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映画「ボーンズ アンド オール」ネタバレ考察&解説 あのカフェで凝視してくる少女は何者?”人食い”という特別なキャラ設定の割には、ユルさが目立つロードムービー!

「ボーンズ アンド オール」を観た。

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君の名前で僕を呼んで」やリメイク版「サスペリア」を手掛けた、ルカ・グァダニーノが監督した恋愛ホラー&ロードムービー。人を食べたくなる衝動を持った若者たちの恋愛と葛藤を描いており、レーティングは「R18+」だ。「君の名前で僕を呼んで」に続いて、ルカ・グァダニーノティモシー・シャラメが再タッグを組んでいる。共演は「WAVES ウェイブス」のテイラー・ラッセル、「ブリッジ・オブ・スパイ」のマーク・ライランス、「ペンタゴン・ペーパーズ 最重要機密文書」のマイケル・スタールバーグなど。2022年の第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、「銀獅子賞(最優秀監督賞)」と「マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)」を受賞した作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:ルカ・グァダニーノ

出演:ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル、マーク・ライランスマイケル・スタールバーグアンドレホランド

日本公開:2023年

 

あらすじ

人を食べてしまう衝動を抑えられない18歳の少女マレンは、同じ秘密を抱える青年リーと出会う。自らの存在を無条件で受け入れてくれる相手を初めて見つけた2人は次第にひかれ合うが、同族は絶対に食べないと語る謎の男サリーの出現をきっかけに、危険な逃避行へと身を投じていく。

 

 

感想&解説

リメイク版「サスペリア」のルカ・グァダニーノ監督が手掛けた、”食人テーマ”の「R18+」作品という事で、かなりのゴア表現があるかと思いきや、実はまったく違う作風の本作。どちらかと言えば”ロードムービー”の側面が強く、ルカ・グァダニーノのアート寄りの資質が強く出た作品だと思う。それにしても、2018年日本公開の「君の名前で僕を呼んで」でも感じたが、グァダニーノ監督の画作りとティモシー・シャラメは相性が良い。「君の名前で~」は北イタリアを舞台に、美麗な情景とともに男性同士の哀しい恋愛劇を描いた作品だったが、アーミー・ハマーティモシー・シャラメの公にできない秘密の恋愛が、完璧に統御された画面で展開される美しい映画だった。特に撮影が素晴らしく、画面からはイタリアの空気感や匂いまでも伝わってくるようで、そこにティモシー・シャラメの存在感が完全にマッチしており、彼が主演だからこそ高く評価された映画だと言えるだろう。そこは本作「ボーンズ アンド オール」でも踏襲されていて、ティモシー・シャラメの美しさも含めて、映像的な満足度は高い作品になっていると思う。

本作は、圧倒的なマイノリティを描きたかった作品なのだと思う。”人食い”という特殊な習性を持った二人の男女が、その疎外感と倫理的な葛藤に悩みながらも惹かれ合っていく物語をベースにしており、基本的には地味な展開の作品だ。ロードムービーという作品の構造上、ある程度は仕方ないが、大きな起伏のある映画ではないため、正直退屈に感じたのは否めない。また”人食いが一定数存在する世界”という特殊な世界観にも関わらず、描かれる範疇が狭く、あまり一般の人たちとの関わりが描写されない上に、人を喰っても彼らが警察に追われるといった描写もない。またテイラー・ラッセル演じる少女マレンと、ティモシー・シャラメ演じる青年リーが旅をする過程で、マーク・ライランス演じるサリーや、マイケル・スタールバーグ演じるジェイクなど意外と多くの人食い種と出会うのため、おそらくこの世界にはもっと多くの人食いがいるのだろう。彼らはそこら中で人を喰っているはずなのに、政府や警察関係者はまったくその存在を知らないのだろうか?また彼らは匂いでお互いを認識できるという設定なのだが、なぜ人食いの団体が存在しないのか?など、設定の部分がノイズに感じてしまう。これはこの映画が描くテーマとして、重要な要素なのだ。


ここからネタバレになるが、特にマーク・ライランス演じるサリーは、人食いというマイノリティの中でも孤独な弱者だと描かれる。だからこそマレンに付きまとい、拒絶されると暴言を吐き、暴力的な行動に出るのだが、この人食いたちの生きている環境が分からないと、本当の意味で彼の孤独に共感できないのである。人食いが世界に本当に数人しかいないのであれば、その苦悩が理解できる同族に固執する気持ちもわかるのだが、この世界にもっと人食いがいるなら、もっと探しにいけば相性の良い同族に出会えるのでは?と思ってしまう。序盤から少女マレンの視点を通して、リーも含めて同族たちが多く登場するので、"隠れて生きなければならない強烈なマイノリティ"という感じが薄いのだ。ちなみに序盤で、マレンとリーが訪れるカフェで黒人の女の子が、マレンを執拗に凝視していたが、彼女も”同族の匂い”を感じているということだろう。要はこの世界には多くの人食いが溢れているという描写であり、孤独な二人を描く作品としては、どうにもチグハグな印象を受ける。

