「騙し絵の牙」を観た。
「罪の声」などで知られる塩田武士が、主役に大泉洋をイメージして”あてがき”したという小説を、その大泉本人が主演した作品。監督は「紙の月」「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八。共演は松岡茉優、佐藤浩市、木村佳乃、國村隼らが脇を固める。どうやら、吉田監督は原作をいったんバラバラに解体し、映画用の脚本としてもう一度再構築したらしい。コロナの影響で約1年公開が延期になっていたが、ようやく公開になった本作。内容はどうであったか?ちなみに原作は未読である。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:吉田大八
日本公開:2021年
あらすじ
速水は老舗出版社「薫風社」に中途入社してカルチャー誌「トリニティ」の編集長に就くが、社内は次期社長の座を巡って権力争いの真っただ中で、いきなり廃刊のピンチに陥る。派閥争いに巻き込まれた速水は、専務の東松から無理難題を押し付けられるが、人当たりの良い雰囲気とは裏腹に「次なる一手」を派手に仕掛けていき、状況を変革していく。
感想&解説
映画が始まって1時間くらいは、「本年度ベスト10入りは固いな」と思わされるほどに夢中で楽しんだ本作。ただ終盤の展開からあれよあれよと失速していき、最後は”憤り”と共に終わってしまったという印象だ。前半の展開は、出版業界大手の「薫風社」でカルチャー誌「トリニティ」の編集長に就任した大泉洋が演じる速水が、廃刊寸前の雑誌を立ち直らせるために仲間たちと一念発起するというストーリーで、キャラクターの行動に感情移入がしやすい。特に文芸誌「小説薫風」編集部との社内抗争などは、正直やや行き過ぎ感もありつつも素直にハラハラさせられるし、編集部メンバーの努力により「トリニティ」の企画が成功していく様は、彼らの不遇な環境を見ているだけに、「お仕事モノ」映画としても溜飲が下がる。
文芸誌編集部での松岡茉優演じる「高野恵」が、せっかく発掘した才能を持つ新しい作家を新人賞に推そうとするのを、”古い考え方”に縛られた木村佳乃演じる編集長に止められるシーンがある。これは「旧体制側との戦い」を表現しており、序盤ストーリーのベースになっている。だからこそ、会社の中で起こる保守的でリスクを取らない体質に対して、大泉洋と松岡茉優のコンビが必死に”新しいこと”や”面白いこと”を追求し、「トリニティ」という雑誌を通じて自己実現していく様に、観客は強いカタルシスを得る構造になっている。もちろんそこには、新刊の表紙を飾る女優が事件を起こすというような、突発的な不慮の事故やトラブルも起こる。だがそこに対して"表紙を差し替える"という安易な作戦ではなく、専務を口八丁手八丁で説き伏せ、もっとも攻めた作戦で成功に導く姿に、大泉洋というキャスティングが最高にハマっており魅力的だと思ったのだ。
実際に大泉洋が演じる速水のセリフや姿を見ているうちに、自分もこの仲間に入って仕事がしたいと思えるほどに、中盤までは気分が昂る。大御所作家を巧みな作戦で口説きおとし、人気ファッションモデルの隠れた作家性を取り入れ、文芸誌に応募した大型イケメン作家の連載を決めて、雑誌をどんどんと新しく改革していく主人公の速水。雑誌「トリニティ」新刊発売日の書店で、佐藤浩市演じる東松専務と速水が雑誌を購入してくれる若者たちを見守るシーンがある。下積みの営業時代から、「実際に書店で本を買ってくれる読者の姿を見ないと落ち着かない」という東松は、速水と同じ方向を見据えている同志のように感じる。そして、このままスト―リーはどう展開していくのか?を興味深く観ていると、徐々に突飛な展開になってきて、雲行きが怪しくなるのだ。
