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映画「この子は邪悪」ネタバレ考察&解説 「ありえない」はまさに観客の気持ちを代弁してくれた名セリフ!あの監督へのオマージュがダダ漏れのこれぞ怪作!

「この子は邪悪」を観た。

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「ノイズ」「夏美のホタル」「町田くんの世界」などの作品で、脚本家として活躍する片岡翔が監督/脚本を手がけたサスペンス。過去にも「嘘を愛する女」「哀愁しんでれら」「先生、私の隣に座っていただけませんか?」などが映画化されている、「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM」準グランプリ作品の映画化である。出演は「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」の南沙良、ジャニーズ所属「なにわ男子」の大西流星、「悪と仮面のルール」の玉木宏、「極道大戦争」の桜井ユキなど。執筆に4年、計30回以上の改稿を重ねたらしい脚本は、脚本家として数々の実績がある片岡翔というクリエイターの、本領発揮というところだろう。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:片岡翔
出演:南沙良大西流星玉木宏桜井ユキ
日本公開:2022年

 

あらすじ

心理療法室の院長・窪司朗の娘である花。かつて一家は交通事故に遭い、司朗は足に後遺症が残り、母は植物状態、妹は顔に重度の火傷を負い、花も心に深い傷を抱えることとなった。花はある時、母親が心神喪失状態で、その原因を探っているという高校生・四井純と出会い、次第に心を通わせていく。そんなある日、花の母が5年ぶりに目を覚まし、司朗が家に連れて帰ってくる。司朗は久々の家族団らんを喜ぶが、花は母にどこか違和感を抱くのだった。

 

 

感想&解説

普段は基本的に洋画ファンなのだが、邦画でもホラーやサスペンスジャンルだけは割と劇場で鑑賞する。本作は予告編を観て、興味が湧いたので鑑賞した。ほとんど出演者やスタッフも含めて、前知識のない状態だ。ちなみに劇場は若い女性が多かったが、おそらく「なにわ男子」大西流星のファンなのだろう。主演の”南沙良”という女優も今回の作品で初めて観たが、端正な顔立ちの正統派美女という感じでスクリーン映えする。玉木宏は前に観た2018年「悪と仮面のルール」という作品が、あまりに残念な出来だったために心配だったが、今作ではフレッシュな配役の中でベテラン俳優としての風格を見せており、とても良かった。出演者の数としてはかなり少ない作品だと思うが、役者陣は総じて良い印象だ。

こういう一見して、ジャンルが判らない作品は大好物だ。本作も冒頭からサスペンスなのか、ホラーなのか、パニックものなのかすら全くわからない。ただ終始不穏な雰囲気を上手く作っており、出だしは順調だ。ただ問題は、まず各キャラクターの設定がいきなり荒唐無稽すぎて、この映画の”リアリティライン”を最初に見定める必要があることだろう。各キャラクターとは、幸せな家庭を襲った不幸な事故により、寝たきりになってしまった母親、顔に大きな傷を負ってしまい白いマスクを付けたまま暮らす妹、片足が不自由になってしまった父親、そして自分だけが無傷だったために負い目を感じている長女という4人家族と、母親が心神喪失状態でその理由を探っている”純”という5人のメインキャラクターのことだ。いつも白いマスクをつけている、まるで「犬神家の一族」のスケキヨを彷彿とさせる妹ルナの存在や、どうやら学校にも行っていないにも関わらず、いつも異常に小綺麗な服装と髪型で登場する長女の”花”、冒頭から登場する心神喪失してゾンビ化したような大人たち。それら全てにおいて、まったくリアリティがない。この現実社会で実在する人物とは、到底思えないのである。

 

それに拍車をかけて、玉木宏が演じる4人家族の父親は、催眠療法」を使う心療内科の先生という設定なのだが、この「催眠療法」の威力がとてつもない。誰でもどんな時でも、玉木宏が鈴を鳴らして「8の字」のおまじないをかけると、100%催眠術がかかってしまう。さらに寝たきりだった、母親の繭子が父親に連れられて突然帰ってきたかと思うと顔が別人で、それを花がツッコむと「5年間寝たきりだったし、整形手術もしたから違って見えるだけだ」と言われる場面を観た時に、これは「ファンタジー映画」なのだと気が付いた。逆にそう思って鑑賞すると本作は楽しめると思う。特に中盤で起こる「目玉グルグルシーン」はホラー的な演出がされているだけに、それまでのギャップもあって、あまりのインパクトに爆笑してしまう。確実に本作の名シーンだ。しかも速攻で、花に寝たきりの”本当の母親”を病院で発見されることで、父親の嘘は見破られる。杜撰すぎて逆に、父親があの嘘を突き通せると思った理由が知りたいくらいだし、一人で妻の病室に入ったかと思えば、呼吸器を外し殺害して当然のように帰宅してくる玉木宏には、思わず笑みがこぼれてしまう。恐らくこの世界には、警察が存在しないのだろう。

