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映画「Mr.ノーバディ」ネタバレ考察&解説 とにかくテンポの速い語り口が魅力!飽きるヒマなしのアクション映画!

「Mr.ノーバディ」を観た。

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「ハードコア」のイリヤ・ナイシュラーが監督し、「ジョン・ウィック」シリーズで脚本を担当していたデレク・コルスタッドと監督と製作で名を馳せたデビッド・リーチが再タッグを組んだ本格アクションだ。主演は大ヒットドラマ「ブレイキング・バッド」や「ベター・コール・ソウル」で知られるボブ・オデンカーク。共演は「グラディエーター」のコニー・ニールセンや「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのクリストファー・ロイド、「デッド・ドント・ダイ」のRZAなど。「ジョン・ウィック」シリーズスタッフの名前に惹かれて、ほとんど期待しないで観た作品だったが、感想はどうだったか?今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:イリヤ・ナイシュラー

出演:ボブ・オデンカーククリストファー・ロイドコニー・ニールセン、RZA

日本公開:2021年

 

あらすじ

郊外にある自宅と職場の金型工場を路線バスで往復するだけの単調な毎日を送っているハッチは、地味な見た目で目立った特徴もなく、仕事は過小評価され、家庭では妻に距離を置かれて息子から尊敬されることもない。世間から見ればどこにでもいる、ごく普通の男だった。そんなハッチの家にある日、強盗が押し入る。暴力を恐れたハッチは反撃することもできず、そのことで家族からさらに失望されてしまう。あまりの理不尽さに怒りが沸々とわいていくハッチは、路線バスで出会ったチンピラたちの挑発が引き金となり、ついに彼の本性が現れる。

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全24p構成

縦型A4サイズ。映画評論家の松崎健夫氏、ライターの相馬学氏のコラム、主演ボブ・オデンカークイリヤ・ナイシュラー監督のインタビュー、プロダクションノートが掲載されている。パンフレットとしては平均的なクオリティだと思う。

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感想&解説

今のところ今年観たアクション映画の中では、ベストワン。ただ、このゴミ出しをしてもゴミ収集車に追いつけず、毎日会社でつまらない仕事をして、妻や息子からは軽んじられてという、主人公の”冴えないおじさん”に対して、どれ位共感が出来るか?で中盤以降の展開に感じるカタルシスの大きさは違うだろう。そういう意味では、主人公のハッチに対して感情移入できる年齢と立場であればあるほど、楽しめる映画なのかもしれない。まず主演のボブ・オデンカークが、パッと見の華が無いのも良い。過去の出演作からもアクション映画のイメージが全くなく非常に地味な俳優だと思うが、映画の後半ではグイグイと魅力的に見えてくるから映画というのは不思議だ。


基本的なストーリーはシンプルで、正直過去にもたくさん観てきたタイプの作品だと思う。実は殺人スキルを持っている地味な中年の父親が、その過去を封印して生活している。だがある日、犯罪に巻き込まれたことをきっかけに彼の暴力性が再び目覚めてしまうという流れであり、有名どころではリーアム・ニーソン主演「96時間」や、ジャッキー・チェン主演「ザ・フォーリナー/復讐者」、正確には父親ではないがデンゼル・ワシントン主演「イコライザー」などが同じ系譜の作品だろう。だが、本作がもっともそれらの作品と差別化しているポイントは、「作品のテンポ感」だ。映画の冒頭から画面いっぱいに「月曜日」「火曜日」と表示され、主人公ハッチの”つまらない毎日”の描写がされる。朝はゴミを出し忘れたことを奥さんに非難され、コーヒーを飲みながら出社、PCの数字を眺めるだけの仕事をして、帰ってから息子に話かけてもそっけなくされ、夜は奥さんとの触れ合いはなく寝るだけ。そして、それが毎日繰り返されるという描写なのだが、この編集テンポが速すぎてまるでコメディ作品のような演出になっていて面白い。ハッチにとっては、この過ぎていくだけの生活自体が退屈すぎて”煉獄”のようなのだ。


だが、ある晩にハッチの家に男女二人組の強盗が入るところから、彼の生活が一変していく。いかにも慣れていない強盗たちをみて、無抵抗なまま現金と時計を渡すハッチ。だが、その姿を見て息子は「家族を守れない父親」だと思い、落胆を隠せない。だが強盗たちが、ハッチの幼い娘が大事にしていた「子猫のブレスレット」も盗んだと知り、ついに彼は行動を起こす。犯人の手首についていたタトゥーを手掛かりに犯人を突き止めたハッチだが、彼らには幼い赤ん坊がいて貧困のために強盗をしたと知り、ブレスレットを取り返せないまま悶々とした感情で帰路につくハッチ。だが、その帰り道に乗ったバスに数人のチンピラが乗り込んできた事で、遂に彼の暴力性が爆発してしまう。