ここからネタバレになるが、大型イケメン新人作家が「小説薫風」編集部に引き抜かれ、その記者発表の場で、「実は自分は書いていない」という爆弾発言が出るのだが、これも速水の仕業だと判明する。更にそれをきっかけに「小説薫風」は廃刊となり、東松と対峙していた、佐野史郎が演じる常務は責任を取って辞任となる。そしてその大型新人の作品は、実は20年前に世間から姿を消していた、リリー・フランキー演じる幻の作家の作品だったことも解るのだ。更にこれら裏の糸を全て引いていたのが速水という事で、さすがにこれは荒唐無稽すぎる展開だと感じ出す。"雑誌の成功"というシンプルな目的がブレ始めて、速水が何をしているのかが分からなくなるのだ。しかも、さらにここからも裏工作は続く。
なんと亡くなった先代社長の息子がアメリカから現れ、東松専務すらも出し抜くのである。会議室で突然タバコを吸うシーンからも、東松専務が古い体質であることは暗示されているし、最終的に「トリニティ」の廃刊を決める人物なのだが、ここまで派手に裏切られるほど悪い人物ではないと思うし、東松の廃刊判断のもっと前から速水は動いていたと考えると、逆にこの速水という男に嫌悪感が出てくる。中盤まで、速水と「トリニティ編集部」のメンバー全員に感情移入していただけに、強く裏切られた気持ちになるのである。彼の行動により、結果的に「トリニティ」という紙の雑誌は存続できなくなる。Amazonのために新しくデジタルコンテンツを作る役割となり、雑誌は街の書店や古い銭湯のように無くなっていくのだ。
ここで映画序盤に感じていた、「速水&高野」VS「旧体制側との戦い」の構図が完全に反転するのである。大泉洋が演じる速水は「面白いこと」の為に、仲間を裏切ってまで「世界を変えたい」というが、このセリフにも全く納得がいかない。また最後のツイスト展開として、松岡茉優が演じる高野がある行動を取る。「薫風社」を退職し、リリー・フランキー演じる幻の小説家の新作を、自主出版で実家が経営する書店だけで販売するのである。みごと速水を出し抜いたという描写らしいのだが、なんと一冊3万5千円という値段らしい。それでも店前に老若男女の行列が出来ていたが、”本離れ”が叫ばれている昨今で、これこそ出版関係者が観たら「そんなアホな」だろう。よしんばこの商品が売れたとしても、これからどうやってこの小さな書店は経営を続けていくのだろう。出版社や卸業を敵に回しながら、しかも幻の作家の作品がそんなにポコポコ現れるわけはないのである。高野によって速水が出し抜かれたというシーンなのだろうが、到底そうは感じられないのである。
ラストシーンで速水は、逮捕された人気ファッションモデルにもう一度作品を書いてくれと頼み、「(編集の仕事は)面白い」と言って本作は終わる。ただ、これも書き手がいなくなった為の苦し紛れの行動に見えるし、個人的にもう速水の言葉は信用ができない。彼はもう主人公としての資格を失っているのだ。しかも、高野親子の書店は行く末が厳しいことが想像できてしまい、どうにも暗澹たる気持ちになる。結果として、非常に宙ぶらりんな気持ちでエンドクレジットを観ることになる訳だ。せめて、リリー・フランキーが松岡茉優の心意気に突き動かされて、Amazonなどのオンライン販売ではなく"書店限定商品"として、普通の金額で作品を販売することで他の有名作家たちもそれに倣い、全国的に「本屋に行って本を買おう!」というムーブメントが出来たというくらいの、"映画的な嘘"があれば良かった気がする。先進的な考えを否定する気は全くないのが、古き良き文化も尊重してほしいのだ。それは3万円以上の本を売ることでは無い気がする。
物語としての展開は飽きさせないし、特に序盤はグイグイと引き込まれる。各キャラクターも魅力的で、役者陣は素晴らしい演技を見せている。ただ、妙に物悲しい気持ちにさせられる作品だったことは否めない。斜陽産業に未来は無いというメッセージを見せつけられ、オンラインサービスが台頭しているという意味で、出版業界と映画業界を重ね合わせてしまった。映画館のシートに座りながら、「このまま映画館という文化が無くならないといいな」と妙な感慨に浸ってしまったほどだ。最後にインストバンド「LITE」の劇半が非常にカッコよく、耳に残っでたことは記しておきたい。序盤の展開が最高だっただけに、本当に惜しい作品であった。
採点:5.0点(10点満点)