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映画「クーリンチェ少年殺人事件」ネタバレ感想&解説 236分の傑作!まずは人物相関図を把握してからの鑑賞がオススメ!

「クーリンチェ少年殺人事件」を観た。

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2007年に59歳という若さで没した台湾の名匠エドワード・ヤンが、1991年に手がけた青春群像劇。1991年の東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、日本でも92年に劇場公開されている。主演は「グリーン・デスティニー」「グランド・マスター」などのチャン・チェンチャン・チェンにとって本作がデビュー作となる。上映時間が188分のバージョンと236分のバージョンが存在し、2017年にデジタルリマスターされた、236分のロングバージョンが日本劇場公開となっている。今回はこのデジタルリマスター版のブルーレイを鑑賞したので、今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、ワン・チーザン
日本公開:1992年/2017年(リマスター版)

 

あらすじ

1960年代初頭の台北。建国高校昼間部の受験に失敗して夜間部に通う小四(シャオスー)は不良グループ〝小公園“に属する王茂(ワンマオ)や飛機(フェイジー)らといつもつるんでいた。 小四はある日、怪我をした小明(シャオミン)という少女と保健室で知り合う。彼女は小公園のボス「ハニー」の女で、ハニーは対立するグループ〝217”のボスと、小明を奪いあい、相手を殺して姿を消していた。ハニーの不在で統制力を失った小公園は、今では中山堂を管理する父親の権力を笠に着た滑頭(ホアトウ)が幅を利かせている。小明への淡い恋心を抱く小四だったが、ハニーが突然戻ってきたことをきっかけにグループ同士の対立は激しさを増し、小四たちらも巻き込まれていく。

 

感想&解説

上映時間236分、3時間56分の大作である。しかも最初の1時間は、登場人物やグループ名などの固有名詞を把握するだけで精一杯で、ストーリーについていくのが大変だ。さすがに2時間を過ぎたあたりからは、各キャラクターの関係性も理解できるようになり、この映画の描きたい内容がわかってくる。ただ、全体的に画面作りが見事なために不思議と飽きることはない。僕も約4時間鑑賞した翌日に、もう一度最初から観直していたら結局最後まで観てしまい、おかげでよく内容が理解できた。映画ファンの間では非常に有名なタイトルだし、BBCが1995年に選出した「21世紀に残したい映画100本」に台湾映画として唯一選ばれたり、「キネマ旬報」誌の90年代洋画ベストテンでも、クリント・イーストウッドの「許されざる者」やクエンティン・タランティーノの「パルプフィクション」を抜いて堂々の一位に選ばれた作品で、いわゆる「映画史上に残る傑作」と評価されている映画だと思う。

舞台は1960年代初頭の台北で、受験に失敗した為に夜間部に通う”小四(シャオスー)”が、ある日足を怪我をした”小明(シャオミン)”という少女と保健室で知り合い、彼女にほのかな恋心を抱く様子を描いていくのが序盤の展開だ。それと同時に小四は、「小公園」という少年不良グループに属しており、現在は「217」というグループと対立していること、小明は「小公園」のリーダーである”ハニー”の彼女であるが、ハニー本人は殺人を犯したために台南に姿を消していること、その間に”滑頭(ホアトウ)”という男がグループの中で幅を利かせていること、小四の兄が「217」グループのリーダーである”山東(シャンドン)”にビリヤードの賭けにより金を借りていること、小四の父親は公務員だが貧困にあえいでいることなどが、次々に説明されていく。小四の友人なども含めて登場人物が多く、しかもそれぞれにキャラクターが立っているので、主人公は小四なのだがいわゆる”群雄劇”にも近いスタイルだ。

 

ここからネタバレになるが、「小公園」のリーダーであり小明の彼氏である”ハニー”が、再び台北に戻ってくることで物語は大きく動き出す。中山堂でのコンサートの夜、ハニーが敵対する「217」のリーダー”山東”によって彼は殺されてしまうのだ。それによりグループ間の対立は激化し、結果的に山東は豪雨の夜に仇討ちされる。さらに同じ夜、小四の父は中国スパイとの繋がりを疑われ当局によって軟禁され、家族との関係も不安定になっていく。ハニーを失った悲しみに暮れる小明に急接近する小四だったが、不純異性交遊だと学校に咎められたことから職員室でバットを振り上げ、それが原因で退学になってしまい、さらにライバルであったはずの”滑頭”や親友の”小馬(シャオマー)”までもが小明と付き合っていたことを知り、小四は精神的に追い込まれていく。そして、「小明は遊びだ」と言い放った”小馬”を短刀を持って待ち伏せしていたところ、たまたま通りかかった小明に声をかけられたことから言い争いになり、小四は思わず彼女を刺し殺してしまう。

