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映画「クライ・マッチョ」ネタバレ感想&解説 今のイーストウッドにしか撮れない、"成熟した男"のモテっぷりを描く問題作!

「クライ・マッチョ」を観た。

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恐怖のメロディ」で監督デビューして以来、今年で50周年を迎えたクリント・イーストウッドの40作目監督作。監督/主演作なら23本目となる作品で、1975年に発刊されたN・リチャード・ナッシュによる小説の映画化だ。今作でももちろんイーストウッドが監督/製作/主演を務めており、1979年のメキシコを舞台にしたロードムービーでありヒューマンドラマになっている。共演はエドゥアルド・ミネット、ナタリア・トラベン、ドワイト・ヨーカムなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:クリント・イーストウッド

出演:クリント・イーストウッドエドゥアルド・ミネット、ナタリア・トラベン、ドワイト・ヨーカム

日本公開:2022年

 

あらすじ

かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・マイロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコにいる彼の息子ラフォを誘拐して連れてくるよう依頼される。親の愛を知らない生意気な不良少年のラフォを連れて、メキシコからアメリカ国境を目指すことになったマイクだったが、その旅路には予想外の困難や出会いが待ち受けていた。

 

感想&解説

個人的にはクリント・イーストウッドの新作というだけで、内容に関係なく劇場に足を運んでいる気がする。前作が2020年の「リチャード・ジュエル」、その前が2019年「運び屋」、さらにその前が2018年「15時17分、パリ行き」ということで、恐るべきペースで作品を発表している監督だろう。今年91歳とは到底思えず、クリント・イーストウッドの作品を観ていると本当に勇気がもらえる。イーストウッドが同時代に存在しているということ自体に、無条件で感動してしまうのだ。しかも本作は主演作で、もちろん「ダーティハリー」の頃とは外見も変わったが、それでも俳優としての魅力は衰えていないと思う。イーストウッドが本作で描きたいテーマのひとつは、「年齢を重ねて男が成熟するという事とは?」だろう。

1979年、イーストウッド演じる元ロデオスターのマイクが、テキサスにある勤め先の牧場主であるハワードから、「お前はもう過去の人間だ」とクビ宣告されるところから、この映画は始まる。だがその一年後、そのハワードから別れた妻リタの元にいる13歳の息子ラフォを、メキシコから連れ戻して欲しいという犯罪まがいの誘拐を依頼されるが、住む場所を提供してくれていたハワードへの借りを返すべく、マイクはメキシコを目指す。その後メキシコの豪邸に住む元妻リタに会うが、彼女は酒浸りで男好きという自堕落な生活を送っており、息子のラフォは「不良」でいつも闘鶏場にいると教えられる。マイクは「マッチョ」と呼ぶ雄鶏を大事にしているラフォと闘鶏場で会い、父親の元に行く説得に成功する。だが元妻リタは用心棒にマイクの跡を追跡させて、息子のラフォを取り戻そうとしていた。そんな時、マイクとラフォが立ち寄った食堂で出会った女主人マルタとその孫たち。彼女たちとの間に愛情と絆が生まれたマイクたちは車が故障したこともあり、しばらくその街で滞在することになる。だが二人にはリタの雇った用心棒の手が迫っていた、というのが本作の概要だ。


本作を観ながら思い出すのは、2009年日本公開の「グラン・トリノ」だろう。モン族の少年タオと年老いて孤独な老人との交流を描いた作品で、本作のマイクとラフォとの関係にはそれが透けてみえる。ただ決定的に違うのは、本作の少年ラフォはマイクに向かって、「昔はマッチョだったんだろ?」「あんたは弱い」と言い、白人の蔑称である「gringo」と呼ぶ。あの「夕陽のガンマン」「真昼の死闘」「ダーティ・ハリー」「許されざる者」などの過去作で散々"強い男"を演じてきた、あのイーストウッドにである。だが本作のイーストウッド演じるマイクは、本当の強さとは「マッチョ」である事ではない、と本作を通して説いてくる。車を盗まれても早々に諦めて徒歩で歩き、自ら台所で料理を作り、聾の少女と手話で会話し、愛する女性とダンスする。そういう事が出来るのが、”成熟した強い男の姿”なのだと全編を通じて語り掛けてくるのである。ここが「グラン・トリノ」から14年経った、クリント・イーストウッドの”現在地点”なのだろう。

 


そして劇中での大きなトピックスは、やはり食堂を営む女性マルタとの恋愛だろう。ここからネタバレになるが、まさか91歳の老人の恋模様をこれだけ赤裸々に見せられるとは思わなかった。だが、これも本作のテーマと強く結びついている。”フィジカルな強さ”だけが、決して女性を惹きつけるのではないということだ。強敵からヒロインを力で守り悪役を倒すことで、女性の心を掴んできた「アメリカ・ハリウッド映画」の主人公たち。だがその代表格でもあるイーストウッドは本作では、誰も殺さない。そしてラフォを父親のもとに返すという仕事を終えたあとは、愛した女性のもとに自ら”帰っていく”のである。こんなイーストウッドの姿を昔は誰が想像できたであろうか。終盤、少年ラフォがずっと抱えてきた、闘鶏「マッチョ」を別れ際にマイクに渡すという行動から、彼の意志が少年にも継承されたことを描く。ラフォは文字通り、この旅を通じて「マッチョ」を手放したのである。ここは主人公ウォルトからモン族のタオが車を継承したグラン・トリノ」とは、まったく逆の構図になっているのが面白い。そしてラストシーンでは美しい照明に照らされた撮影の中、マルタとダンスを踊る姿で本作は幕を閉じる。


それにしても驚くほどに地味な作品である。基本的には少年とのロードムービーなのだが、なにか大きな事件や手に汗握る展開がある訳ではない。途中で車を盗まれたり、追っての用心棒に車をぶつけられたり、突然警官に止められたりといった、”本作の中では”スリリングな場面はあるのだが、これらはあっけないほどに解決してしまい、老人と少年の行く手を大きく阻むことはない。ただし、これはほとんど意図的な作劇なのだろう。いったんハリウッド映画としては異例な位に、エンターテイメント性をはぎ取り、今回はひたすらにシンプルな「ヒューマンドラマ」であり「ロードムービー」を、イーストウッドは作りたかったのだと思う。過去の監督作の中でも、もっともストーリーの起伏が無い映画だと言える。だが104分という上映時間で、なぜか退屈だと感じる時間はまったくないのが逆にすごい。ただし、それはクリント・イーストウッドという監督&俳優の半生と、「昔の俺は凄かった。だが今は違う」と語るマイク・マイロというキャラクターを比較したり相対化するという作業を、常に頭の中でしているからかもしれない。ワクワクするような”面白い映画”とは言えないが、やはり91歳である、今のイーストウッドにしか撮れない映画になっているという意味では、十分に観る価値のある作品だと思う。来年もイーストウッドの新作が観たいものである。

6.5点(10点満点)

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