「キャラクター」を観た。
今年も「花束みたいな恋をした」が大ヒットし、ミュージシャンとしても大活躍の菅田将暉が主演、更に本作が俳優デビューとなる「SEKAI NO OWARI」のFukaseの競演も話題となっているスリラーサスペンス。他の共演には小栗旬や高畑充希、中村獅童といった人気俳優が名を連ねている。脚本は「20世紀少年」など、数多くの浦沢直樹作品にストーリー共同制作者として携わってきた長崎尚志。彼がなんと10年の歳月をかけて練り上げたオリジナル作で、「世界から猫が消えたなら」「帝一の國」の永井聡がメガホンを取った話題作だ。今回もネタバレありで感想を書きたい。
監督:永井聡
日本公開:2021年
あらすじ
漫画家として売れることを夢見て、アシスタント生活を送る山城圭吾。ある日、一家殺人事件とその犯人を目撃してしまった山城は、警察の取り調べに「犯人の顔は見ていない」と嘘をつき、自分だけが知っている犯人をキャラクターにサスペンス漫画「34」を描き始める。人が良い性格の山城に欠けていた”リアルな悪”を描いた漫画は大ヒットし、山城は一躍売れっ子漫画家の道を歩んでいく。そんな中、「34」で描かれた物語を模した事件が次々と発生する。
感想&解説
こういったスリラーサスペンスの映画において、1995年のデヴィッド・フィンチャー監督「セブン」は今でも大きな影響を与えている作品なのだろう。2016年には小栗旬が主演した「ミュージアム」という、全編「セブン」へのオマージュに溢れたサイコサスペンス作品が公開されたし、(出来は残念な作品だったが)本作のタイトルシークエンスもカイル・クーパーの手法を強く思い出させる。恐らく作り手のリスペクトが感じられるかどうか?がポイントなのだろうが、そこへいくと本作「キャラクター」は犯人役のFukaseが演じる”両角”というキャラクターの自室が、ケビン・スペイシーの演じた”ジョン・ドゥ”の部屋ばりに被害者のポラロイド写真が壁に貼られていたり、主人公の”妊娠している妻”が犯人に狙われたりと、作り手たちの「セブン愛」がほとばしっているのは事実だが、本作は決して模倣だけに留まらない優れたサスペンス作品になっていたと感じる。
まずシンプルにストーリー展開がとても面白い。サスペンスにとってこの要素はとても重要だ。これまで画が上手いのに魅力的なキャラクターを描けず、デビューまで漕ぎ着けなかったマンガ家の菅田将暉が演じる山城圭吾。そんな彼がある夜にマンガの取材の為に訪れた一軒家で、偶然見かけた4人家族の殺人現場と血だらけの犯人からインスピレーションを受け、事件を元に描いたマンガ『34』を発表し大ヒットさせる。山城は殺人現場で犯人の姿を見ていないと、刑事に嘘の供述をしながら、作品を発表したのだ。そんな山城を怪しむ、小栗旬と中村獅童が演じる刑事たちは彼をマークし始めるが、殺人現場の近所には過去に殺人を犯した男が住んでおり、自分が一家を殺した犯人だと自供したことにより”辺見敦男”という男が逮捕される。だが山城は実際の犯人を見ている事から「犯人は辺見ではない」と知っている為、罪悪感に苦悩する。さらにマンガの大ヒットを受け、その作品の内容通りに4人親子が被害となる第二の殺人事件が起こる。そんな時、真犯人であるFukase演じる”両角”という男が、山城の前に現れ「先生が描いたもの、リアルに再現しておきましたから」と接触してくる。
まず本作は役者陣がとても魅力的だ。Fukaseに関しては本作が役者デビュー作とは思えないほど、見事にサイコパスのキャラクターを表現しており、特に声質の柔らかさと表情が残忍な行動とのギャップになっていて、強く”狂気”を感じさせる。また本作の清田刑事を演じる小栗旬もとても良い。「ミュージアム」と同じく刑事役なのだが、「セブン」でブラッド・ピットが演じたミルズ刑事というよりは、「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」を思い出させる役作りで、捜査に関してはやり手だが人情味あふれる刑事というイメージがしっかり伝わってくる。終盤に彼が、自信を喪失して漫画が描けなくなった山城に対して、「漫画描いてる?楽しみにしてるから」と去り際にかけるセリフが良すぎる。何気ない一言だが、彼の優しさがにじみ出ていて劇中でもっとも好きなセリフだ。
ここからネタバレとなるが、山城が目撃した第1の家族殺害事件の凶器が、第2の山道で行われた事件の殺害現場から出てきたことで、すでに逮捕されていた辺見の冤罪が確定する。一方で事件を追う清田刑事の独自捜査により、彼は『34』の殺人犯ダガー似の男”両角”の存在にたどり着く。同じころ、妻で妊娠中の夏美の前にまで姿を現した両角に恐怖を覚えた山城は、ついに清田刑事に実は殺人犯の顔を見ていたことを告白する。さらに山城は漫画の創作とはいえ、殺人の片棒を担ぐという罪悪感に耐え切れず、『34』の連載を止めようとするが、編集部の必死の説得でひとまず休載することになる。清田刑事は”両角”の捜査を続け、宗教的なコミュニティ組織の出自であることまでを突き止めるが、本人の居場所まではなかなか手が届かない。
