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映画「アナザーラウンド」ネタバレ感想&解説 ダンスを踊るにはバランスが重要!ラストシーンでマッツが教えてくれる人生讃歌!

「アナザーラウンド」を観た。

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007 カジノ・ロワイヤル」「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」で有名なデンマークの俳優マッツ・ミケルセンが、2013年「偽りなき者」のトマス・ビンターベア監督と8年ぶりに再タッグを組んだヒューマンドラマ。「偽りなき者」でも出演したデンマークの俳優である、トマス・ボー・ラーセンやラース・ランゼらも再出演している。本作は2020年の第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションに選出されたほか、第78回ゴールデングローブ賞の最優秀外国語映画賞にもノミネートし、第93回アカデミー賞では監督賞と国際長編映画賞の候補に挙がり、みごと国際長編映画賞を受賞している。「アナザーラウンド」の撮影中に、トマス・ビンターベア監督の娘が交通事故で亡くなるという事件に襲われたらしいが、この悲劇も作品の内容に影響しているかもしれない。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:トマス・ビンターベア

出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、ラース・ランゼ、マグナス・ミラン

日本公開:2021年

 

あらすじ

冴えない高校教師のマーティンと3人の同僚は、ノルウェー人の哲学者が提唱した「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を証明するため、実験を行う。朝から酒を飲み続け、常に酔った状態を保つと授業も楽しくなり、次第に生き生きとしだすマーティンたち。生徒たちとの関係も良好になり、人生は良い方向に向かっていくと思われた。しかし、調子にのってアルコールの量を増やす実験を進めるにつれて、次第に彼らの運命は狂い始めていく。

 

パンフレット

価格1,000円、表1表4込みで全52p構成。

縦型オールカラー、紙質、レイアウト共にデザイン性とクオリティが高い。トマス・ビンターベア監督やマッツ・ミケルセンのインタビュー、ゲームクリエイター小島秀夫氏、映画ライターよしひろまさみち氏、映画評論家の大場正明氏によるコラムやプロダクションノートなどが掲載されている。

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感想&解説

トマス・ビンターベア監督とマッツ・ミケルセンのタッグ作である、前作「偽りなき者」は素晴らしい作品だった。無実の罪に問われたマッツ・ミケルセン演じる主人公が、周りの人間から暴力によって迫害され追い詰められていくが、最後まで人間としての尊厳を捨てず戦う男のストーリーだったが、マッツ・ミケルセンが精神的にも肉体的にもボロボロになっていく様は映画を観ていて息苦しかったほどだ。「偽りなき者」は、幼稚園の先生である主人公が”性的ないたずら”をされたという少女の嘘を発端に、コミュニティから迫害されていくという「トラブル巻き込まれ型」の主人公だったのに対して、今作「アナザーラウンド」の主人公は「教育者」という立場は同じながらも、自らが進んで酒を飲むことでトラブルに巻き込まれていく分、やや”自業自得感”は否めない。観る前は陽気にお酒をあおるマッツ・ミケルセンのメインビジュアルの印象もあり、コメディタッチの作品だと思っていたが、そこはトマス・ビンターベア作品だけあって、そんな単純な映画にはなっていない。

「酒を飲む」ということの”良い側面と悪い側面”を描いているし、本作は「お酒」がテーマなのは間違いないのだが、家庭もうまくいっておらず、教師という仕事にも熱意が持てない、”くたびれた中年男たち”がもう一度人生を取り戻すべく奮起する物語という意味で、もっと古典的なテーマを描いているような気がする。お酒はあくまで変化のきっかけであって、その変化によって一旦は喜びを知るのだが、やがて今まで目を背けていた「現実」と向き合い傷つくが、最後はそれを克服していくという、実はシンプルで普遍的な構造のストーリーだと思う。「血中アルコール濃度を一定に保てば仕事の効率が上がる」という理論を試しに実践する4人の中年男という、トッド・フィリップス監督「ハングオーバー!」シリーズのような楽天的なプロットなので、一見コメディ映画のような内容を想像してしまうが、実は本作はもっと「人生そのもの」を描いたシリアスな”人生賛歌”になっているのである。


ストーリーとしては、冴えない生活を送っていた高校教師マーティンが主人公で、教師という仕事自体にも熱意が感じられず生徒や親からクレームが来るほどだし、看護師の妻とはすれ違いの生活で、2人の息子たちに対しても親としての威厳すら保てない毎日。ただ過ぎていくだけのつまらない日常に飽きながらも諦めていたが、マーティンの友人である3人の教師トミー、ピーター、ニコライと夕食を共にしていたところ、ノルウェーの哲学者が提唱する「血中アルコール濃度を0.05%に保つと仕事の効率が良くなり、想像力がみなぎる」という理論が話題に出て盛り上がる。そしてその帰り道、酔った4人は子供のようにはしゃぎながら帰り、楽しい時間を過ごす。

