤン・コマサ監督は、ポーランドでは長編2作目「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」が180万人を動員する大ヒット、さらにはNetflix配信で「ヘイター」という作品を発表しこちらも評価されているという、新進気鋭の監督だ。本作はあの「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」のショーン・ベイカー監督や、「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト監督からも称賛されている。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:ヤン・コマサ

出演:バルトシュ・ビィエレニア、アレクサンドラ・コニェチュナ、エリーザ・リチェムブル

日本公開:2021年

 

あらすじ

少年院に服役中のダニエルは、前科者は聖職に就けないと知りながらも神父になることを夢見ていた。仮釈放され田舎の製材所で働き始めた彼は、ふと立ち寄った教会で新任の司祭だと名乗り、司祭の代わりをすることになる。最初こそ村人たちは司祭らしからぬダニエルに戸惑うが、徐々に彼を信頼するようになっていく。数年前にこの土地で起きた凄惨な事故を知ったダニエルは、村人たちの心の傷を癒やそうと模索する。しかしダニエルの過去を知る男の出現により、事態は思わぬ方向へと転がっていく。

 

パンフレット

価格800円、表1表4込みで全28p構成。

縦A4サイズ。紙質は良く、オールカラーでデザイン性も高い。監督と脚本家へのインタビューと、大学教授である井上順孝氏と研究家の四方田犬彦氏によるレビュー、また各業界人からのコメントが掲載されている。特に井上順孝氏と四方田犬彦氏によるレビューは、キリスト教や聖書を研究した上での映画解説になっており、とても興味深かった。

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感想&解説

重苦しいトーンで映画は進み、冷たいブルーを基調とした映像のせいもあり、観ている間は沈んだ気持ちになる。「R18+」レーティングという事もあり、冒頭で行われる少年院での暴力描写も強烈だし、性描写もある。本作はいわゆる楽しい”娯楽映画”ではないが、展開に引き込まれスクリーンから目が離せなくなる。解りやすい結末や爽快なカタルシスは用意されておらず、最後まで観客は映画からの問いかけに翻弄され投げ出される。下記ネタバレになるが、おおよそストーリーの概要はこんな感じである。

少年院に服役中の主人公ダニエルは、強烈な暴力の中で暮らしている。だが少年院に訪れる神父トマシュの影響を受け、信仰を知った事により神父になることを望むが、前科者は聖職に就けないと告げられてしまう。ダニエルは人を殺した前科があるからだ。仮退院したダニエルは遠く離れた田舎の村にある製材所で働く事になり、その村にある教会に立ち寄る。そこにいた少女から身元を問われ、とっさに「自分は司祭だ」と嘘をついてしまったことにより、アルコール依存症の治療の為に村を離れた本司祭の代役を勤めることになってしまう。そうしてダニエルは、少年院に訪れていた司祭の名前である「トマシュ」を名乗り、村の司祭としての生活を始める。ダニエルはスマホで告解の仕方を調べ、教会に訪れる人々に自己流の説教を行うのだが、住人たちはダニエルのストレートな言動に胸を打たれ、徐々に彼を慕い始める。

村には、昨年起こった悲惨な交通事故の余韻が影を落としていた。若者6人の車と中年の男が運転する車が衝突し全員が死んだという事故で、若者たちの親は中年の男が飲酒運転をして事故を起こしたと信じていたのだ。そのため、その男の妻には嫌がらせが横行しており、男の亡骸も墓地での埋葬を司祭により拒否されていた。だがダニエルは死んだ若者の妹からの情報で、実は飲酒をしていたのは若者たちだったことを知ってしまう。そこで司祭としての自覚を感じ始めたダニエルは、中年男の葬儀を行いたいと言い出すが、遺族たちの強い反発にあう。

 

 