まず、このチンピラたちとの格闘シーンが素晴らしい。ジョン・ウィック」や「ロバート・マッコール」のような圧倒的な戦闘力で楽々と相手を倒していくというよりは、ハッチもボコボコに殴られナイフで刺されながらも、圧倒的な”執着力”で相手を倒していくのだ。だからこそこの戦闘シーンはリアルで痛々しい。この戦いによって、ハッチはもう一度「男」として目覚めていくという描写になっているのだ。「Mr.ノーバディ=なんでもない男」から「獰猛な雄」という本来の自分に変化していくからこそ、この夜に彼は妻に対してセックスを迫るのである。だがこのバスで倒したチンピラの中に、ロシア系マフィアの弟が含まれていた為に、ハッチと彼の家族はマフィアのボスに命を狙われる羽目になる。このあたりのマフィアの肉親を巡る展開は「ジョン・ウィック」一作目を思い出した。

 


しかし、ここからも「Mr.ノーバディ」は展開のスピードがまったく落ちない。本作こそ「ノンストップ・アクション」の名に相応しいと思う。マフィアたちがハッチの家に大挙して訪れる展開から、ここから彼の家族が人質になるのか?と思うが、ハッチは家族を地下室に隠して、マフィアをほとんど一人で迎え撃ってしまうし、スタンガンで痺れさせられて拉致されそうになっても、車のトランクから自力で脱出してさっさと反撃してしまう。ボロボロになりながらも逆境を引っ張らずに、速攻で事態を解決してしまうのである。ここまでの早いテンポ感は近年のアクション映画でも珍しいし、これがこの作品の大きな魅力だろう。家族とのベタベタしたドラマや主人公の苦悩など一切無しで、圧倒的な力とスピードで敵を追い詰めていく展開は退屈するヒマが全くない。敵方のロシアンマフィアのボスであるユリアンも、かなり残忍な男だと序盤の登場シーンから描いているからこそ、主人公ハッチの強さが際立つという演出も上手い。


ここからネタバレになるが、ユリアンのアジトで彼の金を全て焼いて、コレクションである絵画の中から何故か「ファン・ゴッホの寝室」を盗んだハッチは、ユリアンの経営するナイトクラブに単身で向かい、彼を挑発する。そして自分が買い取ったトラップだらけの倉庫にマフィアたちをおびき寄せると、そこからクリストファー・ロイド演じる父親とRZAが演じるハリーとの三人で、マフィアを一網打尽にしていくという”燃える展開”になる。ここでのシーンは「イコライザー」一作目のラストにおけるホームセンターでの戦闘を思い出した。ちなみに本作のクリストファー・ロイドは最高だ。バック・トゥ・ザ・フューチャー」の”ドク”を演じていた頃から30年以上も経っているが、あの独特の表情は健在で彼の登場シーンは幸福感でニヤニヤしてしまう。


正直、イリヤ・ナイシュラー監督の前作2015年の「ハードコア」はまったく感心しない作品だったが、本作は見違える出来だったと思う。監督は本作を韓国スリラーのような世界観にしたいという事で、キム・ジウン監督の「甘い人生」をムード作りの参考にしたとの事だが、本作のビジュアルイメージとアクション演出の出来には目を見張る。また本作の為に2年をかけてトレーニングしたという主演のボブ・オデンカークは、ジャッキー・チェンのファンという事もありボディダブルを使わないでスタントシーンを撮影したらしい。スタント・コーディネートは「アトミック・ブロンド」などを手掛けた「87イレブン」という事で、全編素晴らしいアクションシーンだった。


音楽も、冒頭からニーナ・シモン版の「Don't Let Me Be Misunderstood」が鳴ったかと思えば、「I Won't Give You Up」のようなジャズや、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」といったスタンダードまで、渋い楽曲の数々が楽しめるのも良い。また各楽曲の使い方もセンスが良いのである。サントラの発売が待ち遠しいくらいだ。アクション演出、役者、編集、音楽とアクション映画の重要な要素が高いレベルで融合した作品だった本作。どうやら続編もありそうなラストだったので、期待したい。正直、ストーリー展開や設定が目新しいというタイプの作品ではないが、92分というタイトな上映時間の中でジャンル映画の楽しさが存分に詰まった佳作だったと思う。こういう作品こそ映画館で観るのにオススメだ。

 

 

7.5点(10点満点)