映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「イン・ザ・ハイツ」ネタバレ考察&解説 圧巻の完成度!年間ベスト級のミュージカル作品!

「イン・ザ・ハイツ」を観た。

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ミュージカル「ハミルトン」で注目を集めるリン=マニュエル・ミランダの処女作であり、トニー賞4冠とグラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞したブロードウェイミュージカルの映画化。監督は「クレイジー・リッチ」のジョン・M・チュウ監督。本作はマスコミからの評価も非常に高く、早くも本年度アカデミー賞最有力の作品らしい。出演は「アリー/スター誕生」のアンソニー・ラモス、「ストレイト・アウタ・コンプトン」「ブラック・クランズマン」のコーリー・ホーキンズ、グラミー賞ノミネートアーティストのレスリー・グレイスなどの実力派キャスト陣が勢ぞろいしている。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:ジョン・M・チュウ

出演:アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンズ、レスリー・グレイス

日本公開:2021年

 

あらすじ

変わりゆくニューヨークの片隅に取り残された街ワシントンハイツ。祖国を遠く離れた人々が多く暮らすこの街は、いつも歌とダンスであふれている。そこで育ったウスナビ、バネッサ、ニーナ、ベニーの4人の若者たちは、それぞれ厳しい現実に直面しながらも夢を追っていた。真夏に起きた大停電の夜、彼ら4人の運命は大きく動き出す。

 

 

パンフレット

価格900円、表1表4込みで全32p構成

パンフレットとして全体のクオリティは高い。ジョン・M・チュウ監督やアンソニー・ラモスらメインキャスト、リン=マニュエル・ミランダのコメント、ミュージシャンのKREVA、映画ジャーナリストの宇野維正氏、演劇ジャーナリストの伊達なつめ氏、音楽ライターの伊藤嘉章氏などによるコラム、全曲サウンドトラック紹介などが掲載されている。

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感想&解説

こういう作品をスクリーンで観ている時に、心底幸せを感じる。迫力のダンスシーンと洗練されたカメラワーク、早いテンポながらも考え抜かれた編集とラテンミュージックをベースにHIPHOPの要素を足したサウンド、これらの相性が抜群でスクリーンに引き込まれてしまう。俳優ヒュー・ジャックマンTwitterで、「圧倒された」と賛辞のコメントを送っており、「演技もダンスも音楽も演出も信じられないくらいに素晴らしい。この映画は圧勝だ」と発信しているらしい。舞台となるワシントンハイツの街頭の音が段々と音楽と溶け合っていき、ついには500人のダンサーが踊る7分間のオープニングのタイトルバックから名作の予感が漂ってくる。ちなみにセリフのほとんどを登場人物たちが歌詞に乗せてラップするスタイルで、全体のかなりの割合を音楽が占める映画のため、いわゆる"通常のセリフ"はかなり少ない。そのため、ミュージカルにありがちな「急に歌いだす感」は薄いので、ミュージカルが苦手な人でも本作の世界観には入り込める気がする。


本作の主人公は「ウスナビ」といい、移民である父親がアメリカに憧れて海軍の軍艦に書かれていた「U.S.NAVY」をそのまま息子の名前に付けたというエピソードが語られるが、本作の舞台であるマンハッタン北端の街「ワシントンハイツ」は、キューバプエルトリコドミニカ共和国などからの移民が夢を持って生きている場所だ。ウスナビは「ボデガ」と呼ばれる日用品を売る小さなコンビニを、いとこのソニーと一緒に経営しており、いつかは故郷のドミニカ共和国で亡くなった父親の店を再建するという夢を持って日々働いている。またワシントンハイツに帰郷したニーナという女性は、スタンフォード大学に進学した”地元で期待の星”だったのだが、学校で受けた差別や父親に負担させている学費の高さから退学を考えている。さらにバネッサという女性もファッションデザイナーを夢見て努力し、マンハッタンの中心部への移住を考えているのだが、移民であることからなかなか借り手が見つからず、才能もなかなか開花できずに悩んでいる。そこにベニーというウスナビの親友を入れた4人が、本作を引っ張っていくメインキャラクターとなる。


前半のハイライトとして、ウスナビの店で売っている宝くじで96,000ドルの当たりが出たことから、街中の人たちが「誰が当たったのか?自分ではないか?」という期待と共にプールで踊る印象的なシークエンスがある。文字通り「96,000」という曲に合わせて、「もし自分が当たったら」というそれぞれが抱えている夢への願望が描かれたシーンだが、まさにワシントンハイツに住む人たちの鬱積した日常と未来への期待が爆発した名シーンだ。このシーンにおけるキャラクターたちによる躍動感に満ちたダンスや、水しぶきや明るいライティングによるダイナミックな演出はジョン・M・チュウ監督の前作「クレイジー・リッチ」を思い出す。他にも停電した真っ暗な街で、まるでそれが自分たちの希望であるかのように打ち上がる花火と共に歌う「Blackout」という楽曲や、デートで訪れるナイトクラブで、モテすぎるバネッサに嫉妬するウスナビの心情と共に情熱的に歌われる、ラテンミュージックのジャンルであるメレンゲの「The Club」など、とにかく本作の楽曲レベルは異常に高い。