 

 


また彼らはどれくらいの期間、人を食べないと限界が訪れるのか?、そして一度食べるとどの程度、その満足感は継続するのか?なども謎だ。通常の食事をしているシーンもあったため、人だけしか食べられないという事でもないようだし、終盤でマレンとリーが新居で暮らし始めた場面では職場を見つけたり、料理をしたりして、”人食い”をしていなくても二人はとても幸せそうだ。これらの場面からも、彼らの生態が見えてこず、危険を犯したり大事なものをトレードオフしてでも、人を喰わないと生きられないという、彼らの切迫感が感じられない為、結局はただの恋愛映画に見えてしまう。1988年公開のキャスリン・ビグロー監督「ニア・ダーク/月夜の出来事」という作品があったが、強烈な血への欲求に抗えない吸血鬼を描いたカルト映画で、生きる為とはいえ、どうしても殺人を犯すことが出来ない主人公が、葛藤する描写は素晴らしかったが、それに比べるとどうしても本作は見劣りしてしまうのだ。


物語はマレンが父親に見放され、精神病院にいる母親を追うも、結局はモンスターであることを理由に彼女にも突き放され、リーは虐待されていた実の父親も人食いであり、彼を殺して喰ったことを告白するという展開になるが、この”呪われた血族”の話もまったく意外性はない。当然、彼らの親には人食いの血が入っているだろうし、普通の家庭環境ではないのも、容易に想像が付くからだ。またサリーに刺されて瀕死の重傷を負ったリーが、マレンに自分を喰えと告げるラストシーン。この展開もあまりに取って付けたように唐突すぎるし、このタイトルにもなっている、「骨まで食べ尽くす」という行為が、まるで”愛の行為”のような描かれ方をしているが、旅の途中で会ったジェイクが、骨まで食べてしまうことで、さらに一段上の感覚を得ることができる、というエピソードを語っていることで、どうにも中途半端な余韻を残す。そもそもカニバリズムには、死者への愛着から魂を受け継ぐという儀式的意味合いがあるケースもあるが、本作中のカニバリズムという行為には、そういったプラスの要素がまったく示されていないため、この場面の意図が分からないのだ。そして、半裸で抱き合うラストカットは、二人の理想を映像化したものだろうが、そもそもこのキャラクター達全くに感情移入出来ていないので、なんの感慨もない。


劇中で、キッスの「地獄の回想」というアルバムについて、ティモシー・シャラメが語るシーンがある。「地獄の回想」は、1983年にキッスがリリースした11枚目のスタジオアルバムで、これまでのトレードマークだったメイクをやめて発売した、初のアルバムだったが、本作における80年代感を演出する役目を大きく担っていると感じる。またジェイクと一緒にいた男が、主に80年代に活躍したアメリカのヘヴィメタルバンド「ドッケン」のTシャツを着ていたり、他にもジョイ・ディヴィジョンの「Atmosphere」や、ニュー・オーダーの「Your Silent Face」などが使われていたが、90年代に大ブームになる「ニルヴァーナ」に代表されるグランジ前夜の、ハードロック/ポストパンクといった独特の音楽シーンが描かれているのも本作の特徴だろう。”オートリバース”のカセットプレイヤーなどガジェットも含めて、音楽によって時代感を演出しているのである。

 

あえて80年代アメリカの光の部分ではなく、影の部分をフォーカスしたような作品だと思う。正直、「君の名前で僕を呼んで」やリメイク版「サスペリア」は大好きな作品だったが、設定のフワッとしたアート映画の要素が強い作品だったというだけの印象になった本作。ただし、髪を赤く染めたティモシー・シャラメは美しく、細かい設定を気にせず雰囲気を楽しめれば、決して悪い作品ではないと思う。また主演二人と対局の存在である、サリーを演じたマーク・ライランスの熱演も記憶に残る。特にマレンの主観映像でサリーの顔がアップになる終盤のカットは、本作におけるマーク・ライランス最大の見せ場だろう。役者陣は総じて素晴らしい存在感であった。ただ個人的に、ルカ・グァダニーノ監督の次回作は、またホラー映画が観てみたい。

 

 

4.5点(10点満点)