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映画「クーリエ 最高機密の運び屋」ネタバレ考察&解説 「キューバ危機」をテーマにした、ベネディクト・カンバーバッチの役者魂を堪能できる良作!

「クーリエ 最高機密の運び屋」を観た。

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キューバ危機の舞台裏で繰り広げられた実話を基に、第三次世界大戦を回避するべく奔走した男たちの友情と決断を描いたスパイサスペンス。主演はベネディクト・カンバーバッチ。共演は「名もなきアフリカの地で」のメラーブ・ニニッゼや、ドラマシリーズ「マーベラス・ミセス・メイゼル」のレイチェル・ブロズナハンなど。監督は舞台演出家でありながら「追想」などの映画監督としても活躍するドミニク・クック。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:ドミニク・クック

出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン

日本公開:2021年

 

あらすじ

1962年10月、アメリカとソ連の対立は頂点に達し、キューバ危機が勃発。英国人セールスマンのグレヴィル・ウィンは、スパイの経験など一切ないにも関わらず、CIAとMI6の依頼を受けてモスクワへと飛ぶ。そこで彼は、国に背いたGRU(ソ連参謀本部情報総局)の高官ペンコフスキーとの接触を重ね、機密情報を西側へと運び続けるが彼らには危険が迫っていた。

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全24p構成。

縦型オールカラー。ベネディクト・カンバーバッチやメラーブ・ニニッゼへのインタビュー、映画評論家の大森さわこ氏、軍事評論家の小泉悠氏や津久田重吾氏によるコラムやプロダクションノートなどが掲載されている。

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感想&解説

60年代の冷戦時に起きた「キューバ危機」を背景に制作された実話である。ベネディクト・カンバーバッチが主演したスパイサスペンスという事で、期待して鑑賞したが、これが想像以上に良い作品であった。ベネディクト・カンバーバッチが出演しているスパイ映画といえば、トーマス・アルフレッドソン監督「裏切りのサーカス」を思い出すが、あの作品は「二重スパイ」をテーマにした脚本がやや複雑だったのに対して、本作の構造は非常にシンプルでわかりやすい。だが両作品とも映像が重厚でクオリティが高いのも特徴だ。主人公は平凡なイギリス人のセールスマンであるグレヴィル・ウィンという男で、彼はスパイ活動にはまったくの素人であるにも関わらずCIAとMI6に目を付けられ、ソ連へ渡り核兵器に関しての”機密情報”を持ち帰るという任務を託されるというのが、序盤の展開だ。まるでフィクションのような話だが、これが実話という事で驚かされる。

また序盤のカンバーバッチ演じるグレヴィル・ウィンの登場シーンが印象的なのだが、彼はお客とのゴルフ接待でわざとパットを外すし、結果的に商談に勝つという「デキるセールスマン」で、いざとなれば口が立ち度胸もある男だということが冒頭から示される。最初こそ「自分にはスパイなど無理だ」とCIAの依頼を断ろうとするのだが、持ち前の好奇心と正義感に動かされてソ連に渡り、GRU(ソ連参謀本部情報総局)の高官ペンコフスキーと接触することで、友情を築いていくというのが前半のストーリーである。この間に派手なアクションシーンやスパイ用ガジェット、美しいヒロインとの恋愛などは一切登場せず、リアルな情報の引き渡しが淡々と描かれる。しかもグレヴィル・ウィンは頻繁に出張を繰り返すために、妻から浮気を疑われたりもするのだ。だが実在のスパイというのは、これくらい地味なものなのだろう。そういう意味ではおとなしいスパイ映画だし、後半のショッキングな展開も含めて全体的にシリアスな作風ではある。だが、本作はただのスパイ映画に留まらず、多様なテーマを描いた作品でもあるのだ。


