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映画「ドント・ウォーリー・ダーリン」ネタバレ考察&解説 墜落する飛行機とは?あの地鳴りは?全編に張り巡らされた謎の数々!考察好きには堪らない一作!

「ドント・ウォーリー・ダーリン」を観た。

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ビーニー・フェルドスタインとケイトリン・デバーの女子コンビが最高だった、2020年日本公開「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」で監督デビューした、オリビア・ワイルドの長編監督第2作が公開になった。ジャンルはサイコスリラーということで、前作とはまったく違う作風にチャレンジしながら、オリビア・ワイルド自体も「トロン:レガシー」「カウボーイ&エイリアン」「リチャード・ジュエル」などで女優として活躍しており、本作でも印象的な役を演じている。出演は、「ストーリー・オブ・マイライフ /わたしの若草物語」や「ミッドサマー」などのフローレンス・ピュー、「ワン・ダイレクション」のメンバーとして活躍したのち、「ダンケルク」で俳優デビューしたハリー・スタイルズ、「アンストッパブル」「エージェント:ライアン」のクリス・パイン、「エターナルズ」のジェンマ・チャンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:オリビア・ワイルド

出演:フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズクリス・パインジェンマ・チャン

日本公開:2022年

 

あらすじ

完璧な生活が保証された街で夫ジャックと幸せな日々を送るアリスは、隣人が赤い服の男たちに連れ去られるところを目撃する。それ以降、彼女の周囲では不可解な出来事が続発し、次第に精神が不安定となり周囲からも心配されるアリスだったが、あることをきっかけに、この街の存在自体に疑問を抱くようになる。

 

 

感想&解説

リビア・ワイルドの前作「ブックスマート/卒業前夜のパーティーデビュー」が素晴らしい作品だっただけに、この第二作目もかなりの期待を込めて鑑賞してきたのだが、やはりこの監督は只者ではないと思う。本作は前作の青春コメディとは180度違う、サイコスリラーものなのだが、期待どおりのクオリティを保った作品だった。ただし、いわゆる設定や脚本の斬新さで魅了する作品ではない。オチ自体も正直既視感に溢れており、ハッキリと類似する過去作がいくつもあるだろう。個人的には、ウォシャウスキー監督の「マトリックス」やフランク・オズ監督の「ステップフォード・ワイフ」、ピーター・ウィアー監督「トゥルーマン・ショー」、リー・ワネル監督「透明人間」あたりを思い出したが、正直言ってこれらの展開は予告編からも想像できてしまう。ただ全体を通して非常に演出が上手く、円形や目などをモチーフとした映像が何度もインサートされてこちらの想像力を掻き立ててくるし、全編を通してストーリー運びが上手いため、最後まで集中が途切れない。

またガラスや窓といったモチーフが多く、これらは本作では重要な要素になってくる。しかもフローレンス・ピュー演じる主人公は、”アリス”という名前だ。これはもちろん鏡を通り抜けて異世界に迷い込む、ルイス・キャロル著「鏡の国のアリス」の主人公からの引用だろう。「マトリックス」でも重要なモチーフとされていたが、これらのワードを脳内で集めていくと、映画中盤くらいにはどういうオチなのか?は、ある程度想像がついてしまうと思う。だがオリビア・ワイルド監督が本作で描きたい部分は、そういう”映画の構造”自体の面白さではないのだろう。ここからネタバレになるが、本作は女性が男性から押し付けられてきた理想や、家父長制、マッチョイズムといった、過去に囚われていた呪縛からの脱出をテーマにしているのである。終盤に「女たちは閉じ込められている」というセリフがあるが、文字通りこの作品の妻たちは、男たちの作った仮想の世界に閉じ込められているのだ。


クリス・パイン演じるフランクが作った”ビクトリー”という仮想世界に、夫たちは妻を監禁しており、男にとっての理想の生活を過ごしている。夫は”謎の重要な仕事”に就き、妻は専業主婦でいつも家の掃除や料理をしている。パーティーがあればめかし込んで夫婦で出席し、彼らは何一つ不自由や不安のない生活を送っているのだ。だが終盤で描かれる”現実の世界”では、ハリー・スタイルズ演じる夫のジャックは定職にも就かず、妻のために料理一つできない男なのに対して、妻のアリスは医者として一家の生活を支えていることが描かれる。これにより、この”50年代的”な男にとっての”古き良きアメリカ”はもう過去の産物であり、現代を生きる男たちはすでに生活力を失い、威厳やプライドを無くしつつあること、さらに昔のいわゆる”男女の役割”に変化が起こっていることが同時に描かれる。男たちは理想郷である”ビクトリー”に執着するのだが、それはもう一度、あの輝かしかった男たちの時代を取り戻したいからだ。ビクトリー本部のある”山”とはある意味で”男性の象徴”だろうし、アリスを押しつぶすガラスは、女性の社会進出を阻む見えない圧力の具現化だろう。また、アリスは墜落する飛行機を見るが、バスの運転手には見えていなかったため、あれはアリスだけが認識していたことになる。飛行機とは、死んだマーガレットの息子が持っていたオモチャであり、マーガレットはアリスが”ビクトリー”の存在に疑いを持ったきっかけでもある。よって”墜落する飛行機”とは、”今自分が生きている世界”に対して、アリスが猜疑心を持ったことにより見えた現象なのだろうと想像する。

