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映画「人質 韓国トップスター誘拐事件」ネタバレ考察&解説 ファン・ジョンミン本人役であることの必然性がもう少しあれば!

「人質 韓国トップスター誘拐事件」を観た。

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「ベテラン」「哭声/コクソン」「アシュラ」「新しき世界」などの世界的なヒット作で有名な、韓国の俳優ファン・ジョンミンが実名で主演を務めたサスペンス。監督は本作が長編デビュー作となるピル・カムソン。オーストラリアの大学で映画を専攻し、助監督を経てきた経験はあるようだが、いきなりここまでの大作を監督できてしまう才能はすごい。撮影監督は「ベルリンファイル」「ベテラン」などのチェ・ヨンファン、美術監督は「EXIT イグジット」のチェ・ギョンソン、音楽担当は「エクストリーム・ジョブ」のキム・テソンなど、一流のスタッフが監督の脇を固めている。共演はドラマ「イカゲーム」のイ・ユミ、ドラマ「梨泰院クラス」のリュ・ギョンスなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:ピル・カムソン

出演:ファン・ジョンミン、イ・ユミ、キム・ジェボム、リュ・ギョンス

日本公開:2022年

 

あらすじ

記者会見から帰宅の途についた国民的スター俳優ファン・ジョンミンが、ひと気のない路地で何者かに連れ去られた。警察や関係者は必死で行方を捜すが、証拠も目撃情報もない。一方、パイプ椅子に縛りつけられた状態で意識を取り戻したファン・ジョンミンは、自分が身代金目的で誘拐されたことを知る。まるでゲームのように犯行を楽しむ若者たちは、ソウルを震撼させている猟奇殺人事件の犯人だった。

 

 

感想&解説

あのファン・ジョンミンが、”ファン・ジョンミン本人役”として誘拐される作品ということで、「どんな映画になっているのだろう」と早速鑑賞。そもそもは、2015年の日本未公開作品「誘拐捜査」のリメイクらしい。アンディ・ラウ主演の中国映画ということなのだが、「誘拐捜査」も実際に起きた俳優の誘拐事件をモデルとしており、そのドキュメンタリーを見たピル・カムソン監督が、主演ファン・ジョンミンを想定して作り上げたのが本作のようだ。まず長編デビューの監督が、韓国トップ俳優のファン・ジョンミンを演出してこれほどの良作を作れてしまうことに驚かされるし、韓国のフィルムクリエイターたちの層の厚さを感じる。ファン・ジョンミンとイ・ジョンジェが共演していた、2021年日本公開「ただ悪より救いたまえ」も監督ホン・ウォンチャンの長編2作目だったし、韓国スリラーの佳作「殺人鬼から逃げる夜」もクォン・オスン監督のデビュー作だったはずだ。そもそも韓国は新人監督の脇を固める、撮影スタッフの総合力が高いこともあるだろう。ただ本作「人質 韓国トップスター誘拐事件」は主演がビックネームすぎるだけに、犯人グループのメンバーに関してはほぼ無名の役者が起用されていて、このコントラストが面白い。

特に誘拐犯グループのリーダー”チェ・ギワン”を演じた、キム・ジェボムという俳優が魅力的だ。ミュージカル界では実績のあるアクターのようで、一見線の細いタイプに見えるが、ポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」における俳優パク・ヘイルのように狂気を感じさせて上手いし、坊主頭の”ヨム・ドンフン”というキャラクターを演じていたリュ・ギョンスも、画面に映っただけで”強烈な暴力”を感じさせる男を熱演していて印象に残る。他にも誘拐犯グループの一員ながら、ファン・ジョンミンの大ファンという”ヨンテ”を演じたチョン・ジェウォンや、グループのボディガード的な存在である”コ・ヨンノク”を演じたイ・ギュウォンなどは、本作がスクリーンデビューらしいが外見も含めて強烈な個性で、今後の活躍が期待できそうな役者だ。こういう過去に観た事のない俳優が重要な役で配置されて、しっかりと実力を発揮できることが、韓国映画界は凄い。監督いわく、ファン・ジョンミン以外に有名な俳優を起用してしまうと、「なぜファン・ジョンミンだけが実名?」という余計なノイズが起こってしまうために、あえて無名な役者をキャスティングしたらしいが、本作ではそれが見事に功を奏していると思う。