ロシア人であるオレグ・ペンコフスキーがロンドンにあるグレヴィル・ウィンの自宅を訪れ、彼の家族と共に食事する場面があるのだが、そこでウィンの息子が「ソ連の人たちは、そんなに(イギリス人の)僕たちが嫌いなの?」と聞くシーンがあるのだが、子供の目を通すと国同士が核兵器を保持しあって冷戦をしているのが不思議だというのが、端的に表現された良いセリフだが、それに対してペンコフスキーが、「確かに政治家はいがみ合ってるけど、お父さんと私は一緒に仕事をして、お互いの家族にも会ってる。我々のような人間から世界は変わるのかもしれないよ」と答えるセリフも良い。本作はスパイサスペンスであるのと同時に、男同志の熱い友情を描いた物語でもあるのだ。中盤のバレエを観るシーンも特徴的で、最初はバレエは観たことがないと言っていたグレヴィル・ウィンだが、ペンコフスキーがソ連を亡命脱出しようとする前夜に、二人で「白鳥の湖」を観劇するシーンがある。グレヴィル・ウィンがソ連ボリショイ・バレエを観ながら感激の涙を流すというシーンだが、ここでは「芸術には国境などないのだ」というメッセージと共に、同じステージを観て感情を共有できる”二人の友情”を強く感じる名シーンになっている。ちなみに演目を「白鳥の湖」にしたのは、「これから何か恐ろしい結末が待っているんじゃないか」と予感させる演目なので選んだと、ドミニク・クック監督がインタビューで答えている。

 

 


本作はベネディクト・カンバーバッチの”独壇場”だと思う。彼がスパイ活動をしているシーンもさることながら、個人的にはグレヴィル・ウィンが家族と過ごしているシーンが印象に残っている。家族でキャンプに行って息子がレインコートを忘れてきたというシーンで、彼が息子を必要以上に怒鳴りつけるセリフなど、彼が普段のスパイ活動で受けているストレスやプレッシャーをうまく表現していると思うし、ロンドンで安穏と暮らす家族との温度差も表現されていて上手い。また妻が友人に漏らす「夜が激しい」という発言は、生命の危険にさらされると男は性欲が高まると言われている事例から、彼が命がけでスパイ活動をしているのだということを、湾曲的に表現している面白いセリフだと思う。ここからネタバレになるが、本作でのベネディクト・カンバーバッチ白眉の演技は、もちろん終盤の刑務所収容のシーンだろう。国への背信行為がバレそうなペンコフスキーを救うために、キューバ危機の影響で危機感が高まっているソ連に戻り、彼と家族を亡命させようとするグレヴィル・ウィンだったが、寸前でソ連政府に逮捕されてしまう。そしてそこから極寒の刑務所での生活が描かれるのだが、これが実話だけに非常にキツイ展開なのだ。


ベネディクト・カンバーバッチもこの撮影のためにかなり体重を落としたのだろう。それだけにここから終盤は彼の迫真の演技が堪能できるし、つらい拷問を耐え抜いた末にお互いに口を割らなかったペンコフスキーとの再会と、彼の行動を称えるセリフには強い感動を覚える。本作はこの一連のシーンが観れただけでもう満足なくらいだ。対比として、前半のグレヴィル・ウィンとペンコフスキーが出てくるのだが、これを観ると改めて役者というのは凄まじいなと感じてしまう。それだけ説得力のある肉体改造と演技なのだ。本作の最大の見どころは役者陣だろう。それだけにベネディクト・カンバーバッチとメラーブ・ニニッゼをキャスティングしたドミニク・クック監督の功績は大きい。それにしてもアメリカのCIAとイギリスのMI6が、一般人を巻き込みながらスパイ活動をさせたうえに、約2年もソ連の刑務所に入れたままにしたというのが史実だと思うと恐ろしい。さすがにレイチェル・ブロズナハンが演じたCIAエージェントは、当時の社会情勢の中での女性のポジションとしては不自然なので、架空の人物らしいが、それにしてもこの物語の中核は史実だというのは改めて驚きである。


本作を鑑賞する前に、60年代におけるアメリカとソ連の歴史的背景はある程度知っておくほうが、より楽しめるだろう。特にロジャー・ドナルドソン監督「13デイズ」や、マシュー・ヴォーン監督「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」でも描かれていた「キューバ危機」について、本作の中ではそれほど詳細に語られないので、ある程度の前知識はあった方が良いと思う。ソ連核兵器を撤去したことで核戦争は起こらなかったという実際の顛末についても、本作ではさらっと語られるだけだ。それにしてもキューバ危機の影で、実際にこんな人物たちがいたとは、本作を観るまでは知らなかったのでとても勉強になった。また最近では、すっかり「ドクター・ストレンジ」のイメージしかなかったベネディクト・カンバーバッチだが、さすがロンドン音楽芸術学院で演劇を学んだ、才人だと今作では改めて思わされる。それだけ素晴らしい演技と役者魂だったと思う。彼がロンドンの家に帰ってきた時の、ラストシーンにおける表情は忘れられない。あれは決して安堵の表情ではないだろう。映画館で観ておいて良かった一作だった。

 

 

7.0点(10点満点)

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