 

 


映画の後半に、クリス・パイン演じるフランクがビクトリーのメンバーを集めて、パーティーを開くシーンがある。そこでは「ここは誰の世界だ?我々の世界だ」と連呼し、自分の妻さえもストリップダンスさせるという、男たちの醜悪な姿を見せられる。このあたりのシーンは、前述のフランク・オズ監督「ステップフォード・ワイフ」を思い出す。「ステップフォード・ワイフ」は社会的に成功した妻たちに引け目を感じた夫たちが、妻の頭にチップを埋め込み、いつも自分たちに従順で美しさをキープしてくれる女性として生まれ変わらせ、”ステップフォード”という犯罪も貧困も競争もない地上の楽園を作り出していたという映画だったが、まさに本作はそれの現代版だろう。「ステップフォード・ワイフ」では、「男性協会」という夫だけが集まる館でゲームやラジコンをするシーンが登場したが、成長しない男たちはいつまで経っても集団で群れて騒ぐのである。そもそも原作はアイラ・レヴィンが1972年に発表した小説なので、50年前から男性の描かれ方は変わっていないのだ。

 

ただ一点、ジェンマ・チャンが演じる”シェリー”というキャラクターの描き方は勿体ないと感じた。フランクという”ビクトリー”の絶対神の妻という立場でありながら、最後はフランクを刺し殺すという特別な感情を持った人物なのに、最後はあっさりと登場しなくなってしまうからだ。彼女がどういう心境の変化を経て、ラストでフランクに逆襲したのか?を描くことは、それこそ夫という立場と権力に逆らえず、しかも離婚と言う選択肢も選べなかった、”あの時代の妻”を象徴するキャラクターの行動として、興味深いものになったと思う。食卓でアリスがフランクを罵倒するシーンでの、ジェンマ・チャンの演技が素晴らしかったこともあり余計にそう思ってしまうが、そういう意味では本作の役者陣は総じて良かった。主演のフローレンス・ピューのサランラップを顔にグルグルするシーンは忘れがたいし、完全に良き夫の雰囲気を出していたハリー・スタイルズは物語上でも良いミスリードになっていたと思う。そして、あのクリス・パインの色気と危険な表情は、あまり他の作品では観られないだろう。近作の中では彼のベストアクトだと思う。


本作のタイトルが「ドント・ウォーリー・ダーリン」というのも、皮肉が効いていて良い。これは夫が妻にいうセリフとして位置づけられているのだが、本作においては、「夫=男」こそが一番安心できない存在なのだ。ラストショットは、アリスが現実の世界に戻ってきたことを表現する”息遣い”だけが聴こえて、エンドクレジットに突入する。アリスはまた苦しい現実に戻ってくるが、それでも自分の人生を取り戻す。それが彼女にとっての幸せなのか?は分からない。だが、間違いなく彼女は偽りの人生から脱却するのである。本作のエンディングで使われている曲は、1950年代のR&B男性5人グループである”ザ・コーズ”の「シュブーン」だ。ドゥーワップのオールディーズ曲で、「人生は夢のような世界になるのに 僕こそが君の愛する唯一の人と言ってくれたら 人生は夢のような世界になるのに 僕のスウィートハートよ シュブーン また会いたいよ」という歌詞は、まさしくハリー・スタイルズ演じるジャックの心情だろう。そして、アリスが度々口ずさむ本作のキーとなる曲は、ハリー・スタイルズ自らが作曲した「トリガーソング」という曲らしい。ジャックは心底アリスを愛していて、だからこそ”ビクトリー”での平穏な生活を望んだ。だがそれは、アリスの人生を奪ってしまう事とイコールなのだ。


SF設定の部分は、正直ツッコミどころだらけだ。このビクトリーの運営資金や現実世界との行き来の方法など描かれていない部分も多いし、あの赤い服を着た男たちの存在も含めて謎も多い。前述のとおりストーリーの斬新さも希薄だ。だがスリラーとして割り切って観れば、秀逸な演出と芸達者な演者たちで描かれた魅力的な作品だと思う。リビア・ワイルドは、監督二作目として前作とは違う別ジャンルでの飛躍を見せたと言えるが、これは過去名作の良かった部分を、うまく咀嚼して彼女なりのアウトプットをしているからだと感じる。バレエレッスンのシーンにおける「ブラック・スワン」や、自分の言うことを誰も信じてくれないという、”ガスライティング”映画としての「チェンジリング」、おそらくアルフレッド・ヒッチコックジョーダン・ピールにも大きな影響を受けているだろう。だが、そういった過去作品の単純なパクリには終わっておらず、”自分の作品”として丁寧に作り込んでいるのが好感が持てるのだ。ちなみにあの時折起こる”地鳴り”は、「インセプション」における”キック”で目が覚める事象と同じく、現実世界のなんらかの揺れが影響していると感じたが、こういう考察が楽しいタイプの映画だと思う。

 

 

7.0点(10点満点)

 

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