こういった有名な俳優が実名役を演じる作品は、”そこにどういう必然性があるのか?”が見所になる。例えば、アクション俳優のジャン=クロードヴァンダムが本人役を演じた、2008年「その男ヴァン・ダム」という作品があったが、当時のヴァンダムが抱えていた”落ち目俳優”というパブリックイメージを逆手に取った、”セルフ・パロディ”的な作品だった。40台後半のキレがなくなったアクション俳優がハリウッドを捨て故郷に戻ったところで、突然郵便局強盗に巻き込まれるというストーリーだが、その後いきなりカメラに向かってヴァン・ダム自身が過去を振り返りつつ、心情を吐露しだすシーンが続く”変な映画”だったが、少なくともそこには”ジャン=クロードヴァンダム本人”が本人を演じる必然性があったわけだ。では今回のファン・ジョンミンはどうだったかと言えば、「そこまでの必然性はなかった」というのが正直な感想だ。ただし、この役をファン・ジョンミンが演じていること自体の利点はかなり多い。


まず本作は上映時間94分と、内容の密度を考えるとかなりタイトだ。これは誘拐されるスター俳優をファン・ジョンミンにしていることで、彼のキャラクターや背景の説明を丸ごとカットできるからで、実際にマスコミ会見の帰り道で犯人たちに絡まれ誘拐されるまで、ほとんど時間をかけていない。これはファン・ジョンミンがどのくらい知名度のあるスターで、彼が誘拐されるということが世間的にどの程度の影響力を及ぼすのか?が観客とすでに共有できているからだ。そういう意味で、すぐにこの映画の主題である、「主人公はこの逆境からどうやって抜け出すのか?」にストーリーをシフトできるのである。そしてもう一点、ファン・ジョンミンは”演技派俳優”であるというパブリックイメージを駆使できる。ここからネタバレになるが、捕まり拘束されたファン・ジョンミンが、持病のため心臓の薬が欲しいと犯人に懇願する場面がある。ここでの彼は白目を剥き失禁してしまうため、さすがに慌てた犯人が拘束を解くのだが、なんとこれが全て彼の”演技”なのである。ある意味でこの場面のためにファン・ジョンミンを被害者にしたとも言える名場面で、他の並みの俳優では説得力が出ないだろう。観客もまさかあれが演技とは思えない場面のため(そもそも演技なのだが!)、見事に騙される。ここは他の作品では観た事のないシーンで、面白い演出だった。

 

 


また、「新しき世界」「工作 黒金星と呼ばれた男」でも共演していた俳優パク・ソンウン(本人役)と電話するシーンでは、ファン・ジョンミンが「ベテラン」に出演していた際の刑事役の名前を伝えることで、「警察に通報しろ」という暗号にしていた場面なども、彼の過去作を観ている熱心なファンなら嬉しい場面だと思う。ただ、どうしても「絶対にファン・ジョンミンじゃなければ成立しない」という要素が、思ったよりも少ないと感じてしまう。そもそもファン・ジョンミンが本人役で出演している以上、確実に彼の安全は保障されている物語なのだ。その分、もっと犯人たちの動機にファン・ジョンミンを誘拐する理由や因縁を入れたり、過去作との小ネタを入れるなどして、”本人役という設定”で作り手が遊んでも良かったと思う。しかも主犯格はサイコパスでなかなか面白いキャラクターだし、まわりの悪役もそれぞれキャラが立っていて魅力的なのだが、結局は彼らの動機が金だけのため、ただの小悪党に感じてしまう。ストーリー展開としてはしっかりと盛り上げを作っているし全体の満足度は高いのだが、この映画の非常に特異で面白い設定を活かしきれていないと感じる。


この後のストーリーとしては、失踪中だった女性ソヨンと共になんとか犯人のアジトから逃げだすことに成功したファン・ジョンミンだったが、ナ・ホンジン監督の2008年「チェイサー」ばりに、逃げ込み電話で助けを呼ぼうとした老人の家で、もう一度彼らは犯人たちに捕まってしまう。ここからリーダーであるギワンと警察とのカーチェイスあり、爆弾による爆破シーンあり、格闘シーンありとこの映画は盛り上がりを見せていく。これらのアクション場面も本当によく出来ていて、終盤まで緊張が途切れない。素直にアクションサスペンスとして面白いのだ。ナ・ホンジンやイ・チャンドンポン・ジュノらの作品と並ぶ傑作ということではないが、一定以上の満足感は間違いなくあるし、確実に観てガッカリする作品ではないと思う。このモノ足らなさは設定の面白さに対して、個人的に最初の期待値が高すぎただけだろう。ピル・カムソン監督の次回作は要注目だし、また新しい韓国人監督の才能に触れるのが楽しみだ。

7.0点(10点満点)