 

 


ここからネタバレになるが、その中でも個人的にもっとも感銘を受けた曲は、ウスナビの祖母のような存在であるアブエラが、自分の半生を歌う「Paciencia Y Fe」という楽曲で、幼い時にキューバからアメリカに渡ってきた後、言葉の壁に悩まされたり仕事も厳しい中、必死に生きてきたというワシントンハイツの生活そのものを表現した悲哀に満ちた楽曲だ。タイトルはアブエラの口癖である「忍耐と信仰」という意味らしいが、この曲の最中にアブエラがウスナビや友人たちを優しく見守るシーンが挟まれることにより、「辛い人生だったけど、良い友人に囲まれて幸せな人生だった」というニュアンスがセリフではなく見事に表現されている。このシーンの最後にアブエラは亡くなってしまうのだが、彼女が文字通り最後に残した「当たりくじ」が、「若い世代の夢」を叶えていくという脚本も非常に上手い。このシーンには思わず泣かされてしまった。


またミュージカルシーン以外の部分も、素晴らしいセリフが多い。アブエラの家でみんなが集まり音楽を聴きながら食事するシーンで、レコードが傷ついており「音飛び」がするのだが、アブエラは「この傷ついている部分が好きだ」と語る場面がある。彼女の楽天性や”過去の傷”をも受け入れる人間性が表現されている良いセリフだと思う。またウスナビがバネッサの夢を肯定し、彼女の描いたデザイン画に対して、「ワンダウーマンとシンプソンズゲルニカを合わせたような作品だ」と評するが、アメリカンポップカルチャーピカソの近代アートの組み合わせは”彼なり”の最大の賛辞なのだろう。これも不器用ながら、ウスナビのバネッサへの愛情が伝わる良いシーンだった。またニーナが移民の復権のために大学に復学したいということを父親に伝えるシーンでの、「ついに親を越えたな」というセリフの重さや、若いソニーの前に立ちはだかる不法移民への不当な扱いと戦う「決意の一言」など、キャラクターがしっかり描かれているからこそ、心に刺さるセリフが満載なのだ。


もちろんアメリカに住む移民の抱えている葛藤や悩み、人種差別などは日本に住んでいる自分には到底理解できないと思う。ただ、彼らの「今は持っていないが、いつかは叶えたい夢がある」という気持ちには共感できる。この作品は若い世代の夢だけではなく、様々な環境や年代の人たちが大小に関わらず「自分の夢」に向かって懸命に生きている様を描いているからこそ、こんなにも感動するのだろう。ニーナの学費のために、自分の経営する会社を売る父親も、自分の夢を諦めたのではなく「娘の人生の成功」という夢に、自分の目標を切り替えたのだ。ウスナビがラストで下す決断もまさにそれと同じだろう。


映画の冒頭、ウスナビが子供たちに過去の物語を語るシーンからこの映画は始まる。このウスナビが語る物語そのものが、この映画のストーリーであるという構成だ。彼のいる場所は海岸で、明らかにワシントンハイツでは無いことから、きっと映画の最後にはウスナビは夢を叶えて、故郷のドミニカでお店を経営しているのだろうと観客は想像する。ところが、これがミスリードなのである。ドミニカへ出発する前日、ウスナビは愛するバネッサと共に故郷のワシントンハイツに残ることを決断する。その時、砂浜はバネッサがお店の壁に書いた壁画であり、子供たちがウスナビの話を聞いていたのは彼のお店だったことが、映像の変化によって一瞬で表現される。これぞまさに「映画的な演出」であり、今のウスナビの夢はワシントンハイツにある事を表現した、見事なシーンになっている。このラストシーンで、ウスナビとバネッサの子供が「亡き父親の帽子」を被っていることから、父親の後を継ぐというウスナビの夢は、形を変えて達成されていることが表現されているのである。


本作の上映時間は143分とやや長尺だ。ただ濃厚な歌とダンス、示唆に富んだセリフと演出の数々を観ていると、至福の時間が過ぎていく。音楽のジャンルがラテンとヒップホップなので、人によっては「グレイテスト・ショーマン」や「レ・ミゼラブル」などと比べるとキャッチーな楽曲ではないとか、壮大なバラードもないので単調な曲が続くと感じるかもしれない。ただ好き嫌いは別にして、本作でリン=マニュエル・ミランダの手掛けた楽曲はとてつもないクオリティだと思う。個人的には大満足だった。本作のブルーレイは必ず購入すると思うが、こういう作品こそ映画館のスクリーンで観たいので、できればもう一度劇場に足を運ぶつもりだ。本年度ベスト10入りは間違いない一作である。

 

 

9.0点(10点満点)