 

 

ここからネタバレになるが、更にファンタジー色が色濃くなるのは、あの”オチ”である。あのオチを観た時に、この監督はジョーダン・ピールがよほど好きなのだなと感心した。ほとんどオマージュだと言って良いほど、ジョーダン・ピール監督の2017年「ゲット・アウト」と同じ結末だったからだ。身体は魂の入れ物であり人格だけ入れ替えられるという設定は、”催眠術”を使って黒人を監禁し、脳に直接白人の意識を植え付け、身体を乗っ取っていたという「ゲット・アウト」そのままだ。しかもご丁寧に本作では、人間の人格を入れ替える対象を「ウサギ」にしているが、ジョーダン・ピール監督の長編2作目「アス」のファーストショットは沢山の檻に入れられた「ウサギ」であり、「アス」における”もうひとつの世界”の象徴的な動物であった。「この子は邪悪」の心神喪失した大人たちは皆、”目が赤い”という描写を冒頭から多く入れておりウサギとの関連を示唆していたが、まさか本当に人間と入れ替わっていたとは思わなかった。黒人の身体に入れ変わりたいという「ゲット・アウト」の白人たちは、黒人の肉体に憧れ、能力を羨み、その身体を手に入れようとすることにより、誰より「人種の違い」に意識的なレイシストだという描かれ方をしていた。まさにそれが作品で描きたかったテーマなのに対して、本作はその設定だけを活かしてしまった訳だ。このオチには驚くしかない。

 

ポスターアートでも記載があるが、劇中でも主人公の花が真相を知ったときに「ありえない」と叫ぶが、まさに観客の気持ちを代弁してくれた名セリフだ。純の祖母がいきなり家族の家に忍び込んで父親の頭を強打し、ウサギを孫だと信じて抱き寄せる場面や、その後に反撃されて執拗に撲殺されるシーン、昏睡状態の母親と別人の女性の中身を入れ替わる場面など、終盤はSFホラー映画のノリで、逆に楽しくなってくる。極めつけは、玉木宏が死ぬ間際に母である繭子のお腹の子と入れ替わっていたという、”してやったり”のラストシーンだろう。男の子の赤ちゃんが「8の字」に腕を動かすシーンでそれを表現していたが、ここで「この子は邪悪」というタイトルの意味が初めて解るという趣向で、脚本家兼監督のドヤ顔が浮かぶようだ。それにしても真相を知りながらまったく警察に行く素振りもない上に、ウサギになってしまった純には一切の同情もなく、「幸せになろうね」と言いながらケーキを喰らう3人の母娘たちも十分にサイコパスだと思うので、実はこの家族全員が「邪悪」なのだと思わなくもない。

 

まったくバランスの良い作品ではないし、オチもメッセージ性のない「ゲット・アウト」だ。矛盾やツッコミどころもかなり多いだろう。ただ、なぜか嫌いにはなれない映画だ。ヨルゴス・ランティモス監督の2016年公開で「ロブスター」という歪な作品があるが、あるホテルへと送られた男が、そこで45日以内に自分のパートナーとなる異性を見つけなければならず、もし見つけられなかった場合は動物に姿を変えられてしまうという映画があった。その映画でもどうやって動物に変えられるのか?などの詳細は全く描かれないのだが、その設定の面白さだけで興味を引っ張っていく作品で忘れがたい。本作もこの「ロブスター」と同種の魅力がある気がするのだ。南沙良大西流星といったパッと見の華やかさの裏に隠された、片岡翔監督の黒々とした”作家性”の片鱗が見えたような気がする。本作が長編初監督作品ということなので、今後の作品で大きく飛躍する可能性も多いにあるだろう。真面目なサスペンスだと思うと落胆するかもしれないが、大らかな気持ちで突っ込みながら観れば意外と楽しめる映画だと思う。

 

 

5.0点(10点満点)