「魂のゆくえ」を観た。
「タクシードライバー」「愛のメモリー」といった名作の脚本家として知られ、監督としても「アメリカン・ジゴロ」などを手がけてきたポール・シュレイダーの2019年日本公開の監督作品。出演は「ビフォア」シリーズや「トレーニングデイ」のイーサン・ホーク、「レ・ミゼラブル」「マンマ・ミーア!」のアマンダ・セイフライドなど。第91回アカデミー賞では脚本賞にノミネートされている。牧師の信仰心が揺らぐ話だという情報から、宗教色の強い作品でとっつきにくいかと思ったが、個人的にはかなり好きな作品であった。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:ポール・シュレイダー
出演:イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド、セドリック・カーン
日本公開:2019年
あらすじ
戦争で息子を失い、罪悪感を背負って生きる牧師が、教会の抱える問題を知ったことから信仰心が揺らいでいく姿を描いた。ニューヨーク州北部の小さな教会「ファースト・リフォームド」の牧師トラーは、ミサにやってきた女性メアリーから、環境活動家である夫のマイケルの悩みを聞いてほしいと頼まれ、彼女の家を訪れる。そこでマイケルが地球の未来を憂うあまり、メアリーのお腹の中にいる子を産むことに反対しているという話を聞かされる。また、トラーは自身が所属する教会が環境汚染の原因を作っている企業から巨額の支援を受けていることを知り、より信仰心が揺らいでいく。
感想&解説
脚本・監督のポール・シュレイダーが50年間もの構想期間を経て完成させた作品らしいが、強烈に76年「タクシードライバー」を想起させる展開で驚かされる。だが、全体的にはとにかく静謐な作品で、後述するがあえてラストシーンまではカメラの動きは最小限に留めており、編集テンポもかなりゆっくりだ。過度に音楽が鳴るシーンもなく、とても静かな映画だと言える。さらに画角も「4:3」のスタンダードサイズであり画面からはまったく開放感が感じられない。だがこれらもすべて理由があり、主人公のイーサン・ホーク演じる牧師トラーが抱える”閉塞感”を表現するための演出なのだと思う。
描かれているストーリーは、割とシンプルだ。神に仕える主人公のトラー牧師は孤独な人生を送っている。トラーの息子は不毛なイラク戦争に参加して戦死し、妻ともそれが理由に離婚している。自らも胃ガンを患ってしまい、さらに自分が牧師として説教している教会が、世界の環境破壊を進める大企業から献金を受けていることを知ってしまう。そして自分に相談してくれた妊婦メアリーの夫であり、環境問題の活動家であるマイケルが自殺してしまったことをきっかけに、トラーの信仰が揺らぎ始めるというお話だ。
トラーが牧師として、若者たちの意見を聞くシーンがあるのだが、自分が仕事で昇進した話を嬉々としてする青年や、逆に信仰心の強い父親が失業し仕事が見つからないという少女、さらに弱者を助けるというキリスト教の考えに対して反抗してくる青年に対して、トラーは信仰と経済活動は関係がないと諭す姿が描かれる。彼らの過度な拝金主義に対してトラーは憤りを覚えるのだが、実は自らが所属している教会自体も同じであることに強く落胆するのだ。そして妻が妊娠しているマイケルから、「環境破壊を続ける今の世界に、自分の子供を残すことが良いとは思えない」という相談を受けるシーンでも、彼は答えに窮してしまう。
こんな「ひどい世の中なのに、なぜ神は救ってくれないのか?」「なぜこれほど信仰しているのに、自分はこんなにひどい目に遭うのか?」という人々の悩みに対して、牧師であるトラーは明確な答えが出せない事に、彼自身も悩んでいくのだ。マイケルの妻メアリーからの報告で、自宅ガレージから爆弾が付いた自爆ベストが発見され、結局、精神的に不安定だったマイケルはショットガンで自殺してしまう。その事件がきっかけとなり、トラーはさらに追い込まれていく。そして自分の病状が悪化していくことを自覚したトラーは、教会の記念式典イベントの日に自爆ベストを着こみ、破壊活動を行うことを決意する。この流れは、まさしく「タクシードライバー」におけるトラヴィスの行動と重なる部分だろう。ニューヨークの犯罪にまみれた街をタクシーで走り、そこに住む売春婦や犯罪者たちに、自分の鬱積した感情を重ねて破壊行動に出るトラヴィスと、教会や巨大企業に対してタラー牧師が起こす行動原理は似ている。
ここからネタバレになるが、そんな彼を救うのが、自殺したマイケルの妻であり妊婦のメアリーだ。「メアリー(Mary)」は「マリア(Maria)」に呼応した女性名で、マリアは言うまでもなく、イエス・キリストの母「聖母マリア」だ。しかも彼女は妊娠している。メアリーがトラーの家を突然訪れ、二人が身体を密着させると”浮遊する”という、今までの作品内リアリティラインからするとファンタジックなシーンがあるのだが、これによりトラーは地球上で行われている様々な環境破壊の光景を見るという人知を超えた体験をする。マリアはトラーにとって特別な存在であることが示唆されているのだ。
だからこそ、爆弾テロの直前にトラーの元に訪れて、彼を思い留まらせるのもまたこのメアリーだ。ラストシーンでトラーの家に現れたマリアはトラーと強く抱き合い、キスを交わす。ここで今までの抑制されたカメラワークからは考えられないほど、カメラは二人の周囲を回転しドラマチックにこのラストシーンを盛り上げる。ここはポール・シュレイダー脚本、ブライアン・デ・パルマ監督「愛のメモリー」と、同じくデ・パルマの「ミッドナイトクロス」のラストシーンを思い出すが、二人の演技を含めて最高にエモーショナルなシーンだろう。結局、悩み苦難に満ちた人間を最後に救うのは「愛」なのだという、ポール・シュレイダーからのシンプルにして力強いメッセージには心打たれる。但し、いきなりぶった切られる編集については、これからの二人の将来について考えると決して甘い結末にはならないという、作り手の意図を感じた。このラストは様々な解釈ができる部分だろう。
イーサン・ホークが見せる苦悩する熟練の演技や、アマンダ・セイフライドの夫に先立たれた妻の不安げな仕草など二人の演技も見事だし、戦争や環境破壊などのこの世界で起こっている現状は、果たして神の意思なのか?という問題定義も、観客の信仰心や考え方に委ねられるオープンな問いかけになっていて答えは出ない。そのため観終わったあとに、いろいろと思考が促進されるという意味では、地味ではあるが解釈の幅がある良い作品だったと思う。
7.0点(10点満点)