 

そして次の日マーティンは学校のトイレにこもり、こっそり持ち込んだ酒を少しだけ口にして授業をしてみると、いつもとは違う自分を発見する。そして同僚3人にも例の実験をしながら論文にまとめることを提案し、次の日から教師4人は常に血中アルコール濃度を「0.05%」に保ちながらの生活を始めることになる。すると、授業の内容も様変わりし生徒たちの評価も上々、家族にも強引に旅行の計画を実行することで絆が深まり、マーティンの人生がすべてがうまくいき始める。それは他の教師も同様の結果だった。これに気を良くして、さらにアルコールの量を増やしていくことを決めるマーティンたち。校内でアルコールのボトルが見つかるという事故はありつつも、自分の人生が楽しく充実していくことへの欲求が止められず、酒を飲み続ける日々を過ごしていく。

 

ここからネタバレになるが、そんなある日、彼らはどこまで自分たちは酔えるのか?という”実験”を行い、昼は家で飲み明かし夜はバーで大騒ぎするという行動に出る。その結果マーティンは記憶を無くすほど泥酔し、路上で寝込んでいるところを息子に介抱されるという醜態をさらしてしまう事で、妻との関係もふたたび悪化し離婚の危機が迫るほど険悪な関係になってしまう。そして友人のひとりであるトミーは教師でありながら、泥酔して学校に訪れるほど酒への依存度が高くなりそんなトミーをマーティンが心配した矢先に、彼はボートで海に出て戻らぬ人となってしまう。この事故を通してマーティンたちは家族や仕事と向き合い、もう一度人生を復活させていく。そしてラストシーンである生徒の卒業儀式では、マーティンは幸せを満喫するかのように生徒たちと共に飲み踊る。そして海へ跳躍するシーンでこの映画は終わる。


このラストシーンからも解るように、この映画はお酒に対して否定的な描き方はしていない。ましてやアルコール依存症を非難したり、飲まない人生の方が良いと説いたりもしない。アメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトウィンストン・チャーチルヘミングウェイが大酒飲みで成功したという例で登場するが、これもアルコール自体を肯定しているというよりも、”皮肉な笑い”を生みだすためのセリフだろう。節度のない飲み方をすれば悲惨な出来事を呼び寄せるが、人生を楽しむためにはお酒は良い材料にもなり得る。大事なことは「自分を自分でコントロールすること」だと、このラストシーンでは語っていると感じた。ダンスは体のバランスが重要で、泥酔していてはとてもダンスは踊れない。だが適量のアルコールは、一歩踏み出してダンスを踊る”勇気”をくれる。マッツ・ミケルセンが魅せるしなやかなダンスシーンは、そのバランスを映像的に見事に体現している。だからこそ、あれだけ開放的で幸福感のあるシーンになっていると思うのだ。


さらに記憶に残るのは、トミーが育てた少年サッカーチームのメガネくんだ。特にトミーの手をぎゅっと握るシーンの可愛らしさは忘れがたい。葬儀に列席したメガネ君は赤いバラを捧げ、歌を歌う。トミーも生徒たちの人生に大きな思い出を残したことが描かれた良い場面だった。マーティンたち4人の教師は、自分たちでは何も成し遂げていない落ちぶれた人間だと思っているのだが、彼らの存在が生徒を勇気付けて、新しい門出へと導いているのである。そして、やはり役者としてのマッツ・ミケルセンの演技は本作でも格別だ。特に彼が涙するシーンは全ていい。号泣ではなく、抑えられない感情が思わず涙となって流れていくといった感じで、観ていて胸を締め付けられる。

 

決して脚本が完璧な作品ではないし、特に後半は無理に盛り上がりを作ったような強引な展開は気になる。奥さんから「私も寂しい」とメールが来る流れは前振りがまったくないので、その心変わりが唐突に感じるし、トミーが死ぬ流れもいささか急すぎる。キャラクターへの感情移入や物語の完成度という意味では、前作「偽りなき者」の方が優れた作品だろう。ただ本作「アナザーラウンド」は、人生に疲れた中年男たちが不器用ながらももう一度立ち上がる姿を描いているという意味で、自分の実人生と重ね合わせて勇気をもらえる映画になっていると思う。劇中で決して褒められない残念な行動を取るキャラクターたち。だが、そんな彼らも決して負け犬ではないのである。それがこのラストのダンスシーンに凝縮されていて痛快だ。最後に、中盤で彼らが楽しそうに泥酔していくシーンでかかる、The Metersの「Cissy Strut」がシーンに合っていて、個人的にはとても好きな場面だった。トマス・ビンターベア監督の次の新作は、どうやらコリン・ファース主演の英語作品らしい。意外と近い将来に観れそうで楽しみだ。

7.0点(10点満点)