そんな時、製材所で働くダニエルの正体を知る男が現れる。彼は少年院で一緒だった男で正体をバラすと脅迫されるが、ダニエルは脅迫には応じず、村人を説得し、葬儀ミサを取り行う。そこに脅迫した男によって秘密を知った本物のトマシュ司祭が現れ、ダニエルを少年院に引き戻そうとする。そして、遂にダニエルはミサの最中に上半身を脱ぎ、タトゥーの入った身体をさらけ出すことにより自ら正体を明かす。そして、また暴力の渦巻く少年院に戻っていくところで映画は終わる。


いわゆるニセ司祭である元犯罪者が、信仰の力により村人たちを導いていき、彼の信じる正しき行いを全うしていくというストーリーなのだが、まずこの映画はニセ司祭の正体についての「バレる?バレない?」という”サスペンス部分”には重きを置いていない作りになっている。実際、村人たちがダニエルの正体を疑うような描写はほぼないし、元少年院の男に正体をばらされそうになっても、彼はそれほど葛藤しない。警察によって身分証を求められるシーンはあるが、ここでも厳しい追及はない。この題材を面白くできそうな”ニセ司祭”という設定の部分は、一貫して淡白なのである。


では、本作の特筆すべき点はどこか?といえば、この司祭としての経験もなければ、資格もないダニエルの言動によって、村人たちが精神的に救われていくという部分だろう。実際に彼は6人の若者を亡くした親たちと、事故を起こしたと思われていた男の妻という両方にとって最善を尽くすのだが、その過程で双方にある「人間的な弱さや悪意」が浮き彫りになる。若者の親たちが加害者の妻に送った誹謗中傷の手紙の数々や村八分の行動、さらに後半に明らかになる妻の”ある嘘”の存在が判り、この交通事故に関して、絶対的な加害者と被害者などないのだと観客は知ることになるのである。

 

さらにこの主人公ダニエルも決して清廉潔白な人物ではないところも面白い。彼は司祭を装いながら酒は飲むしタバコも吸う。さらに事故被害者の妹とセックスもしてしまうのである。聖職者としての禁欲などせず若者としての欲望に忠実な彼が、信者の前では司祭として説教し死者を弔う姿に、観客は強く居心地の悪さを感じるように作られているのだ。だがダニエルは司祭として”彼の言葉”によって人々を救っているという事実もあり、観客に「信仰」とは何か?という大きなテーマまで突きつけてくる。本作において絶対的に正しい存在の人間はひとりもいない。それは、アルコール依存症の司祭やトマシュ司祭の終盤におけるダニエルへの行動からも描かれており、だからこそ猛烈に観客に対し思考を促してくるのである。

その最も印象的な場面が、ラストシーンだろう。少年院に戻ったダニエルが、彼が過去に殺してしまった男の兄とタイマンで血だらけになりながら殴り合うシーンだ。そして彼を倒したダニエルが激しく流血しながら、その現場を去るというラストカットでこの映画は突然終わる。当然、またダニエルは暴力が支配する元の世界に戻ってしまったという解釈もあるだろうし、逆に過去のしがらみに打ち勝ったのだという解釈もあるかもしれない。だが個人的にはもっと混沌とした「善悪の割り切れなさ」のようなものを感じた。

 

ラストシーンのダニエルの表情は血だらけのうえに、大きく目が見開いていて悪魔のようだ。司祭だった頃のダニエルが見せる表情とはまるで別人だが、少年院に戻ったことで彼の本質が変化した訳ではないだろう。だが、このシーンをラストに持ってくることで、本作を通したダニエルの成長を否定された気持ちになり、この作品にずっと感じる「善悪のあいまいさ」「人間の両面性」が際立つ為、非常にモヤモヤするのである。ハリウッド映画のような解りやすい青年の成長物語ではなく、本作は最後まで観客を突き放してくるのである。

 

非常に宗教色の強い作品だしエンタメの要素は薄いので、かなり好き嫌いは分れる映画だと思う。正直、個人的にももう一度観返したいか?と言われると悩んでしまうが、映画としてのメッセージ性は非常に強く、完全にオープンな着地は示唆に富んでいる。観終わったあと、議論が白熱するタイプの作品なので、こういう映画が好きな方にはオススメだ。

 

 

採点:6.0点(10点満点)

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