捜査が難航する中、すでに発刊されている漫画雑誌と同じ「4人家族の殺人事件」がふたたび起こるが、そんな最中に清田刑事が辺見に刺され死亡するという事件が起こる。警察は辺見と両角の行方を追うことになるが、清田刑事の死に衝撃を受けた山城は”ある決意”をし、『34』の最終回を描くことを編集者に提案する。それは山城と彼の実家をダガーが狙うという内容の最終回であり、両角の逮捕の為に自らを囮とする作戦であった。だが「幸せな4人家族」をターゲットにしている両角は、「標的を変える」と山城に電話で伝えてくる。そのターゲットとは妊娠中の山城の妻である夏美であった。
まず犯人が4人家族だけをターゲットにしているという前提で、高畑充希演じる妊娠中の妻が狙われるという展開がなかなか意表を突いてくる。なんと”双子”を妊娠しているという設定にすることで、狙われる理由と意外性をしっかりと作っているのだ。さらに病院で山城に対して、「男の子か?女の子か?」を夏美が伝えない場面でもこの伏線を用意していて、フェアであると感じる。また山城が「漫画を描くこと」により、両角と対決するというのも燃える展開だ。この行動は中村獅童が演じる刑事の「漫画を描き続けろ」というメッセ―ジにも呼応しており、漫画の才能にコンプレックスを抱き続けてきた、山城の決死の行動として説得力があるのである。物語の中心人物である清田刑事が刺されるシーンのショッキングな演出も、ストーリーの意外性があり驚かされたし、不穏なラストの展開も素晴らしい。
終盤の両角と山城の格闘シーン後における、彼らの倒れこんだ”配置”と両角を殺そうとする狂気に満ちた山城の表情から、彼らは”裏表”の関係、もしくは同化していることが映像的に示唆される。これは「人間の本性はわからない」という中村獅童の演じる刑事のセリフにもリンクしている。またラストシーンにおける裁判にかけられた際に両角が語る「作品を作るには、アシスタントが必要でしょ」というセリフと、彼の部屋から発見される辺見からの大量の手紙の存在により両角と辺見は協力関係にあり、夏美と双子の赤ちゃんの様子を狙う不安定な視点のカットが挟まれる事から、これからの辺見の犯行が示唆される。
さらにエンドロールのラストで、刃物がこすれる「シャリ」という音が「二回」流れることも、辺見が夏美と子供たちを襲うことを裏付けているのだろう。本編ラストショットの両角のセリフ「僕は誰なんだ?」と被さるように、山城の顔面アップで示されるのは、両角と山城の”キャラクター(凶悪性)がもはや同化しているという事なので、さらにここから山城の復讐の煉獄が始まることが予想されるという、非常にダークな結末になっている。とはいえこれらはひとつの解釈に過ぎず、全てを描きすぎず観客の想像の余地を残しているという意味でも見事なエンディングだった。
もちろん本作でも残念なポイントはある。特に日本のサスペンスに多いのだが、まずは「警察組織が無能すぎ問題」だ。犯人である両角はピンクの髪の毛で目立つうえに、監視カメラで顔まで判明しているのだし、本人も殺人現場から血だらけで家まで帰ってくる位の無頓着ぶりなので、目撃証言や情報提供を呼びかければあっという間に捕まるのでは?と思ってしまう。世間を震撼させている凶悪犯の捜査にしては、警察の対応がユルすぎるのである。また第二の山道での一家殺人についても疑問が残る。第二の事件は漫画家である山城が、4人家族を幸せな一単位とする宗教的なコミュニティの記事をたまたま見たことから作品にしており、マンガを読んだ両角がそれを模倣したという流れだったはずだ。だが、偶然に両角がそのコミュニティ出身で、土地勘があったからマンガに書かれている場所が判定できたのだというのは、さすがに無理のある展開だろう。
またこれもありがちなのだが、ラストの山城が夏美を救いにマンションに戻るシーンで、なぜ警察は彼に護衛を付けるなり、べったりくっ付いて行動しないのか?山城も危険なのが解り切っている上に、すぐそこに武装した刑事がいるのになぜマンションに同行させないのか?も疑問だ。刑事が事前に護衛する民間人に、防弾チョッキを着せるというのも不自然だろう。これらはもちろん、この後の展開である中村獅童が演じる刑事の、「馬なりになって両角を殺そうとしている山城に発砲する」という行動に対する伏線だが、本来は正当防衛の山城に刑事が発砲することも含めて、これらの流れはかなり不自然な展開だと感じる。
というような場面ごとに気になる部分もあるが、そんなことは目をつむれるレベルで十分に面白い映画になっていることは間違いない。レイティングは「PG12」だが、子供が殺されてるシーンなども表現として逃げておらずかなり攻めた描写になっていたし、映像や演出のクオリティも高い。大きなストーリーの流れや展開も意外性があり引き込まれる為、スリラーサスペンスが好きな方には、十分に楽しめる作品になっていると思う。また菅田将暉が主演ではあったが、Fukaseや小栗旬の好演がかなり光った作品でもあり、高畑充希や中村獅童、松田洋治などの他キャストも含めて、素晴らしい演技アンサンブルだ。原作ありきではなく、こういうオリジナル脚本の良質なサスペンスが映画館で観られるのは、嬉しい体験だった。
7.0点(10点満点)