 

これは実際に1961年に台北で起きた事件らしく、14歳の少年による同級生の殺人は当時かなり異例だったようだ。本作はこの事件から着想を得たエドワード・ヤンが、映画用に脚本化した作品なのだが、基本的には少年の恋心とそれが壊れていく”青春映画”の骨格がありつつも、ひとつの家族の絆を描いた作品でもあり、少年たちの友情物語でもあり、ヤンキー映画のような抗争もあり、60年代という時代背景の中で中国から台湾に渡ってきた大人たちの葛藤の物語でもありと、多様な要素が混じった作品になっている。学校に呼び出された父親が教師から不当な仕打ちを受けた息子をかばい、帰り道に自転車を押しながら「自分なりの正しい道を探して、信念を信じないなら生きる意味がない」と息子に告げる場面がある。だが、生活が苦しくなってきたうえに息子が退学処分になった終盤のシーンでは、あえて自転車を押す構図を前半とほぼ同じにして、「タバコを禁煙したら、お前の眼鏡が月賦で買えるな」というセリフを言わせている。これは映画の前半と後半で、父親の内面が変化していることを表現しているのだろう。このセリフが理想論ではなくリアルな生活の話になっている事から、父親も辛い現実には勝てなかったことが伝わってくる。

 

また敬虔なキリスト教信者である次女の姉が、「社会は不公平すぎる。みんなが自分のことばかり考えるから」と言うセリフがあるが、ヒロインの小明は、小四の友人だと知りながら、金持ちの”小馬”とその家族に取り入ったり、チームリーダーの”ハニー”という恋人がいながらも、二番手として頭角を現していた”滑頭”とも、そして自分に優しくしてくれる若い医者とも関係を持っていたことが判明する。この作品では「愛は決して現実に勝てない」のである。滑頭の彼女だった”小翠”は、「私を変えるつもり?私は変わらないわ」と言い、文字通り彼の目の前で扉を閉める。そして序盤のシーンで”小明”が「世界は変えられないと、ハニーにも忠告するの」というセリフがあるが、それと呼応するように彼女が刺される直前のセリフは、「私を変えたい?この社会と同じく(私は)変わらないのよ。」だ。主人公がどれだけ愛を注ごうと努力しようと彼女たちの生き方は変わらないし、自分たち家族を苦しめる社会も変わらない。資本主義に負け、小明に裏切られた小四はもう彼女を殺すしかなかったのである。

 

終盤のシーンで、小明をヒロインにしたいという映画監督に小四が言うセリフ、「何も見抜けないで何が映画だよ。」は、自分への怒りでもあったのだと思う。本作のキャッチコピー「この世界は僕が照らしてみせる。」は、小四が映画スタジオから盗んだ「懐中電灯」が重要なアイテムになっているからだろう。押入れの中で懐中電灯を照らしながら過ごす世界は、”自分だけの世界”だ。だが彼が懐中電灯を手放し、手ぶらで世界に飛び出した途端に冷酷な洗礼を受ける。14歳という小四の懐中電灯が照らせる範囲は、まだ極めて狭かったのだ。だからこそ、本作一番の愛されキャラ”小猫王(リトル・プレスリー)”の歌声が、憧れのエルビス・プレスリーの元に届いたという事実が、唯一この作品の「閉じられた世界」が開いた瞬間だ。苦しい現実でも夢を持って発信していけば、いつかは届くということを”小猫王(リトル・プレスリー)”が体現してくれた、ラストの名シーンだった。

 

「3時間56分」という長尺の作品だったが、これは観るに値する素晴らしい映画だった。あえて画角を制限して表情や人物そのものを映さない構図や、闇の中から突然バスケットボールが飛んでくるようなホラー的表現、背後からワンカットで追いついてきたかと思えば、ブラスバンド部という大人数の前での告白シーンなど、特徴的なカットに溢れた作品だとも言える。ただしこれから観る方は、人物相関図などを事前に観ておいて、ある程度キャラクターの名前と関係を知ってからの鑑賞がオススメだ。エドワード・ヤン監督の代表作として他には、1986年公開「恐怖分子」と2000年公開「ヤンヤン 夏の想い出」があるが、どちらもまだ未見のためになるべく早く鑑賞しておきたい。マーティン・スコセッシウォン・カーウァイが「傑作」だと評したらしいが、確かに「クーリンチェ少年殺人事件」は台湾映画の枠に留まらない、後世に残る作品であった。

8.0点(10点満点)


牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件(字幕版)